第3話
「困ったな……結局全然分からないまま死にそうだよ」
「そうですねえ、お爺さん」
ヨボヨボになった野辺山夫妻は、熱い茶を飲みながら過ごす。
戦争終結から100年。相変わらず宇宙は平和そのもので、文明も加速度的に進歩して全てが豊かになり、この間はシリウス星系のダイソン球が完成した。宇宙探査も順調で、太陽・トーグンレ連合の知る宇宙はどんどん広がっている。
だがやはり――謎は解けそうになかった。
結局のところ西暦2YYY年のファーストコンタクト以前に、お互いの文明の接点などこれっぽっちもなかったのだ。生命の発生過程もそっくりなのに、共通の始祖など存在しなかったのだ。91光年も離れているのだから当然といえば当然だ。それ故、本当に偶然こうなっただけであるとか、何処にいるんだか分からない神の存在を言い出すとか、あるいは細かいことはいいんだよと放り出すとか、まあそんな具合になっていた。
無論のこと成果が挙がらない研究など誰もやりたくないから、科学者は次から次へと脱落していった。今では野辺山夫妻以外に探究を続けている者がいない始末である。
「そのうち、お天道様が教えてくれるんだろうかなあ」
「なぁに、お天道様って?」
「ああ、太陽のことだよ。遥か昔から、人に準えるような表現をするもんなんだ」
野辺山は耄碌した声で言い、それに変な反応をした人工知能が、関連ニュースを適当に並べる。
別段、目を引くものはない。視界に浮かんだそれらを消去しようとした時、奇妙奇天烈な報告が目に付いた。このところ定期的に太陽フレアが観測されており、それに伴ってどうしてか、地球で反トーグンレ運動が盛り上がるという。盛り上がるといっても、1日やそこらで参加者が正気に戻ってしまうから、すぐ消沈しはするのだが――不可解ではあった。
「ううん、変な話もあるもんだ」
「それ、私の故郷でもそうみたいですよ、お爺さん」
「おお婆さんや、そうなのか」
野辺山は皺くちゃな顔を少し傾けながら、インターステラーネットで調べてみる。
確かに事実だった。トーグンレを照らす恒星ソーンツァも、最近フレアが活発で、何故か反太陽系運動が盛り上がるという。やはりこちらも1日――トーグンレの1日は地球のそれより15分ほど長いが―ーやそこらで終わってしまうというのも一緒だ。
「何だか、お天道様に唆されているみたいですね」
「婆さん、それかもしれんよ」
脳裏に浮かんだとてつもない発想に、野辺山は慄然とした。
太陽にしてもソーンツァにしても、人間にはあまりにも理解し難い構造ではあるが、超越的な知性を有する存在なのではないか? 核融合の結果生じる光に情報を畳み込み、91光年先にすら届け、それどころか恒星同士でコミュニケーションを取ることすらできていたのではないか?
大胆不敵というか、誇大妄想に近い仮説。しかし諸々の辻褄が合う気がした。
「婆さんや、儂らの最後の共同作業とせんか」
「ええ、それが私達の天命というものね」
こうして野辺山夫妻は論文の執筆に入った。
数年してプロキオン星系の宇宙情報学会で発表されたそれが、とんでもない反響を呼んだのは言うまでもない。
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