第16話 大和

 夜になった。

 超都にかつての輝きはない。

 昼間に大勢の都民が出ていき、施設などは消灯のままで、僅かに残った者達が付ける家屋や焚き火に街灯だけだからだ。

 変わらない灯りを保つ皇居の敷地には、酒天童子を倒す為、禊で体の浄めを済ませ、新しい巫女装束に身を包んだ朔を真ん中にして、左から弦、奏、要、煇が立っていた。

 星巫女ではない煇が巫女装束を着ているのは、鬼と戦う自分も同じ服を着たいと願い、四人がそれに応えたからだ。

 朔以外の弦、奏、要、煇の四人は神乗機に乗っていて、その背後には大量の自動武神像が並べられている。

 酒天童子と戦うにあたり、超都にある全ての自動武神を集めて配置したのである。

 正面に巨大な鬼道が出現し、中から邪魂が姿を現す。

 巨大な足が地面に付くと、大きな足音を響かせ、地面を通して五人を大きく揺らし、一歩一歩近付くに連れて、揺れ幅も激しくなるが、誰一人逃げようとはしない。

 全員が息を飲むくらいの距離で止まると、突然両腕を上げ、上空に発生させた黒い雲から、雷を雨のように超都中に落としていく。

 「何が起こった?!報告しろ!」

 弦が、突然の事態に慌てることなく、現状を聞く。

 「監視贋からの映像で酒天童子の名前を叫んでいた者達が居た場所に落ちたようで全員死にました」

 「鬼崇教の信者を殺したのですわね」

 「酷いことをする」

 邪魂が、両手を降ろすと、巨神体に戻って胸部が開き、傷が再生して体の大きくなった酒天童子が降りてくる。

 「姿が変わったな」

 朔だけ一歩前に出て、酒天童子を見上げながら問い掛ける。

 他の四人が、前より強大になった酒天童子が放つ鬼力に気圧されて動けない中、鬼力を得て倒したい殺したいという攻撃的衝動が、恐怖心を打ち消していたからだ。

 「鬼姫の血をたっぷり吸ったからな」

 「だから、死にそうなくらいに弱っていたのか」

 「鬼姫はお前達の所へ来たのか。どうなった?」

 「死んだ」

 「よりにもよって人間の側で死ぬとはとんだ大馬鹿者だ」

 悲しむ素振りも見せず言い捨てる。

 「それでどうしてお前を崇める者達を皆殺しにした?」

 「人間に崇められるなど虫酸が走るわ」

 鬼姫が死に方を知った時以上に、嫌な顔をするあたり、よほど腹に据えかねているのだろう。

 「やはり鬼は冷酷で残酷だな。それで何故降りてきた?」

 「前には無かった気配を二つ感じて確かめにきたのだ。一人はお前か」

 右端に立つ煇を見ながら言う。

 「霊力の質が高いあたり帝の血縁者だな」

 「前の帝だ」

 動きはしないが、視線を逸らさず、しっかりした声で言い返す。

 「帝自ら戦うとは都も終わりだな」

 「お前を倒す為に自ら退位したのだ」

 「もう一つの発生源はお前か、渡邉朔。左目が赤くて角を生やした珍妙な姿をになっているが何をした?」

 朔の全身を下から上へと、じっくり見ながら聞いてくる。

 「お前を倒す為に鬼姫の左目と両腕を移植した」

 「人間に体をくれてやるとは鬼の癖にどこまでも恥知らずな奴め」

 「お前を止めてくれと頼まれもした」

 「馬鹿なことをほざいたな。逃げるどころか人間を辞めてまで儂と戦う勇猛さは誉めてやろう」

 酒天童子は、馬鹿にするでなく、本気で誉めてるような話し方だった。

 「お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったぞ」

 「本気で言っているのだ。その勇猛を踏みにじるのが堪らなく楽しいからな~」

 さっきと打って変わり、牙が見えるくらいに邪悪な微笑みを見せる。

 「踏みにじらせはしない」

 「今日で終わりにして上げますわ」

 「絶対に負けはしない」

 「超都を守ってみせる」

 弦、奏、要、煇が、自身の恐怖心を退けて、言い返して行く。

 「そこまで言うお前達の力を見せてもらおう。邪神入魂!」

 酒天童子の入った巨神体が、どす黒い鬼力に覆われて邪魂になる。

 「みんな!」

 朔の掛け声に四人が頷く。

 「鬼神創造!」

 朔が、言霊を乗せて叫ぶと、背後に立つ武神像が集まって、巨体を形作っていく。

 「我々もいくぞ!」

 「任せてくださいませ!」

 「かまわない!」

 「調整はわたしがするからみんなは霊力の放出に集中して!」 

 四人が、霊力を同時に出しながら神乗機を飛び上がらせて、巨体の両肩と両足に付いていくと、集まっていた武神像が鬼身創造の時の鬼代のように形が変わり始め、外装ごとに金色で枠採られた白銀の鎧になり、顔は巨神体と同じく人の顔で、頭部には左右に金色の鹿の角が付いた兜を被った武人のような姿になった。

 「鬼神!大和!」

 朔が中心となり、星巫女と元帝を含む五人が新たに作り出した鬼神名が、人のほとんど居ない超都に轟く。

 義衛門が考案した術式を、五人が短時間で形にしたのだ。

 高い霊力を持つ五人だからこそできることで、大和の姿が武者ではなく武人のようになったのは、皇族の血を引く輝の力が強く反映され、日本神話の絵に描かれるような防具になったのである。

 大和の中心に居る朔は、奇神のように不確かではなく、巨大化してると言い切れるほど強固な一体感によって、邪魂と同じ目線で視線を交わしていた。

 また外装材質が鬼代から武神像に変わり、側にはいないが霊力の交流によって、四人との繋がりをはっきり感じられることで、不快感や不安は感じていない。

 弦達四人は、手足ながら霊力の繋がりによって、朔同様の大和との一体感を共有し、不快感も無かった。

 「それが鬼力を使って作り出したお前達の紛い物の鬼械か」

 「鬼じゃない。お前を倒す為に鬼力を合わせて作った神だ!」

 「倒せるなら倒してみろ!」

 鬼が作った巨鬼と鬼の力を得た巫女が作った巨神が、同時に駆け出す。

 大和の右拳は巫女四人分と煇の霊力が上乗せされて金色に輝き、一方邪魂の右拳は酒天童子の鬼力によってどす黒く光り、距離が詰まるに連れて光量が増し、拳の数倍の大きさになった状態で、互いに示し会わせたように突き出した。

 光る拳がぶつかり合い、爆音を響かせながら凄まじい衝撃が発生し、光は水が弾けるように散っていく中、邪魂が無傷なのに対して、大和は後方に飛ばされ、右手が砕け散っていく。

 「要!」

 「すぐに直す!」

 返事の後、飛び散った破片が集まり、右腕を再生していく。

 「その程度か~!」

 邪魂が前方に飛んで、大和に向かって左足を突き出し、爪先に鬼力の炎を出した飛び蹴りの姿勢で迫ってくる。

 「くっ」

 朔が、大和を後方へ飛び退かせて攻撃をかわすと、蹴りの当たった地面は、爆音を響かせながら大きく沈み、桜の根っこを含め周辺にあるものを、地下へ飲み込んでいく。

 「逃げるだけが取り柄とは情けない」

 邪魂が、口を大きく開け、大和に向けて炎を吐き出す。

 「わたしに任せて!」

 煇が、言い終わる間で、体勢を立て直した大和は指を広げた左手を前に出し、掌を中心に金色の霊壁を張って炎を防ぎ、その姿勢のまま邪魂に近付いていく。

 「これでもくらえ!」

 右手を岩で覆って、邪魂の顔を殴るが、拳が砕けただけだった。

 「傷一つ付かないの?!」

 「儂をがっかりさせるな」

 邪魂が、両腕を上げて下ろす間で、黒雲から大量に落ちてくる稲妻に対して、大和は両腕を上げ、両手から金色の霊壁を展開して防ぐが、次から次へ再現なく落とされ立っていられなくなり、左肘を地面に付いてしまう。

 「これ以上は霊壁を維持できない!」

 煇が、苦しそうに言う。

 「わたしに任せて!」

 要の返事の後、大和は壁を張ったまま、その場で高速回転して地中へ潜って雷を回避し、掘り進みながら方向を変え、邪魂の真下を狙って飛び出すが、後方へ飛んでかわされてしまう。

 「甘いわ」

 「それくらい分かってる!」

 空中で大和の体勢を変え、つま先を真下にして、足裏に突起を作って、邪魂に突撃する。

 邪魂は、避けずに左手だけで受け止めるなり、獣の口のように変化し、鋭い牙で突起を噛み砕いていく。

 「まずい」

 「わたくしがなんとかしますわ!特大扇!」

 大和を解いて飛び上がらせ、停止した後に百体の分身を出したところで、邪魂へ向かって急降下し、両手に出した扇でめった打ちにしていくが、扇が砕けるばかりで、最初に殴った時と同じく、立ったまま反撃してこない。

 「無駄だ」

 邪魂は、見切ったかのように左腕を前に出して、大和本体の右手首を掴むなり、前後に激しく振って地面に何度も叩き付け、その度に鎧の一部や角が砕けて飛び散り、地面に落ちた破片は武神像の残骸になってしまう。

 「このままじゃ大和を維持できない!」

 朔は、大和の左腕を動かし、掴まれている右手首を切り落とすことで、邪魂の手から逃れるも受け身を取れず、地面に叩き付けられて転がされてしまう。

 回転が止まり、武神像の残骸を引き寄せ、破損箇所を修復してる間に、向きを変えた邪魂がゆっくりと近付いてくる。

 「何故効かないんだ?」

 「お前達がどれだけ霊力を合わせても儂の鬼力を破れるわけがないだろ」

 「次はわたしだ!」

 弦が、言い終わる間で、大和の両手から出した龍撃銃を連射し、肩に出した龍撃砲を連発するが、弾は邪魂の表面で弾かれ、砲丸が爆発してかすり傷一つ付かず、進行を止められない。

 距離が詰まろうと止めずに撃ち続けるが、邪魂に銃身を捕まれて龍撃銃が握り潰された後、逃げる間も無く手刀で砲身を突かれて破壊されてしまう。

 「もう打つ手が無いなら終わりにしてやろう」

 邪魂が、右手を伸ばし、大和の首を掴む。

 「ええいっ」

 朔は、破れかぶれな気持ちで、大和の拳に鬼力で作った青黒い炎を灯して突き出し、邪魂が今まで通りに避けないと胸に当たって、装甲を僅かばかり剥がした。

 「なんだと?」

 酒天童子が、驚いている隙に邪魂の右腕を殴り、首から手を離させる。

 「朔、いったい何をしたんだ?」

 「手に鬼力を込めて殴ったら効いた。同じ鬼力なら壁を破れるんだ。鬼力を使うから穢に耐えてくれ!」

 大和が、両手を水平に上げると、広場に放置されていた鬼代の残骸が両腕に集まり、雷豪の籠手に似た形になり、両拳に鬼力の炎を灯して、邪魂に殴りかかっていく。

 「かすったくらいで調子に乗るな」

 邪魂は、大和と同じく両拳に炎を出して向かって来て、二体の間で壮絶な撃ち合いが繰り広げられ、拳がぶつかる度に大気が破壊されそうな爆音を響かせるが、互いに損失を与えられない。

 「このままじゃ埒が開かないぞ!」

 「それならわたしの武器でやる!金戦斧だいきんぷ!」

 一旦後退した大和の両手に残りの鬼代の残骸が結集して、全体が黄金色の巨大な斧を構築し、柄を掴み刃に鬼力の炎を灯して振り下ろす。

 邪魂は、両手から壁を出し、刃が当たると金属を擦るか切断する時の火花のように、霊力と鬼力の粒子が大量に飛び散る。

 「斧だと、坂田金時の武器か」

 「我が先祖が鬼と戦う時に使った武器を存分に味わえ~!大金戦斧だいきんせんぷ!」

 大和は、斧を二つに合わせ、より巨大な戦斧にして大きく振りかぶり、邪魂の脳天に目掛け、勢いよく振り下ろす。

 刃はさっきと変わらす壁に阻まれるが、大和は引かず両足に力を込めて押し込み、それによって足底に当たる地面が深くめり込む。

 「はああぁぁ~!」

 五人の息の合った掛け声に合わせて、刃は壁を押し破って邪魂の胸部に刺さり、さらに深く押し込もうとした直後、邪魂の全身から吹き出した強烈な炎が、大和を吹っ飛ばし、皇居や庁舎などを一瞬にして燃やし、辺り一面を焼け野原に変えてしまう。

 「調子に乗るなよ。残りかすの分際が~!」

 邪魂は、全身に炎を纏い、より強大かつ邪悪な姿になり、倒れている大和に近付いて両手を伸ばし、左右の足首を鷲掴みにするなり、抵抗する暇を与えず、勢いよく引き千切って放り投げた。

 地面に叩き付けられた足は、足の形を維持できず、元の神乗機と武神像の破片に戻ってしまう中、続いてつ両腕が千切られた後、右手で首を掴んで持ち上げられて、顔を寄せられてくる。

 「いいか。お前達超都の人間共が持つ霊力は儂の鬼力を歪めた紛い物だ」

 「何を言っている?」

 「お前の先祖の渡邉綱に討れた時に儂の腹には子が居てその子を殺さぬ条件で都に連れていかれた後に強引に奪われ、それを材料にして鬼に対抗する力を持つよう作られた人間がお前達の始祖だ。作り主どもが互いに争い自滅した後生き残って朝廷の真似事をしてるのだから滑稽なことこの上ないがな」

 怒りとも呆れとも取れる口調で話した後、大和の頭を握り潰して、残った体を地面に叩き付けると、四人と同じく鬼神創造が解け、朔は武神像の残骸の上に身を晒す状態になってしまう。

 「お前の世迷い言なんか信じるものか!みんな、大丈夫か?」

 「まだやれますわ」

 「わたしも」

 「これくらいでやられたりしないよ」

 弦が、神乗機を起こしながら現状確認にして、三人が答えていくが、朔だけ返事をしない。

 「朔、無事なのか?」

 朔は、答えない。

 「朔~!」

 「••••」

 答えないのではなく、答えられなかった。

 鬼の一部を体に移植してまで得た鬼力を使っても酒天童子を倒せず、このまま死ぬか、長巫女になった自分のように神器の最後の力を使い、時を遡ってやり直すしかないという、最悪な考えを止めることができなかったからだ。

 「楓さん、ごめんなさい。あなたの仇を討てなくて」

 梓への謝罪の言葉を口にすると、鬼の攻撃性が薄れ、それに合わせるように言葉に敬語が交ざり、両目から涙が溢れ出て、頬を伝って流れていく。

 「これで終わりだ」

 邪魂が、朔を押し潰そうと右足を上げた瞬間、地面の中から現れた千年桜の切り株が、激しい光を放って朔を包み込む。

 「ここは?」

 朔は、何が起こったのか分からず、周囲を見回すと、暖かく柔らかな光に包まれ、安心と安らぎを感じさせる空間に座り込んでいた。

 「朔」

 呼び声を耳にして正面を向くと、立っているのは会ったことはないが、とてもよく知っている人物だった。

 「渡邉薙」

 前に立って話し掛けてくるのは、酒天童子を討った英雄で朔の先祖にして、心の拠り所にしてきた千年桜の下で眠っているとされる渡邉薙その人だった。

 映像資料などで姿は知っていたが、直に会うのは初めてなので、死ぬ直前に見ている幻かと思ってしまい、言葉が出てこない。

 「朔」

 朔の心情を察してか、安心させるような穏やかな声で、名前を呼んでくる。

 「あなたは渡邉薙なのですか?」

 心が落ち着いている為か、敬語で話すことができた。

 「名前を呼ばれのは久しぶりですね」

 「どうしてあたなが見えて会話がてきるのですか?それとここはどこなのです?」

 自分が置かれている状況を把握しようとして、次々に質問してしまう。

 「ここは生前のわたしが桜に残した霊力が作り出した空間でこの姿も霊力で作られたものです」

 「何故そのようなことをしたのですか?」

 「彼女と決着を付ける時が来たからです」

 「酒天童子とのですか?」

 「そうです。酒天童子が身籠っていると知った渡邉綱が子供の安全と戦いを止める条件で殺さずに都へ連れて行った後に朝廷が裏切り強引に奪い、親子で対鬼用の材料にしたと知った時にわたしはいつか復活する酒天童子を倒す為の力を残すべく死んだ後に霊力を桜の形に変えておいたのです」

 「そのお力があるのならどうして今まで時が遡る前に力をお貸してくださらなかったのですか?」

 「わたしの力は一度使えば消えてしまい、たとえ時を遡っても戻らず、酒天童子と真の決着を付ける時を待たなければならなかっていたのす。さあ、哀れな鬼を終わらせてあげてください。人と鬼の力を持つあなたならできるはずです。わたしの最後にして究極の力を受け取りなさい!」

 薙が、差し伸べる右手を取った瞬間、周囲の風景が一変し、気付けば武神像の残骸の上に寝ていて、目の前には酒天童子が止めを刺そうと右足を上げている。

 朔は、目の前に出した異繋門を通って攻撃から逃れる中で、右腕に今までにない強い力が宿っているのを感じていた。

 「みんな、ごめん!もう一度大和になろう!」

 四人の前に立って、謝罪した後、号令をかける。

 「いいぞ!」

 「もちろんですわ!」

 「やれるよ!」

 「もちろんさ!」

 「鬼神創造!」

 朔の掛け声に合わせ、神乗機と武神像の破片が集まり、再び大和になるが、右腕の装甲だけは分厚く、桜色をした籠手に変わっていた。

 「朔、その右腕はどうしたんだ?」

 「桜の根に宿っていたわたしの先祖の力を宿している」

 「あなたの先祖ということは」

 「渡邉薙だね」

 「桜浄剣おうじょうけん!」

 右手に自分と薙の霊力を合わせ、さらに鬼力を上乗せして、一本の刀を作り出す。

 その刀は哀斬刀と同じ形をしていたが、刃の色は名前の通り桜色をしていた。

 「なんだ。その妙な刀は?」

 「わたしの先祖にして初代星巫女の渡邉薙の霊力を使って作り出した刀だ!」

 切っ先を邪魂に向けながら言い返す。

 「そんな物打ち砕いてやる!」

 邪魂が、右手から刃に炎を宿した刀を出して、向かって来る。

 朔は、大和に桜浄刀を両手に持たせ、構える姿勢を取らせる。

 「みんな、刀に霊力を集中させて!」

 「分かった」

 「いいですわ」

 「もちろんよ」

 「問題ない」

 返事の後、四人分の霊力を上乗せされた桜浄剣の刃が、強い輝きを放つ。

 「死ね~!」

 邪魂が、足音を響かせながら迫って来るが、大和は構えた姿勢のまま動かない。

 邪魂が、刀を大振りしてくるのに対し、大和も応えるように桜浄刀を大振りし、二本の刃がぶつかって凄まじい激音を響かせ、発生した衝撃が、二体を震わせ、周辺の炎を一瞬でかき消し、地面を捲るように抉っていった。

 音が鳴り止む中で、邪魂の刀の刃に亀裂が入り粉々に砕け、桜浄刀の刃は邪魂の体に食い込み切り裂く。

 「終わりだ!」

 大和が、桜浄刀を振りかぶって、邪魂を真っ二つにしようと振り下ろすが、上空に飛んでかわされてしまう。

 「都ごと消し飛ばしてやる!」

 邪魂は、両腕を上げ、両手の間に作り出した自身よりも巨大で真っ黒な火の玉を、大和に向かって放り投げた。

 「はあ!」

 大和は、その場から動かず、桜浄剣を真一文字に振って、真っ正面から刃で受け止めると、猛烈な熱波が周囲の物を蒸発させ、強烈な圧力に押し潰されそうになる。

 「だああぁぁ~!」

 五人が、息を合わせて刀を輝かせやなが押し出し、刃にひびが入り、さらに押すことで真っ二つにし、火粉にまで散らしたが、同時に刃は砕けて破片が周囲に散らばっていく。

 「渡邉薙の力も大したことはなかったな」

 「これで終わりじゃない」

 散った破片は地面に落ちず、一片一片が輝いて、邪魂の周囲を覆う。

 「なんだ。これは?刃の破片に力があるというのか?」

 「百花繚乱斬!」

 朔の声に合わせて、大和が柄を突き出すと、破片が一斉に邪魂に飛び掛かり、抵抗する間も無く体を削り、地面に落ちた時には首や手足が無いどころか、巨神体の原型さえ留めていない、ただの鉄の塊になっていた。

 「終わりだ」

 朔は、刃が戻った桜浄刀を両手で持って振りかぶり、一刀の元に塊もろとも酒天童子を真っ二つに斬った。

 「まだだ!まだ終わらん~!」

 巨神体の残骸から溢れ出た鬼力が、鬼の顔になって叫ぶ。

 「あれはいったいなんだ?」

 「酒天童子なんですの?」

 「鬼力だけで生きているのね」

 「とんでもない執念だわ」

 四人が、酒天童子の執念深さを目にして、驚きの声を上げていく。

 「朔、どうする?」

 「わたしに任せろ」

 焦る四人と違い、落ち着いた様子で返事をした後、大和を歩かせて酒天童子へ近付いていく。

 酒天童子が、威嚇するように全体を広げる中、大和の右手を前に出して触れる寸前の距離で、手全体から出した淡い光で包んだ後、朔は自身の霊力を光の中へ流す。

 霊力は渡邉薙と対面した空間内で、朔の分身となって、閉じ込めた酒天童子と対面する。

 全身がどす黒い鬼力で覆われ、顔だけはっきり見える酒天童子は、鬼というより怨みや憎しみの塊にしか見えない。

 「ここはどこだ?儂をどうした?」

 「わたしに残った渡邉薙の霊力で作った空間にお前を閉じ込めた。ここでは何もできない」 

 「何をされようと人間へ怨みや憎しみは消せないぞ」

 「わたしも鬼が憎いしやってきたことを許しはしない」

 「やはり殺し合うしかないな」

 「終わりにしよう」

 朔は、静かに言う。

 「終わりだと?」

 「このまま戦い続けて互いに滅ぼし合ってもしかたない」

 「人間の為に鬼を滅そうとした者が何を言う」

 「もう滅ぼしはしない」

 「それならどうする?」

 「わたしが鬼を守る」

 さっきとは異なり、覚悟を感じさせる力強い声で言う。

 「嘘でない証拠を見せろ」

 「この角にかけて誓う」

 言いながら左側の角を見せる。

 「お前はすでに人間ではないのだったな。ならばその角を信じてやる。儂の残った力をやろう」

 酒天童子の右手が角に触れると、黒く染まっていく。

 「その誓いを忘れるな」

 「必ず守る」

 憎しみに満ちていた酒天童子の表情が緩むのを見て、少なくても自分を認めたと確信が持てた。

 その後、花を散らすように消え、合わせるように薙の霊力が切れたらしく、空間が消えていき、それに合わせて分身を消す。

 「朔、酒天童子はどうなった?」

 「消えた。もうこの世界には居ない」

 「鬼との戦いは終わったんですのね」

 「戦いが終わってもやることは残ってる」

 「まずは火を消さないとだね」

 大和が、両腕を水平まで上げると、全身から大量の水分を含んだ風が出て、火を一気にかき消して暗雲を払い、腕を降ろした時には、超都に月が輝き、星がまたたく夜空と静けさをもたらす。

 それから大和は超都中を移動して、被害の酷い箇所の支援を行い、皇居に戻った時には夜が明け、地平線から顔を出した太陽が、超都全体を明るく照らしていた。

 朔が、鬼神創造を解くと大和は崩れ、顔や装甲は武神像の残骸になり、五人はゆっくり地面に降りていく。

 「ようやく鬼との戦いは終わったんですのね」

 「終わったんだ」

 「それなら超都を再建に取り掛かろう。鬼との戦いに勝ったと分かれば帰ってくる都民も大勢居るだろうから」

 「わたしも再建を手伝うわ。朔もやるよね」

 「わたしは出ていく」

 朔は、静かに自身の決意を口にする。

 「どこへ行くの?」

 「鬼の生き残りを探して人間と戦わなくてもたいいように守る。それが酒天童子との約束だから」

 朔は、四人に背中を向けて歩き出す。

 「本当に出て行くんですの?」

 「朔にはその資格と責任があるんだ。行かせてやろう」

 「戻ってくる?」

 朔は、要の問いに応えず進み、四人は遠くなる背中を見送ることしかできなかった。

 「鬼力と先祖の力を使って酒天童子を倒すか。まったく驚かせてくれる」

 そう言ったのは、焼き崩れた皇居の残骸の上に立つ毒翁だった。

 「後一押しで完全に封印が解けるところだったがまあいい」

 とても嬉しそうに言い終える間で、翁の面が落ちると首の下から手足が生えてきて、人間の体に似た形になったところで、全身が蛇のような鱗に覆われ、緑の髪が背中まで伸びて、鬼姫や酒天童子と雰囲気のことなる怪しげな美女になった。

 「我ら蛇動集の力を振るうには十分な綻びはできたからな」

 言い終え、澄みきった青空を見上げ、満足気に微笑むのだった。

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奇神物語(くしがみものがたり) いも男爵 @biguzamu

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