二人の旅立ち
しばらく難しい顔をしていた父親だったが、突如笑い出した。
「ハッハッハ『初天神』か。猿真似どころか、なかなかのもんだ」
「恐れ入ります。大学では落研に入っておりまして……」
「なるほど。荒削りだがそれなりに稽古は積んでいるようだな。君の日本文化への理解は本物だと認めよう」
「ありがとうございます」
「ただし……娘と君との関係はまだ認めるわけにはいかない」
「え……お父さん、どうして?」
父親は月花ではなく、ティムに話した。
「君がこの題材を選んだのはともすれば私たち親子への当て付けとも取れる。しかし……本当は君自身が親御さんと確執があるのではないかね?」
ティムの顔がさっと硬直したのを見て月花は驚いた。
「今のティム君の目は、ここを出た時の月花の目と同じだ。きっとおまえたちが通じ合うのもそういう背景があってのことだろう」
「おみそれしました。僕は父親の反対を押し切って日本に来ました。それ以来連絡も取っていないのです」
「ならば、時間を見つけて一度里帰りをしなさい。きちんと自分の気持ちを話してお父さんに納得してもらうんだ。娘とのことはそれからだ」
「かしこまりました」
ティムは額を畳につけた。
「ティムさんから連絡来る?」
優香がバイトの最中に話しかける。月花はまた辺りを見回してこたえた。
「うん。だけどご両親とのこととか、肝心なことはお茶を濁している感じで。もしかしたらうまくいってないのかなって……」
「気になるんやったら行ってきいや。もうすぐゴールデンウィークやし」
「ドイツに? 無理よ、飛行機代まで手が回らないわ」
「じゃあ……これ使って」
と差し出されたのは、プリントアウトされた一枚のコピー用紙。
「これ、フランクフルトまでの航空チケットじゃない、しかも私名義で!」
「私は自宅通いやし、貯金結構あんねん。……あ、でもあげるんちゃうで、貸すだけやで」
「ありがとう……」
それから数週間後、月花はフランクフルト国際空港に降り立った。ゲートを出ると、ティムが迎えに来ていた。そしてその横には、月花の父親と同じ年代の男性が立っていた。彼らはとても仲良さそうに見えた。
「今いきます!」
月花が手を振ると、ティム親子も揃って手を振った。
終わり
月花の求婚者 緋糸 椎 @wrbs
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