第15話 鬼巫女

 その朝、超都は悲しみに包まれていた。

 千超京の象徴である千年桜が斬られ、星巫女の梓が自らを犠牲にし、酒天童子を止める為に死んだからだ。 

 梓は、五人の中でも身分の高さを感じさせず、気さくかつ大雑把な振る舞いから子供に慕われていたので、死亡の知らせが伝えられた時には、多くの子達が泣き喚いたという。

 梓の葬儀は、その日の内にしめやかに執り行われることになった。

 まだ、酒天童子を倒していない状況下で、超都を上げて盛大にやるわけにもいかず、かといってやらないのでは本人が浮かばれないとして、おごそかにやることになったのだ。

 葬儀の過程で、儀の舞を決められた通りに舞った者は、一人も居なかった。

 梓への思いを、自分達なりに表現したいという願ったところ、帝がすんなり許したからである。

 鬼門にある星巫女の墓所にて、遺体の無い墓碑を前に帝の立ち会いの元、最後の別れが執り行われ、星巫女四人だけでなく大臣全員も参列していたが、長巫女の姿は無い。

 昨夜より体調を崩し、参列を見送ることになったからである。

 「坂田梓、お前は超都を守る為によく尽くしてくれた帝として礼を言う」

 帝の言葉が終わり、四人の番になる。

 「わたしがこんな姿になったばかりに本当にすいません」

 「あんな死に方するなんてほんと最後まで最低な人ですわ」

 「すまない。わたしは誓いを果たせなかったな」

 「仇は必ず取るからね」

 入れ替わりに墓碑の前に立って、思い思いの言葉を口にする。 

 その後には、大臣達が言葉を送っていき、梓と散々言い合いをした左大臣も、涙を流しながら別れの言葉を言っていた。

 全てが終わると、一人また一人と墓碑の前から立ち去り、護衛役さえも離れて帝だけになる。

 「死なないと言ったのに大叔母様の大嘘つき」

 小さな声でそう言った後、支えを失ったように両肘を地面に付いて、顔を両手で覆い、声を上げて泣き出す。

 その姿は、帝の威厳や尊厳も無く、一人の少女が泣いているようにしか見えないが、誰も止めようとはしない。

 帝という立場なら鬼を侵行を止める為とはいえ、まだ十代にして身内を自らの手で殺すような決断させた心情に配慮して、好きなようにさせているのだ。

 朔は、自身の社に戻る時に梓の社に目を向け、灯籠の火が消えているのを見て、改めて死んだという事実を突き付けられるように思え、前を向くと足早に入った。


  大江山にある酒天童子の城の前に鬼道が開き、邪魂が歩いて姿を見せる。

 「酒天童子様、お帰りですか。これは煉獄ではない?」

 出迎えた鬼姫が、自分の知らない巨鬼を見て、驚きの声を上げる。

 邪魂が、左目と両手の無い巨神体に戻り、胸部が開いて、中から左腕と左足を失った酒天童子が降りてくる。

 「酒天童子様、そのお姿はいかがなさいました?!」

 「騒ぐな。馬鹿者」

 酒天童子は、地面に足を付く間も無く、右腕で鬼姫の腹を思いきっり殴って、地面を転がす。

 「星巫女の一人に命と引き換えにやられたのだ。その代わり奴等から大事なものも奪ってやったがな」

 笑いながら振り返って、巨神体を見ながら話す。

 「やはり星巫女共が使っていた巨神体なのですね」

 「煉獄の代わりにこいつで今夜都を襲う」 

 「左様でございますか。それは星巫女達にとってもさぞ屈辱でございましょう」

 鬼姫が、楽しそうに笑う。

 「しかし、完全に儂のものにするにはまだ力が足りない」

 「どうされるおつもりですか?」

 「お前の血を全て寄越せ」

 鬼姫に獲物を見るような目を向ける。

 「そんなことをされては死んでしまいます」

 「それがどうした?人間共を絶滅させるのに必要なんだ。お前も野望達成の為に数え切れないを奪ってきたのだから自分だけ助かろうと思うな」 

 「それでも嫌です!」

 「もういい」

 酒天童子は、右手を前に出し、指先から放つ糸状の鬼力を鬼姫の全身に巻き付け、動けないようにする。

 「死にたくない!死にたくない!」

 「これ以上、手間を取らせるな」

 必死に踠き、命乞いをする鬼姫の口を塞いだところで、近付いて着物をはだけ、顕にした白い腹に右手を突き刺し、ゆっくり裂いていく。

 鬼姫が、両目を大きく開けて涙を流し、声に出せない悲痛な叫びを上げる中、傷口からは真っ赤な血が溢れ、酒天童子は腹に口を付け、一滴も残さず飲むのに合わせて、欠損してた左腕と左足が元に戻っただけでなく、体や角も大きくなっていく。

 「体中に力が漲るぞ。この力があれば巨神体も操れるわ」

 再生した左手の指をゆっくり動かしながら、満足気に微笑む。

 「うう~」

 鬼姫が、苦しそうに呻きながら、自力で腹の傷を塞ぐ。

 「あれだけ血を吸われてまだ生きていられるのか。せめてもの慈悲だ。後は好きにさせてやる」

 鬼姫は、返事をせず、正面に出した鬼門に這いずりながら入って行く。

 「人間共よ。最後の夜まで絶望しながら待つがいい」

 酒天童子が、傍らに立つ巨神体を見ながら上げる高笑いが、大江山中に響くのであった。

 

 超都は大混乱の最中にあった。

 星巫女の一人が死んで、鬼械からの唯一の守り手である巨神体が、酒天童子に奪われたと知って、超都は終わりと思った都民達が、一斉に出て行こうとしているからだ。

 段位の高い者は異繋門を使い家財道具を別場所に移した後で逃げ、低い者は夜になる前に逃げ出そうと、四つの出入り口に大挙して押し寄せ、管理している役人達が霊壁を張って止めようとするも、同じように壁を張り、大人数による大きさと厚みで押し退け、入り口から離れた場所では壁を破壊して、無許可で出ていくなど収集が付かない。

 そうした混乱の中で、空き家には火事場泥棒が押し入り、強姦や人殺しが横行し、御用隊でも手に負えないほどに治安を乱しまくっていた。

 「時が来た!ついに鬼の時代が来るぞ~!皆の者!続け~!」

 泥棒や強盗に混じり、隠れていた鬼崇教の信者達がこぞって現れ、自分達の勝利を宣言しながら超都中を練り歩き、その場で入信して後に続く都民まで出てきて、治安の乱れに拍車を掛けていた。

 星巫女四人は、邪魂の対策会議の為に議事堂に集まっていたが、大臣達は半分も集まっていない。

 梓の葬儀が終わるなり、都民に混じって、超都から早々に逃げ出していたからだ。

 「我々が鬼械と戦える物はもう無いのか?」

 弦が、会議に出席してる義衛門に尋ねる。

 「すぐにできるものとなるとこれくらいですね」

 言いながら操作した勾玉が映し出したのは、大型の武神像の胸部に椅子の付いた、置物とも乗り物とも付かない珍妙な物だった。

 「これは?」

 「神乗具じんじょうぐです。本来は鬼代に対抗するべく星巫女様の霊力で操る巨体ならではの剛力を武器に戦う神機にございます」

 「これで邪魂と戦えますの?」

 「いいえ」

 「どれくらい持たせられるの?」

 「抵抗すらままならないでしょう」

 奏と要の質問に対し、義衛門は即答していく。

 「それでもやるしかないでしょう。わたし達の使命は超都を守ることですから」

 朔が、強い意思を感じさせる力強い声で言う。

 「皆の者、使命を果たさなくてもよいぞ」

 一同が声のする方を見ると、帝が護衛も連れず一人で立っていた。

 「今のお言葉はどういうことでしょうか?」

 弦が、全員を代表して、言葉の真意を問う。

 「超都はこの有り様で我の威厳もあったものではない。だから無理に留まる必要は無いし逃げても責めはしないということだ」

 「帝はどうなされるのですか?」

 「我は超都と運命を共にして最後まで帝の勤めを果たす」

 そう返事をする帝の表情には、威厳さは微塵も感じられず、全てを諦めたように腑抜けていた。

 「帝、そんな顔をしないでください」

 朔は、言いながら優しく微笑む。

 「朔?」

 「ここに居る者達は朝廷や帝の為とか星巫女だから残ってわけではありません。心から超都を守りたくて残ってに居るんです」

 朔が、言い終わる間で、議事堂に居る全員が微笑んで頷いていく。

 「ありがとう」

 帝は、涙を流しながら礼を言った。

 「千年桜付近に鬼が出現しました」

 守巫女隊からの知らせを受け、四人が千年桜の根元前に着くと、鬼姫が腹這いで倒れていた。

 「なんのつもりか知りませんけど梓さんの仇を討たせてもらいますわ」

 奏が、殺気の籠った視線を向け、首を斬ろうと右手に出した扇子を振り上げる。

 「まだ殺すな」

 鬼姫が、かすれた弱々しい声で、止めるよう言ってきた。

 「今更見苦しいですわね」

 「待ってください!」

 朔が、奏の前に立って止める。

 「何故止めますの?!あの鬼のせいで梓さんが死んだのですのよ!」

 叫びながら反論する奏を、側に来た弦が肩を掴んで止める。

 「何故ここに来た?来れば殺されることくらい分かるだろ?」

 「覚悟なぞできているわ。お前達に酒天童子を倒して欲しいのじゃ」

 「主を裏切るんですのね」 

 「そうなるな」

 「わたし達に手を貸すというの?」

 「そうだ」

 「騙す気は無いのだな」

 弦が、真意を確かめる。

 「こんな姿で騙しても仕方なかろう」

 鬼姫は、仰向けになって、腹の傷を見せながら言った。

 「どうするの?わたしは嘘を付いてるようには見えないけど」

 要が、鬼姫を見ながら言う。

 「要が信じるのならわたしは信じる」

 「朔もそう言うのならわたしも信じよう。奏はどうする?」

 「皆さんがそう仰るならわたくしも信じるしかないでしょう」

 奏は、扇子を降ろし、やや納得してない表情で応える。

 「鬼姫を置ける場所はありますか?」


 朔は、寝ている鬼姫の傍らに立って、顔を見降ろしている。

 一人と一鬼が居るのは、大量の鬼代の残骸が置かれている場所で、鬼の研究をする為の資料を大量に保管する大倉庫の中だった。

 相談の結果、鬼姫を居させる場所として、普段から鬼に関する物を置いている倉庫ということになったのだ。

 鬼姫は、放置された物のように、床で寝ている。

 布団は居るか?と聞いた際、必要ないと拒んだからだ。

 本来なら倒すべき鬼で、体の一部を奪い、仲間の仇という憎き存在でもあるが、もうすぐ死ぬからか、いつも感じていた鋭く突き刺すような殺気を感じないと、不思議と哀れみにも似た情が沸きそうになってしまう。

 「お前は鬼が千年以上も人間と争っている理由を知っているか?」

 「人間を滅ぼして天下を取る為と聞いてる」

 「そうだ。八岐大蛇が討たれた後に産まれた鬼の悲願であるが妾にとってはどうでもよいことだ。ただ、静かに生きたいからやっていただけだからな」

 「静かに生きるのがお前の望みだというのか?」

 「そうだ。幼い時から人間への怨みと憎しみだけを叩き込まれたせいで頭から消そうにも消せん。だから悲願を成就し全てを忘れて静かに暮らしたかったのだ」 

 「それも叶わないな」

 「だから鬼を終わらせてくれ。妾が死ねば後は酒天童子を殺せば僅かに残る鬼の子も死に絶えて鬼は滅びるだろう」

 「巨神体が奪われた今どうやって酒天童子に対抗しろというんだ?」

 「妾の左目と両腕をやろう。うまく繋がれば鬼力が備わりここにある鬼代の残骸で鬼械を作れるやもしれぬ」

 「わたしに鬼力を使えというのか?」

 「保証はできぬが妾はもうすぐ死ぬ。どうするかはお前次第だ」

 「わたしは」

 朔は、声を詰まらせてしまう。

 酒天童子を倒す為とはいえ、自分が人間でなくなるかもしれないと思うと、即決てきなかったのだ。

 「死んだらどうなる?」

 決めかねてる間に、鬼姫が聞いてきた。

 「徳が高ければまた人間に生まれ変われると言われてる」

 「人間と関わるのはもう嫌じゃ。今度は虫にでもなりたい。それでお前は死んだら木になれ」

 「木?」

 「それならお前と友になれる」

 その声は消えそうなほど弱々しく、言い終えると目を瞑って動かなくなった。

 話す相手が居なくなり、静かになった倉庫の中で、朔はただの死体となった鬼姫を見て、憎しみも哀れみも感じず、なんとも言えない気持ちになっていく。

 鬼の死体というものを、じっくり見るのが初めてだったからだ。

 鬼姫の提案に付いては、まだ決断できず、ほんとは死ぬ際の嘘で、自分を騙しているとしたら死体を灰にしてやろうかとも考えたが、友になりたいという言葉は本心だと思い、燃やすのを止めた。

 しばらく立ったままでいた後、外で待つ三人を呼んだ。

 

 「本当にいいんだな」

 弦が、寝ている朔に問う。

 「構いません」

 返事をする朔の左隣には、鬼姫の死体が並べられている。

 熟考した末、鬼姫の左目と両腕を移植することに決め、その手術を三人に任せることにしたのだ。

 死体とはいえ、鬼と接する行為なので、星巫女の三人に任せるしかないが、医術も必須科目なので問題は無かった。

 「眠らせるぞ」

 朔が頷くと、弦の左手から睡眠を誘発する術を受けて、眠りに付く。

 「始めよう」

 合図に対し、奏と要が頷く。

 弦が左目、奏が右手、要が左手で、分担することになり、三人共に両手を霊力で覆う。

 道具を使わないのは、鬼姫から取り出す部位を、無駄に傷付けないようにする為である。

 弦が顔に指を入れて左目を慎重に抜き取り、奏と要が血を出すことなく両腕を切除していく様は、肉体を切るというよりは、粘土か飴細工をしているようだ。

 切り取った部位の鮮度を保つ為、霊力で包む。

 いよいよ朔への移植を開始する時になると、本当に移植して大丈夫なのか?という疑念と不安と緊張で、三人は互いに視線を合わせ、同じ間で頷き息を飲んだ後、移植に取り掛かった。

 目を入れ、腕を繋ぐというさっきとは、逆の行為を行っていくが、三人が危惧した拒絶反応は出ず、朔は眠ったままでいる。

 「意識を戻すぞ」

 その言葉に二人が頷くと、弦は右手を朔に向け、霊力を放って睡眠の術を解くと、ゆっくりと目を開けた。

 「朔、体に問題は無いか?」

 「平気なの?」

 二人の問い掛けに対して、返事をしない。

 「返事をしてくださいませ」

 前を向いたまま黙り続けている。

 「あ、ああ、ああぁぁ~!」

 朔は、声を上げて呻き、床を転がりながら苦しみ出す。

 移植された部位に残る鬼の血が体に流れて、人の血と混ざったことで、猛烈な拒絶反応が起こり、左目と両腕を失った時の比ではない激痛が体中を駆け巡り、心臓は握り潰されそうなほどの負担が掛かっていた。

 「もう一度眠らせるぞ!」

 弦が、見るに耐えず、眠らせようと左手を向けるのを見た朔が、首を大きく振って拒む。

 自力で抑えられなければ、鬼力を自分のものとして使えないと思ったからだ。

 霊力を出して、鬼力を抑えようとするが、反発が強まって痛みが増すだけで、制御できない。

 痛みに耐える中で、抑えるのではなく自分の一部として受け入れるよう思い直し、鬼力を中和させようと霊力を弱めにして、移植された部位を少しでも体に馴染ませようと、目を開けて映るものを直視させ、両手を必死に動かす。

 そうしていると、これまで感じていた激痛が徐々に和らぎ始め、心臓への負担も手が離れるように軽くなったことで、部位が馴染み、自分のものになっていくのを感じた。

 移植された部位と鬼力が異物ではなく、体の一部になると手の爪が鋭く伸び、歯の一部が牙のように尖り、左目の瞳は鬼のように真っ赤に染まって、額の左側に角が生えてくるなど、体にも変化が生じていく。

 その様子を見ている三人は、朔の意を汲み、今すぐ駆け寄りたいところを、唇を噛み、手を強く握ることで必死に堪え、黙って見続けていた。

 朔は、体の変化が収まり呼吸が落ち着くと、一旦目を閉じ、一呼吸置いてゆっくりと開ける。

 二日振りに両目で見る世界は、片目の時とは比べ物にならないほど良く見え、腕は人間のより力が漲っていて、鬼姫の左目と両腕が問題無く機能してるのを実感した。

 機能自体に問題が無い反面、鬼の血が加わったせいか、体は重いというよりは分厚くなったように感じ、それだけでなく周りのものが自分に取って敵かどうかと、攻撃的な見方をする衝動を止められない。

 そうした状況を知らない三人が息を飲んで見てる前で、立ち上がった朔は見た目だけでなく、雰囲気もがらりと変わり、別人というよりは別者のように思えた。

 「朔?」

 弦の問い掛けに応えず、右手を鬼姫の死体に向けるなり、手から放った炎で、一瞬にして灰にしてしまう。

 「いきなり何をするんですの?」

 「まさか鬼姫に取り憑かれた?」

 「本当に朔なのか?」

 三人は、表情を引き締め、身構えながら問い掛けていく。

 「わたしは朔だよ」

 声に変わりはないが、これまで三人と話す時のような温和さは無く、口調が強く攻撃的な話し方だった。

 「元のままではないだろ」

 「鬼の力が加わってるから普通の人間とは言えない」

 「それなら鬼だというんですの?」

 「鬼でもない。人間と鬼の力を合わせ持つ鬼巫女と言ったところかな」

 「人と鬼の中間の存在になったわけね」

 「そう思ってもらっていい」

 三人は、朔と分かっていても、角を生やし、片目だけとはいえ真っ赤な瞳で見られると、鬼と接する時のように警戒の眼差しを向けてしまい、そうした視線のやり取りによって、倉庫内の空気が否応なしに張り詰めていく。

 「長巫女様の体調が急変いたしました。今すぐ朔様にお会いしたいとのことです」

 守巫女からの報告で空気が一変し、顔を見合せ頷き合った四人は、目の前に出した異繋門を通って、守巫女庁舎へ急行した。


 庁舎内へ入ると、姿の変わった朔を見た隊員達が、驚いて悲鳴を上げたり武器を出すなど、大騒ぎになった。

 朔が、気にせず歩く中、弦達が静まるようにという視線を向けることで、隊員達は我に返って口を閉じ、武器を消していく。

 最奥にある長巫女の部屋の前には、医術師と看護士が居て、朔を見てぎょっとした顔をしたものの隊員達と違い、すぐ冷静になり四人に首を横に振って、もう手の施しようがないことを伝えてくる。

 「朔だけ入れ」

 朔は、障子越しに聞こえてくる声に対して、三人を見ると頷くので、言われるまま中へ入る。

 長巫女は、畳に敷かれた布団に寝かされていて、死んだ鬼姫を見た後だけに、死体に見えてしまう。

 「その姿はどうした?」

 質問する声は、生きる気力が感じられない弱々しく、死期が近いことが分かる。

 「鬼姫の左目と両腕を移植したらこうなった」

 長巫女相手にも敬語を使わず、横柄な口調で話す。

 「お前が新たな選択をしたのならわたしの時間も終わるな」

 「どういう意味?」

 「わたしの面を取れば分かる。取れ」

 今まで外したことの無い面を自分が外すのかと思うと、若干の戸惑いが出てしまう。

 「早くしろ。時間が無い」

 急かされて、戸惑ってはいられないと思い、勢いに任せて面を外す。

 「え?」

 朔は、驚くあまり面を落としてしまう。

 長巫女の面から出てきた顔は、左目を無くした自分の顔だったからだ。

 「わたしは過去のあなた」

 「過去のわたし?」

 言っている意味が分からず、言葉を繰り返すことしかできない。

 「鬼に負けた後、時間を遡って鬼に勝つ対策を取って過去の自分が違う選択をしたら役目を終えて消えるの」

 素顔を晒したからか、話し方から無感情さが消え、普通の女性のように変わる。

 「まだ信じられないなら布団を捲って」

 言われるまま布団を捲ると、現れたのは肩から先が萎み、両腕が無いと分かる巫女装束だった。

 「過去に戻ったということは鬼に負けたの?」

 「そう、この千年は鬼に勝ってきたんじゃない。負けては戻って勝つの繰り返しで成り立っていたの。鬼動集に負けて戻ったわたしが長巫女を引き継いで鬼械に対抗できるように鬼甲集に勝ってすぐに巨神体を作らせたのよ」

 「最初にわたしを乗せるように言ったのは」

 「わたしの後を継げるようあなたが乗るように仕向けたの」

 「どうして巨神体があるのに鬼動集に負けた?」

 「わたしが鬼姫の提案を無視して酒天童子との戦いに負けたから三種の神器を使って時を遡ったの」

 「じゃあ、わたしがこの姿になったならあなたは」

 「役目を終えるからもう消えるわ」

 長巫女の顔が、砂山が崩れるように崩れ始めていく。

 「お願い。あなたが酒天童子を倒して鬼との戦いを終わらせて三種の神器の力は後一回しか使えない」

 「長巫女様!」

 「この世界を守って」

 言い終えたところで完全に崩れ、その後は塵も残さず消え去り、手元に残ったのは更け女の面だけになった。

 朔は、しばらくその場を動くことができなかった。

 長巫女の正体、鬼の勝利、自身の役割など、自分の変化以上に様々なことを一気に知り過ぎて、気持ちの整理が付かなかったからだ。

 「朔、長巫女様はどうなった?」

 いつまでそうしていたのかは分からないが、障子越しの弦の声で我に返る。

 「みんな、入ってきて」

 外に居る三人を中に入れた後、さっき起こったことを全て話した。

 自分の中に納めるには、あまりにも話が大き過ぎて、処理できそうになかったからだ。

 「そういうことだったのか」

 「信じられませんわ」

 「わたしよりとんでもないことしてたのね」

 「朔はどうするつもりだ?」

 「この力を得たからには酒天童子と戦う。それに後一回使ったらもたないと言われてるから力を使って神器を失うわけにはいかない」

 「帝にも話しておこう」

 通信を送ると、自ら出向くというので、来るのを待つ。

 「そういうことだったか」

 帝は、落ち着いた様子で、話を最後まで聞いた。

 「知っていたのですか?」

 「母から帝の位を引き継ぐ際に三種の神器には時を遡る禁忌の力が有るが決して使ってはならないと聞かされていた」

 「過去を遡ったのが何故帝ではなく朔だったんですの?」

 「そこまでは話さなかった」

 「使うには帝の命と引き換えでその時生き残っていたか近くに居たのが朔で後を託したのだろう」

 「それなら合点がいきますね」

 「次に使えば三種の神器は壊れると言ってたから絶対に使わせるわけにはいかない」

 「神器が無くなれば世界は闇に覆われると言われているからな」

 「鬼動集がやった鬼身創造はできそうですの?」

 「分からない。鬼力をどこまで使えるかまだ試してないから」

 「やるならわたしも協力するわ」

 「とりあえず一人でやれるところまでやってみる」

 それから鬼代の集積所へ戻り、全ての残骸を広場に出して、鬼力がどれほど使えるか試すことになった。

 朔は、集められた残骸の前に立つ。

 「鬼身創造!」

 鬼の攻撃衝動によって、異形の力を初めて使うことへの迷いも戸惑いは無く、鬼動集がやったように言霊を声に出す。

 声に合わて、鬼姫や鬼動集のように左目の瞳が真っ赤に輝き、頭に巨体を思い描きながら全身から鬼力を放つと、鬼代の残骸が引き寄せられるように集まってくる。

 朔は、体が徐々に残骸で包まれていく中で感じるのは、全身の隅々まで鬼に侵食され、犯されているような不快感、その一方で巨神入魂と違い、繋がるのではなく巨体の一部分になるような妙な一体感だった。

 朔が、初めての感覚の苦しみに負けず、術を進めると破片の一つ一つが形を変え、巨体を形作っていく。

 弦達三人が、息を飲んで見ている中、朔を完全に覆いかけたところで、糸が切れるように崩れ、残骸に戻って散らばってしまう。

 「やはりいきなりは無理か」

 「そもそも人間が鬼力を使うのが初めてなのですよ」

 「霊力機関や鬼力機関みたいな増幅装置が無いと駄目かもね。わたし達が助けられる仕組みを考えないと」

 「もう一度やってみる」

 朔は、また全身から鬼力を出して、巨体を作ろうとするが、一度目と同じくうまくいかない。

 「違う手段を考えた方が良さそうだな」

 「こういうことは義衛門に相談しよう」

 義衛門に通信を送って、倉庫へ呼び出す。

 「やはり主要機関が無ければ奇神や鬼械のような巨体維持をするのは無理でしょうな。鬼でさえ鬼力機関を使っていたわけですし」

 「鬼力機関を再現することはできないのか?」

 「今の段階では無理ですね。仕組みもまだ完全に解明できていませんし」

 朔の姿が変わったことにも驚かず、しっかりと説明していく。

 「巨神体に使っていた霊力機関はもう作れないの?」

 「作れないことはありませんが調整には十年は要します」

 「そんなに掛かりますの?」

 「巨神体を作るのに五十年は要してますからかなり短くなっているのですよ」

 「手立て無しか」

 「もしかしたらやれるかもしれません」

 義衛門が、右手を顎に当て、上を向いたまま言う。

 「どうすればいいんだ?」

 「お三方には神乗具に乗ってもらい朔様がお造りになる巨体の手足を補っていただきます」

 「鬼代の残骸に身を晒せというわけですわね」

 「構成部品には武神像を使います。あれなら霊力を主体にできて皆様が穢れに蝕まれる心配もありませんし」

 「それはいいとしての三人しか居ないんだから手か足の片方が足りなくなるよ」

 「足りない分は我が補なう」

 声の主は帝だった。

 「どうしてこのような場所に?」

 「我は、ううん、わたしも戦うこと決めたの。帝は退位して三種の神器の加護は解かれるから霊力は下がるけど星巫女の代わりくらいはできるわ」

 帝は、途中で口調をがらり変え、年相応の少女のように振る舞い始めた。

 「いったいどうしたんですの?」

 「退位するからこれまでみたいな格式ばった話し方をする必要は無くなるから。名前は幼名のひかりでいいわ」

 「分かりました。これで五人揃ったわけだがやれるか?義衛門」

 「技術屋の名誉にかけてやり遂げましょう」

 それから酒天童子への対抗策の準備が、朝廷に残る役人総掛かりで進められたのだった。

 

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