後編
男はついにある決意をした。
「ごめん、俺・・・、本当は詐欺師なんだ―。」
「・・・」
「最初から君の事を騙そうとしていたんだ。君に近づいて、結婚話を持ちかけ、君の家にある財産を奪って逃げるつもりだったんだ。」
女性は何も答えなかった。何も言わずに、鋭い目つきで男を見ていた。
「本当にごめん。でも君の事は本当に好きだった――。初めてだ・・・。まともに人を愛したのは―。」
男は女性の前にひざまずいた。頭を床につけたまま謝った。
「狼の話を知っている?」
女性は、静かにそう訊ねた。良く通る、鋭い感じの声だった。
「・・・・・え?」
「村人を騒がせるために、『狼が来たぞ』という嘘をいつもついていたために、本当に狼が来たときに誰にも信じてもらえなかったと言う少年の話。」
たったそれきり言っただけだが、女性の言葉は男の胸に鋭く突き刺さった。
「つまりは何人もの人を騙しておいて、私のことを愛してると言われても信じることはできないわ。」
女性は後付をするように、そう付け加えた。
「お前、俺が詐欺師だということに気づいていたのか?」
男が尋ねると、女性はこくりと、強く頷いた。
「今すぐここから出て行くよ。君の前にはもう二度と現れないと約束する。当然のことだ―。君の家の財産や君の持ち物は何一つ盗んでいないから、安心して・・・・・・・・・・・・・下さい。」
すっかり小さくなった男が小さな声で言った。
男は女性と暮らした家を出た。
独りになった男は泣いた。泣いた。泣きじゃくった。男が誰かのために泣いたのは初めてだった。
「でも、これでよかったんだよな。彼女を傷つけなくて済んだ―。」
男はぽつりと独り言を言った。それは男の本心だった。
男は心が少し穏やかになったようだった。
「これからはまっとうな仕事を探そう―。」
心の中でそう決心した。
実は男は、大切なものを失くしたことにまだ気づいていなかった。男がそのことに気づくのは、きっとまだ数日は後のことだろう。
「あはははは・・・・。あはは。あははは」
男が出て行った夜、女性は笑った。笑った。狂ったように笑った。それは、可愛らしくておっとりした女性には似合わない笑い方だった。
女性は行きつけの店で酒を飲んだ。
偶然やってきた、女性の仲間が女性の名前を呼んだ。
女性は「おう」と手を揚げた。その仕草は上品で可愛らしい女性には似合わないような仕草だった。
「一儲けしたみたいじゃないか?」
仲間は女性の隣の席に座り、話しかけた。
女性は何も言わずに、詐欺師の男が詐欺で稼いだ全財産が振り込まれた預金通帳を見せた。それが女性のこの3ヶ月の稼ぎだった。
女性の職業は詐欺師だった。甘い態度で男に近づき、同棲し、金の在りかを探り、自分のものに出来たところで別れるというのが女性の手口だった。現代社会は詐欺師にとっても商売のしやすい世の中で、最近では婚活系のマッチングアプリで探している。
「途中で相手が同業者だと気づいたときはあせったけど、どうもばかな奴だったからよかったよ。向こうは最後まで気づかなかったしな。」
女性は、鋭く低い声で淡々と抑揚なく語った。
「詐欺師が詐欺に遭うって面白いな。」
仲間はそうつぶやいて女性の方を向き、・・・固まった。
詐欺師の女性は泣いていた。ぽろぽろと涙をこぼして。
「狼の話を知ってるかい?」
涙声の女性は仲間に尋ねた。
「ああ、『狼が来たぞ』という嘘をついていつも村人を騙していたから、本当に狼が来たときに誰にも信じてもらえなかった少年の話のことだろう?」
仲間は答えた。
「つまりはいつも恋愛詐欺をしていると、本当に恋に落ちたとしても誰にも信じてもらえないということさ。自分自身もその『誰にも』に含まれるんだな。」
それは甘えた可愛らしい女性の声でも、鋭く賢い詐欺師の声でもなかった。
仲間は女性を慰めようと、女性の髪を優しくなでた。
女性の髪は、茶色く染められ肩まで伸びて、狼の毛皮によく似ていた。
狼の話 北浜あおみ @black_diary
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