第45話 学校への帰還

「ほほー。そんなことがあったのかにゃ」


 渋るかと思ったが、ことの顛末をグーグーはあっさりと教えた。

 これは祖父の入れ知恵である。フォルトゥードはプントを溺愛しているから、そこから味方につけてしまえという。これでも僕らはプントに気に入られているようだ。

 味方は多い方が確かにいい。特に、敵だらけの学校では。


「うん。それで、これがその小箱」


 腰につけていた魔法袋から例の箱をとりだした。今は何の変哲もない見事な装飾の小箱である。ちょっと華美だけれど。

 実は、あの後、祖父の元からもらってきたのだ。単純の欲しかったのもあるが、なんとなく有益な気がしたのだ。

 僕の発言に祖父は呆れ、母は仕方ないわねぇ、苦笑しながら言っていた。もったいないけれど、祖父の手ほどきを受けつつ輪になっている文様をすべて途中で削ったところ呪いの発動は無くなった。つながっていなければ意味はないのである。


「中身はどうしたのにゃ?」


 ツンツンと器用に出した爪で小箱をつつく。これ以上傷つきそうだから爪でやらないでほしい。まあ、プントだから、わかってるんだろうけれど。


「おじいさまのところに置いてきたよ。母がそういうの得意らしいんだ」

「ああ、そういえばお前の母親は断罪の聖女だったにゃ」


 ふっと鼻で笑いながら言う。

 実は、それは昨日知ったばかりの母の恥ずかしい二つ名だ。呪い返しが得意で、相手に呪いを倍返しどころか十倍返しにして返すのが得意だったらしい。本人としても不本意だったらしいが、名前の一人歩きは止まらなかったという。

 例の災厄の時が最高潮で、それはそれは大活躍したのだと、ルプスコルヌ家の執事が自慢げに教えてくれた。彼は随分とルプスコルヌ家に肩入れしていると思ったら、祖父に恩があるのだといっていた。

 今回は勘が鈍っていたのと、いささか手に余ったのとでグーグーと祖父に任せたのだという。それでも、時間をかければ祖父やグーグーより完璧に浄化できるといっていた。

 聖女の力は結婚すると薄れることが多いという。特に闇属性持ちと結婚すると。


「そうだ。で、聖女様の家に置いてきたのはぐるぐる巻きにされた女と思われる髪の毛と骨の一部だ。後は誰のかわからない血の入った小瓶。ものすごく厳重に金属の箱に入れられてたから、見た目のわりに重かったんだろな」


 どれもいわゆる呪具だ。あれが媒体となり、呪いが発動していたらしい。明らかに意図的である。

 しかし、捕まった二人はそれを指輪にまとわせて遠くに送る役目を担っているだけだった。つまり、トカゲのしっぽきりだ。


「一応、これ綺麗にしたんだけどね、誰か心当たりがないかと思って、学校に戻ったら使おうかと思ってるんだ。なんて言ったってきれいだし」


 それに、誰かが見れば反応するのではないかと、校内で物入れとして使うことにした。反応があった人は犯人かどうかはわからないだろうが、何か知っている可能性が高いと思われる。


「まあ、あと少しで迎えが来るし、いい機会なのにゃ。ボクも構内を嗅ぎまわってやるにゃ」


 今度、プントには僕の特性鶏ささみの燻製と干したキノコの詰め合わせを送ろうと思う。鳥は今取れないが、キノコは以前にとって加工済みの最高級キノコをだいぶ持っている。

 プントは皮肉屋だが、ものすごくいい猫だった。

 こうして僕は実に濃密で有意義な軟禁生活(?)を送った挙句、わりにあっさり娑婆に復帰することとなった。

_______________________________


 三日後、迎えがやってきた。迎えに来たのはアグメンとなんとグラキリスだった。ヴィルトトゥムはあまりに僕よりだろう、ということで中立的な彼になったといったらしい。

 全くそうは思えないが、彼自身は僕に思うところがあるだけで、ルプスコルヌ家にはこれといった遺恨はないのだそうだ。要するにぼく個人が嫌いなだけだ。

 そんなわけで、行きと同じく目隠しをして馬車に乗る。僕の隣にはやはり目隠しされたグーグー。そして横の大きな袋には抜かりなくプントがこっそりと入り込んでいた。もはや場所はしっかりと把握しているので、無駄だけれど。


「なんと、まあ、落ち込んでいるかと思えば怠けていたのか?」


 前よりだいぶ肉付きがいいではないか、とグラキリスに言われる。行きと違い、10分ほどすると目隠しを外してくれた。馬車の中は一切の隙間は見えず、天井に魔石ランプがついているのが唯一の光源だ。つまり、視界が悪くすでに加工してあった。

 確かに、彼の言う通りプントのおかげで確かに僕は少し大きく(主に横に)なったようなのだが、この人は意外にきちんと見ているようだ。


「いえいえ、杖を使った魔術の練習をしておりました」


 嘘ではない。実際にグーグーとプントに付き合ってもらったおかげで、だいぶ杖の扱いはうまくなった……と思う。暴発することもほぼなく、だいぶ細かい動きできるようにもなった。

 その旨を言うと、割と穏やかなアグメンの顔が、一瞬鬼のような形相になった。真横にいたグラキリスはわからなかったようで、平然としている。なるほど、好かれてはいないらしい。


「君は、あまり人の痛みというのがわからないようだね」


 どうしてここからそういう話になったのかはわからないが、アグメンがいきなり口を開いた。言っている意味が分からない。ただ、いらだちを含んでいるのがよくわかる口調である。


「ええと、そうですか。家族の中だけで過ごしていたので、ほかの方との距離の取り方がわからないのかもしれません」


 鈍い、といわれることもあるから否定はしない。が、今の話の流れでそんな風に攻められる様なところがあったのか。疑問だ。


「毒殺されかけた子がいて、君の周りで妙なことが起きて、それで何も思わなかったのかい?後ろめたくはなかったのか? 気にせずに鍛錬できるだなんて信じられないな」


 何も思わなかったわけではないが、動揺したっていいことはないし、状況を見失うのでいいことはない。そもそもなんの心当たりもないのだから、気の毒に思っても、後ろめたく思うことなどない。その必要もないだろう。


「びっくりはしましたし、これでも心配はしていますが、後ろめたくは思いません」

「どうだかね。君の軟禁は解かれたが、容疑が完全に晴れたわけではないのだから」


 かなり強くアグメンに睨みつけられた。無罪放免ではないらしい。出れたことはうれしいけれど、ちょっとだけ複雑だ。

 それにしても、学校側も無能だ。僕がいない間に何らかの展開がもっとあったっていいだろうに。犯人の目星くらいつけられないのだろうか。否、ついていても何らかの事由で手出しできないのかもしれない。


「アグメン、疑わしきは罰せず、というだろう。校長がその沙汰を出したのだ。君は王族に逆らう気かね」


 グラキリスは王族に逆らう意思はないらしい。ごく穏やかに彼女をなだめた。


「そういうわけではありませんが…」


 結局、その後、馬車は沈黙が支配する。たまに指先に当たるグーグーの冷たい鼻が慰めである。ひんやり湿ったグーグーの鼻は、腹をたてそうになった僕の理性を呼び戻した。

 冷静になって今日の発言を振り返ると、多分、この人は僕が子どもっぽく泣き喚いたって、怒鳴り散らしたって、言い訳したって気に食わない。そのたびにあらを探してねちねちいうだろう。

 そんな風に自分を落ち着けながら乗っていると、その状況にも飽きて、眠気が襲い始めたころに馬車が止まった。学校だ。


「降りなさい」


 手助けはなかったので、頭にグーグーを張り着かせ、ぴょんとおりる。

 馬車を降りると、グーグーをペイと剥がされ、放り投げられた。

 優雅に着地したグーグーがムッとした顔でこちらを見つめてくる。当然だ。動物虐待である。


「あの」

「学長室に行く」

「犬などは連れていけぬからな」


 そのままアグメンに腕をつかまれて学長室に連れていかれた。グラキリスは後ろからゆったりとついてくる。

 まあ、グーグーならば勝手に何とかするだろう。


 学長室には学長のほか、校長と四人の先生がいた。ヴィルトトゥムとスティルペース、それに知らない教師が二人。両方とも男性だ。頭を下げて礼をすると、上から学長の声が降ってきた。


「よく帰ったね、ルプスコルヌ。顔を上げるといい」

「ありがとうございます」


 目の前の彼女は、依然あった時に比べて随分とくたびれているように見えた。平和だった学園に色々なことが降ってわいたのだ。無理もない。

 もともと十分に老年に差し掛かっていた横の校長も、心なしか皺が深くなった気がする。一角獣の角を少し削って差し入れようかしら。


「インヴィ・ノエートンに関しては、お前は無罪だということが判明した。助手の娘が関与を認めている」

「そうですか。疑いが晴れてよかったです」


 僕の反応に知らない教師二人は不服そうだ。が、ない袖は振れぬ。


「だが、その他の不可解な事項についてはまだ不明だ。そこで、しばらく観察させてもらう。今日から学校内ではアムレト・アルカ・ヒュドラル=ユーグランスがつく事になる。もちろん部屋でもだ。お前の元の部屋に入らせる」


 逐一観察させてもらうぞ、とミカニと言う名前の教師が嬉しそうに言う。すんごく、性格が悪そうだった。

 まあ、人が増えるのはヴィー先輩がいいなら構わない。グーグーとは頭の中で会話すればいい。

 聞き流していたので内容は覚えていないが、散々僕に対する嫌みっぽいことを口ひげをしごきながらミカニが言う。

 要するに、いろんなことを総合すると、彼は魔道具の教師でアムレトと言うのはミカニの息のかかった助手らしい。魔道具の授業を取ろうと思ったが、絶対にやめだ。父から習うと誓う。


「ま、そういう事だから、しばらくアムレト・アルカと一緒だね」

「……承知しました」


 ……面倒くさいけど。


「明日から通常授業に戻りなさい。それから…」

「アムレト・アルカ・ヒュドラル=ユーグランス!入りなさい」


 入ってきたのはひょろりと背が高く、線の細そうな男性であった。手足は長いが、肉付きが薄い。短髪だが前髪だけ長く、柔らかそうな金色の巻き毛が表情を覆い隠しているので、顔立ちなどはあまりわからなかった。


「アムレト・アルカ・ヒュドラル=ユーグランス、参りましたァ」

「よく来たね、アムレト・アルカ。この子に今日からついてもらうから。ルプスコルヌ、挨拶おし」

「しばらくどうぞよろしくお願いいたします。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌです」

「よろしくゥ。ルプスコルヌ君ね。じゃ、いこっか」


 にい、と印象的な口元が笑った。

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