第2話
死力を尽くして戦った相手とは、誰よりもよく知っている相手でもある。
だからこそ、色々と知りたくなるものだ。それは何十光年という距離を隔てても変わらぬ真理であるようで、敵艦の艦長であったミマタ大佐と、野辺山はすぐに打ち解けることができた。
むしろ打ち解け過ぎたかもしれない。野辺山はぼんやりと思った。
その理由は傍らに目をやれば明白だった。ミマタは明らかに女性であって――視線が合致した瞬間に好意に気付く、そんな大昔の歌詞を直截に再現したような現象にお互い見舞われ、まあそれから色々あったという訳だ。宇宙軍はあまりいい顔をしないかもしれないが、一応軍規に反するという訳でもないし、異星系人との交際とはある種の宇宙社会学的実験にすらなる。
まあそんな難しいことを言わなくとも――やってしまったことは仕方ないのだ。
だが……
「考えてみれば、どうにもおかしい」
「あら、どうかなさって?」
「いや、実のところ何もかもおかしくはないか?」
ミマタの美貌を見やりつつ、野辺山は賢者めいて考え込む。
彼女は自身の好みを具象化したような存在に違いなかったが――まずそこからして訳が分からない。例えば全宇宙美雌鶏コンテストの栄冠に輝いたニワトリがいたとして、それに欲情する人間がいたら、ただの困った変態以外の何者でもあるまい。異星系の生命といえば人間とニワトリより遥かにかけ離れていて当然なのに、何故自分はそれと恋などできているのだろうか。
それに調べてみれば、トーグンレ同盟の人々と地球発祥の人類は、生物学的に交配可能だという。こんなことってあり得るだろうか?
更に言うなら、戦争が成立してしまっている理由もまた、さっぱり分からなかった。
例えば降下師団の強化外骨格兵と剣や槍で武装した兵隊では、戦争という表現がまるで似合わぬ殺戮にしかならないだろう。農地を開拓するに際し、野生動物を追い払うのとほとんど変わらない。宇宙文明は開闢の時期や規模、成長曲線などが当然バラバラであるはずだから、それくらい一方的な関係ばかりになるはずだし、そもそも各星系の知的生命体が文明を持つ時期が重なること自体、奇跡のような現象のはずなのだ。
だというのに、接触して間もない恒星間文明同士が、ほぼ同一の技術水準と案外似通った価値観に基づいて戦争をしている。こんなことってあり得るだろうか?
「確かに言われてみれば、分からないわね」
「だろう? 本来、宇宙戦争なんてのはまず成立しないはずだ」
「現実は創作よりも不思議と言うけど……」
「そんな諺、トーグンレにもあるのか。まあともかく、長らく軍人として生きてきた自分が言うのも変な話だが……何かもう戦争どころでない気がしてきたよ」
彼と同じことを思う人間、あるいはトーグンレの人々は、やはり大勢いたらしい。
考えてみれば何故始まったのかよく分からない恒星間戦争は、そんな理由から、あっという間に終結してしまった。宇宙に平和が訪れ、太陽系連邦とトーグンレ同盟の間を大勢が行き来するようになり、野辺山とミマタのような者達も随分と増えた。インターステラーな赤ん坊もすくすく元気に育ち、多少の社会的な緊張を経はしたものの、それぞれの星系に溶け込んでいった。結局のところ、見た目で区別がつかなかったのだ。
ただそれでも、謎は謎のままだった。
人類が存在するだけでもあり得ない確率だというのは有名な話だが、トーグンレの人々を存在を踏まえると、単純計算すればその2乗になってしまう。前者が1兆分の1ならば、後者は𥝱とかいう見慣れぬ漢字を使わねばらならない。ついでにこれでもウルトラ級に甘い確率に違いなく、実際は1那由他分の1だか1無量大数分の1だか分からない。
「やっぱこれ、絶対偶然ではないだろう」
「ええ。それだけは間違いないわね」
軍を退役した後、揃って科学者となった野辺山夫妻は、いつもそんな話で盛り上がっていた。
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