最終話

独房の中で虚無な時間が過ぎ去っていく。まるで今までの私の人生のように。思えばこのプロジェクトが一番の晴れ舞台だっただろうか。まあそんな記憶もすぐ忘れてしまおう。




 さて、外の世界の興味が失せてしまった私の所に刑務官が来た。


 「お前に面会だ。」


 面会になんて来る人間は今まで家族か弁護士くらいだっただろうか。そんな事を考えながら面会室に入る、するとそこには懐かしい顔があった。




 「セルゲイじゃないか。」


 「お久しぶりですポクロフスキーさん。随分と痩せましたか?」


 「…… 君は相変わらずだな。」


 「いやもう大変でしたよ色々と、世の中も変わりましたし。」


 「変わったって何がかね?」




 「何も知らないんですか、まぁ無理も無いですね。」


 「結局あの後僕もカチャーノフも事情聴取されたりしまして、それでも事件性は無いとしてすぐ解放されたんですが。カチャーノフは映像関係の仕事が出来なくなり会社を畳みました。今は何処かの出版業をしてるだとか。」




 「僕も製造の仕事を辞めましてね。輸入された中古のトラックを買って、ちょっとした配達業をやってます。」


 「彼女はどうした?」


 「彼女は国を脱出して海を渡りました。なんでもコンピューターグラフィクスを使ったアニメの制作会社に入社して、今は猛勉強中だとか。才能のある人間は何処に行っても引く手数多って訳です。カチャーノフも彼女に誘われたらしいんですけど、彼は才能の隔たりを感じて辞退しました。彼曰く何故彼女は自分の近くに居たのか最後まで分からなかったとの事。」




 「そうか、彼女は海外に行ったか。この国は彼女にとって余りに窮屈すぎたものな。それで世の中が変わったと言うのは。」


 「結論から申し上げると、あなたがこの独房に居る間、連邦は崩壊しました。」


 「…… そうか。」




 「はあ、あなたが逮捕されこの事件が明るみに出ると、世間はこの話題に持ち切りになりました。一般市民が配給制により貧乏な生活を強いられている裏では、富裕層が多額の資産を国外に持ち逃げしようとしていた訳ですからね。しかも当局の発表によると資金をダミー会社から国外に逃がす工程では、一部軍やマフィアまで関わっていたと言うのだから驚きです。オマケに国一番の発行部数を誇るあなたの新聞社までもが計画に協力していた訳ですし。」


 「それには私自身驚いたさ。何も知らなかったんだからな。」




 「それ以降国内ではキナ臭い事件が相次ぎました。口封じと思われる企業役員の不審死、マフィアの抗争、秘密警察の暗躍、そして党内部で行われた粛清。地方の労働者はストライキを起こし首都では大規模なシュプレヒコールが発生、扇動したのは改革派の議員でした。」




 「その後改革派の要求によって国民投票を実施、結果連邦は崩壊するに至ったという訳のです。」


 「党も終わり、プロパガンダをする意味も無くなったか。」




 「だがこの話には続きがありまして。」


 「?」


 「革命後、この事件に関する詳細な内容が世間に開示されました、つまり資産持ち逃げ計画の為にでっち上げられたあなたの映画製作プロジェクトの事です。」


 「これは各放送局がこぞって特集を組むくらい注目度が高い出来事でした。何せ実際に映画を作ろうとしていた訳ですからね。僕にも取材が来たくらいです。」




 「君は私の知らない間に有名人になっていたのかね。」


 「一番の有名人になったのはあなたですよポクロフスキーさん。」


 「なんだって?」


 「巷ではあなたが計画したプランによって、国を転換する事が出来たと吹聴されてるんですよ。」




 「それはいくら何でもおかしくないか?」


 「ええ、勿論おかしいです、だってあなたの映画は党を助ける為に作られる物だったんですから。しかしあなたがプロモーションを成功させた事で資金が動き、結果、計画が発覚して党を崩壊させるに至ったと考えられてるんです。」




 「そんな馬鹿な。」


 「テレビ局が事件を取材する過程で、カチャーノフ宅に残されていた無編集のフィルムが発見されました。そのフィルムを番組内で放送すると、たちまちその内容は話題を呼び、いつしかアニメ内のキャラクターであるライカが革命の象徴とされ、そしてポクロフスキーさんがその生みの親とされてるんですよ。」




 「……」


 「ライカは今や国外にも広く知られ、今現在旧共産圏の国々では独立運動が活発化しており、ライカが独立運動のマスコットとして、描かれたTシャツや旗を持って街を練り歩く人々がテレビで映し出されています。」




 「人々は行動を起こす時、何か心の拠り所を欲する物だ。それが例えどんな物であろうと、どんな過程を経ていようが、都合が良ければ何でも良いという訳か。」




 「しかしこの運動、もしかしたらあなたにもメリットがあるかも知れませんよ?」


 「私が偶像化されて神にでもなると言うのかね。」




 「確かにあなたは一部偶像化されているかもしれません。しかし時代に巻き込まれ刑務所に入ってでも自分の信条を貫いた人間として、各地であなたの免責運動が活発になっているんですよ。それも国内だけでなく海外でも。」




「あなたの顧問弁護士の話では、近く再審が決まるとの事です。無罪は無理でもすぐここを出れるかも知れませんよ?」




 「セルゲイ君。正直言ってここはそんなに居心地が悪くないんだ。何より外界から閉ざされて静かだしな。それに釈放されてテレビの取材を受け時代のマスコットになるなんて御免被る。家族には申し訳無いと思うが。君の話は面白かったよ、ありがとう。」




 「わかりました。弁護士には私からそう伝えておきます。ポクロフスキーさん、実は一段落したらこの話をまとめて本を出そうと思うんですよ。だってこんな題材滅多にありませんからね。そしたら私も何処か遠くへ行って隠居しようと思ってます。今日は話を聞いて頂きありがとう御座いました。しばらく会えないかもしれませんが、また会える日までお元気で。」


 そう言って彼は部屋を出て行った。




 後年、ポクロフスキーらが製作した数十秒の曰く付きフィルムが、オークションにて超高額で取引され博物館に展示される事になど、彼等は知る由もなかった。

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コミュ厨映画製作委員会 あんきも @yuymu

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