狼の話

北浜あおみ

前編

 ある時、ある所にひとりの男がいた。男の職業は詐欺師だった。その日、男は詐欺のターゲットにする女性と、街のおしゃれな喫茶店で待ち合わせをしていた。現代社会は詐欺師にとっても便利な世の中になり、最近では詐欺のターゲットは婚活系のマッチングアプリで探している。

 今日の相手はまだ若い女性で、彼女の話を全面的に信じるなら、彼女の父親はさほど有名ではないがそこそこ儲かっている会社の社長であり、彼女自身はただのOLにすぎないがお金は沢山お家にあるということだ。


 待ち合わせの時間ちょうどに、約束した席に女性はやってきた。背が低く、さほど美人と言うわけではないが可愛らしい感じの、おっとりした世間知らずそうな女性だった。詐欺のターゲットにするには最高だったので、男はこの女性を狙うことに決めた。

 男は「自分はIT関係の企業で働いている」と嘘をついた。


 二人はそれから公園を散歩し、高級なレストランで食事をした。男は詐欺師らしく話が上手で頭がよく、しかも若くて顔立ちもスタイルも抜群によかったので、女性はすぐに男を好きになってしまい、二人はその日の内に付き合い始めた。


 男は自分のことをもっと好きになってもらうために、女性を色々なところに連れて行った。遊園地、水族館、公園、フランス料理のお店・・・・。女性は純粋で可愛らしい性格だったので、どんなことでも楽しそうにして喜んだ。どんなものを見ても珍しそうにしていたし、どんなものを食べてもおいしそうにしていた。男がジュースをたった1本買ってきただけでも凄く喜んで、そういうときの笑顔はとても可愛らしかった。

 男はそんな彼女の仕草にドキドキしてしまい、あせった。自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。


「俺は詐欺師だ。彼女を騙そうとしているんだ。」



 男が女性と一緒に暮らし始めるまでにあまり時間はかからなかった。女性は毎日、仕事に行くフリをする男の帰りを待ち、おいしい料理を作った。女性は料理がとても上手だった。男は女性の作る料理が本当に好きだった。

 女性は時々、子供のように男に甘えてきて、それがまた男にとっては幸せだった。


 男は自分に言い聞かせた。

「俺は詐欺師だ。」

「騙すために彼女に近づいたんだ」

「恋なんていうものはくだらない。大事なのはお金だ。ずっとそう思って生きてきただろう?」


 男の仕事は詐欺師だった。だから、男は今までに何人もの女性を騙してきた。


 男はこらえきれなくなっていた。詐欺なんか辞めて、本当にこの女性と結婚して幸せになりたい・・・・。そんなことを考えてしまった。


 ある夜のこと。女性は甘えた声で男に聞いた。

「ねえ、ずっと一緒にいてくれる?」

「もちろんさ。」

 男は真面目に答えた。それを聞くと女性は微笑んで、優しく、次の質問をした。

「ねえ、あなた本当は会社員なんかじゃないでしょう?」


 男は顔を青くした。

 

「あなたは仕事に行っていない」

「あなたの名乗った会社はどこにも存在しない」 

「ねえ、あなたは本当は何をやっているの?」

 

 女性は、可愛らしく、甘い声で鋭い言葉を次々と投げかけた。男は何も言えずにそこに立ち尽くしている。

 男は自分の頭の中で自分自身に叫ぶ。

「おい、いったいどうしたっていうんだ?こういう時は巧く嘘をつくものだろう?なぜ俺は黙っているんだ?」


 女性は寂しそうに笑って、そっと男に近づいて、何も言わずに男を抱きしめた。男は何も言えずに、優しく、女性の髪をなでた。女性の髪は、茶色く、肩まで伸ばしていて、動物の毛皮のようだった。

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