争いは、似た者同士でしか発生しない
青井孔雀
第1話
「き、挟叉されました……」
「狼狽えるな。守りではこちらが優位、先手くらいくれてやれ」
上ずった声で報告する部下に、戦艦『ハレルヤ』の野辺山艦長は鷹揚な口調で言った。
超光速航行を達成し銀河へと飛び出した西暦2XXX年の人類は、恒星間戦争の真っただ中。亜光速の反物質ミサイルが飛び交っては星となり、ガンマ線レーザーが分厚い複合装甲を蒸発させる。戦局に利あらざれば、走馬灯を巡らせる間もなく原子の塵と化す無慈悲な戦場にて、太陽系連邦軍の将兵達は果敢に敵に挑んでいた。
艦首の遥か遠方、数光秒の彼方には、トーグンレ同盟の恐るべきバーュニダ級巡航戦艦。
互いに軌道と推進軸を合致させ、強烈なる光線兵器を照射し合う。鋼鉄の艨艟が撃ち合った時代とよく似た同航戦だ。ランダム加減速のため噴射されたガスがオーロラのように眩く煌き、幾筋もの光帯が徐々に狭まっていく。
恐ろしく長い数秒の後、ささやかに感じられこそすれ恐るべき衝撃が、重厚長大なる艦体から伝わってきた。
「被弾! 正面装甲、第17区画まで融解!」
「すぐに斉射が来るぞ、装甲再生急げ。我が方はどうだ?」
「は……あッ、敵艦を挟叉しました!」
「よし。ノーガードの殴り合いならこちらが有利、撃ちまくれ」
野辺山は拳を握り、大いに意気込んだ。
僅かな差で先手を取られはしたが、十分巻き返しは図れるに違いない。戦艦『ハレルヤ』の大口径レーザー主砲が旋回し、最新鋭の素粒子コンピュータが弾き出した敵艦の未来位置に向け、冷却を半ば無視した斉射を開始する。単位面積当たりの威力であれば、ガンマ線バーストが児戯と思える威力だ。
無論、その間にも『ハレルヤ』は何度となく被弾した。幾人かのあらた将兵が文字通り散った。
それでも四つに組んでの戦なら、彼女に軍配が上がるのも当然だろう。不利を悟ったバーュニダ級巡航戦艦は反物質パルス加速で離脱を試みたが、寸でのところで討ち取った。乱打の末、主機に致命傷を負わせることに成功したのだ。
「敵艦、沈黙」
「警戒を厳とせよ。擬態かもしれぬ」
油断大敵との言葉を噛み締めつつも、野辺山は勝利を確信してはいた。
センサ情報を食んだ艦の人工知能は、9という数字を幾つも並べている。実際、主機を失った艦にできることなどほとんどない。かつては鹵獲を試み、自爆に巻き込まれるという事例もありはしたが、人類は失敗から学ぶことのできる生命なのだ。
「敵艦から発光信号、総員退艦の模様。救命カプセルの射出が始まりました」
「ふむ……また生き残ることができたな」
野辺山は胸を撫で下ろし、
「それで、どちらに向けてだ?」
「こちらに向けて、です。救助なさいますか?」
「言うまでもあるまい。仕える星は違えど、同じく勇敢なる宇宙の戦士達だ。最大限の敬意をもって遇してやろうじゃないか。カッターを降ろし、カプセルの回収に向かわせろ」
「了解いたしました」
弾んだ声で命令は受領され、復唱されていく。
程なく戦艦『ハレルヤ』からカッター、つまるところ短距離移動用シャトルが無人で射出され、ゆっくりと漂ってくる救命カプセルの搭乗者の収容に向かった。救命カプセル群の中に反物質爆弾が混ざっている可能性もあるから、主砲の照準はつけてあるが、それが無駄になることを誰もが心から祈っていた。
そして敵艦が自爆プロセスに入った頃、カッターは無事、元乗組員全員を収容して戻ってきた。
武運拙く敗れこそしたものの、異星系の戦士達に敗色を感じさせぬような気配はない。広々としたエアロックに乱れなく整列した彼等を出迎えた野辺山は、何とも嬉しい気分になった。
「戦艦『ハレルヤ』艦長の野辺山です。ようこそ我が艦へ」
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