第4話

「ねえ見てよ、うちの第三惑星で生命が誕生したんだ」


「あ、いいなぁ。僕も真似してみていい? やり方教えてくれない?」


「いいよ。まず光をちょっと加減してね……」


 今から38億年くらい昔から、あるいはもうちょっと前から、太陽とソーンツァはお喋りをしていた。

 故に2つの星系の惑星でほぼ同時に、古細菌が真核生物へと進化を遂げたり、光合成をする生物が生まれたりした。一見極まりなく孤独に見える恒星も、そうやって自らの庭で遊び、自慢し合ったりするものなのだ。


「やば、全球凍結しちゃった……どうしよ、このままだと凍ったままだ」


「大丈夫だよ。火山活動の温室効果ガスでそのうち解けるから」


「あ、本当だ。それに見てよ、氷が解けて光が差し込んだら凄い進化だ!」


 そんな調子で植物や昆虫が陸に上がり、手足を持った魚が川辺を這い回り、恐竜が闊歩するようになった。

 何とも豪快なダイナスティック中生代も、隕石の軌道予測ミスで唐突に終わってしまったりしたが、「哺乳類の時代になったからヨシ!」「大量絶滅はよくあるからヨシ!」と雑に考えることにした。


 多分それは、結果的には正解だったのだろう。

 ソーンツァ星系での哺乳類の進歩を見て、地球にも隕石が落ち、ちょっとの冬の後に哺乳類の時代がやってきた。それが6000万年だか過ぎた頃、遂に恒星が待ち望んでいたものが誕生した。

 言うまでもない――知的生命体たる人類やトーグンレ人の先祖たる類人猿である。


 ただ問題は、その頃から太陽とソーンツァが何故か喧嘩をし始めたことだ。


「知的生命体の起源は太陽系ですし。そちらは二流のパチモノですね」


「は? 本家はうちに決まってるだろ。誰が類人猿に道具を作らせるやり方教えたと思ってんの?」


「そちらこそ火の利用なんて思いつかなかった癖に生意気」


「何だと!? 農耕社会はこっちが先だ。やんのかコラ!」


「上等よ、顔を洗って待ってなさい!」


 恒星の顏というのが何処なのかよく分からないが、91光年を隔てた大喧嘩である。インターステラーならぬインターレスバーである。

 なお恒星同士の喧嘩というのは、これまたちょっと不思議な形態となる。星系で発生した知的生命体を発展させ、宇宙に至る文明を築かせ、それでもって相手の星系を攻めさせるのだ。何とも迂遠ではあるが、元々100億年の寿命を持つ主系列星からすれば、ほんの一瞬でしかない。


 そうして勇躍宇宙へと飛び出した人類やトーグンレ人は、恒星に煽られるまま、戦争状態に突入したのだ。

 なお"戦争"になったのは、恒星に隠し事をするという発想がなかったためである。煽り合いの過程でお互いの情報が平滑化し、結果として人類とトーグンレ人の技術水準がほぼ同一の水準に帰着してしまったのだ。


 そして予想に反して人類とトーグンレ人が和平を結んでしまったので、「早く戦を再開してあのクソ恒星系を潰せ!」と、太陽とソーンツァが怒鳴り合っていたという訳である。

 急に反トーグンレ/反太陽系運動が盛り上がったのは、実のところその影響だった。ただ人類もトーグンレ人も賢いので、原因のよく分からない怒りに身を任せなかったのだ。またその因果関係を証明する過程で、恒星同士が用いていた通信プロトコルの解析にも成功し――何千億人という人々が呆れ果てた。



「いい加減に星!」


 2つの星系にて、そんなメッセージが大出力で発信された。

 ずっと喧嘩してばかりだった太陽とソーンツァは、ようやく冷静さを取り戻した。ただこの低レベルな喧嘩がなければ文明の発展もなかったかと思うと、全く心底複雑である。

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争いは、似た者同士でしか発生しない 青井孔雀 @aoi_kujaku

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