第10話

さて、報告会の興奮も過ぎ去り今後のスケジュールの事を考えていた。最初の入金を確認し、スタッフ集めの大々的な活動も始まりだした。




 そんなある日のことである。自宅に居た私は呼び鈴が鳴っている事に気付き、玄関のドアを開けた。


 玄関前には見知らぬ二人の男が立っていた。


 「国家保安局の者だ。ニコライ・ポクロフスキー、貴様を共謀の容疑で逮捕する。」




 私は何も状況が掴めないまま連行された。そしてこの後行われた事情聴取と顧問弁護士との面談によって事の全容が明らかとなると、この世の全てを信じる事が出来なくなるかの様な混乱に襲われた。




 事の発端は数年前。彼の国によって取り決められた合意から端を発する某国のバブル経済の崩壊を目の当たりにした党首脳部や一部企業幹部から、祖国の先行きの不安、そして冷戦の敗北に起因する大規模な不景気、それによる銀行資産の全面凍結を警戒し、保有する莫大な内部保留や個人資産を海外の銀行に避難させ、冷戦終結後の混乱を優位に立ち回ろうとする案が持ち上がった。




 この時点では、あくまでシンクタンクによる最悪の予測を基にした計画であり、楽観視を決めていたメンバーにより保留扱いとされていた。


 しかし、某独裁国家と多国籍連合軍との間に発生した戦争による石油価格の下落、及び一連の国内外での事案による党の政治基盤の崩壊が露見し始めると、そのシミュレーションに現実味を覚えたその時のメンバーによって再びプランが進行される事となった。




 そして幾つか発案された計画の内、最も現実性が高い案として実行に移されたのがこのプロパガンダ映画製作プロジェクトであった。




 その内約とは、国威発揚計画の名の下に多数の企業及び党幹部をスポンサーとした映画製作委員会を立ち上げ、表向きは映画製作資金の出資を装いつつ、別に用意した架空の映画製作会社の銀行口座を開設しその会社の口座に一旦資産を集約、そこから裏ルートにて国外に資産を退避させるという壮大な物だった。




 これ程の金が一斉に移動すれば勿論銀行の監査や、連邦捜査局に気付かれない筈が無い。


 そこで架空の映画製作事業を実際に実行する事で、その監視の目を掻い潜ろうと目論んだ訳である。




 しかしその計画は一度暗礁に乗り上げた、というのも誰も映画を作ろうとしなかったのだ。


 メディア業界は特に反体制派が占めており、独裁時代を思い起こさせるプロパガンダなんかに誰も参加したがる訳が無かった。




 だが国策による映画製作という都合上、その看板を外す事は出来なかった。そこで白羽の矢が立ったのが私と言う事である。


 なんでも専門的と言う程でも無いがそれなりにエンターテイメントに精通し、且つ自由主義思想に毒されて無いとして選ばれたらしい。そして我が社は表向き紙面で党を批判する記事を出しつつも、裏では蜜月の関係だったという。


 その話だけ聞くとよっぽど適当で杜撰な計画だと私は思った。




 兎も角、その計画は私によって進行し、報告会にまで漕ぎ着ける事となった。この時点で本製作は半ば決定していた様な物だが、大量の資金が投入される為、それに見合うだけのクオリティとスケールが伴った作品でなければならなかった。




 しかし映写機に映し出された物は僅か十数秒のアニメーションであった。これには会議室に居た全員の血の気が引いただろう。


 だがこの後始めた私のプレゼンが状況を一変させた。


 というのもここで提示されたプランは絶好の投資材料、つまり資金を大量に移動させてもより違和感を少なく出来る物であり、しかも全て映画製作事業の関連予算として計上出来たからである。




 しかし全ての資産が公表される訳ではなく、私達が事業で受け取る予定だった資金の数十倍から数百倍の金が裏帳簿によって徹底的に隠蔽されていた。




 ここまでの計画は順調に推移していた。


 綻びが出たのは、参加企業の中でも規模の最も小さい会社での出来事である。


 一人の会計士が会社の資産管理をしていると、帳簿に見覚えの無い取引の記載があるのを発見した。


 社長に確認すると国の事業に出資したという、しかしその金額が会社の資本金を大きく上回っている物であり、その事を銀行の監査部に報告するとその金の出どころが共産党内部からである事が発覚、そこから芋づる式に多数の企業による不正な資金の流れを確認、遂に国家保安局が動く事態にまで発展した。




 当局は各企業に強制捜査を敢行、そこで裏帳簿の存在を確認。全ての資金が映画製作委員会なる物に集約してる事に気付き、各役員に対する尋問によってその計画に関わっていたとされる党幹部の名前が割り出された。




 そして計画に協力してる人間として私が逮捕されたのである。




 勿論私は事情聴取で身の潔白を主張した。


 しかし、プレゼン用フィルム製作による会社資金の私的な流用、そして何より政府高官に持ち掛けたロイヤリティの個人契約等の賄賂によって、有罪判決が下された。




 私が交渉した会計士は、司法取引によって情報の開示と引き換えに不起訴とされた。


 裁判終了後、会計士の彼女が私の元に謝罪に来た。


 しかし私は言うまでもなく、彼女が最後まで情報開示に抵抗していた事を知っていた。




 そして全ての始まりである私に話を持ち掛けた党員の男。


 彼は当局が自宅に突入すると、寝室にて頭を銃で撃ち抜き自害していた。


 そしてその傍らには一言だけ『ライカと共に眠る』と書かれたメモ用紙が置いてあったらしい。




 有罪判決後、弁護士から聞いた話だが彼は元々、党内の航空宇宙開発の担当技官だったという。


 しかしロケット打ち上げ事故による度重なる死傷者の発生により、責任を取らされ左遷されたとの話だった。




 彼は、あのライカのアニメーションを観て、一体何を想っていたのだろうか。


 今となってはそれを確認する術は無かった。

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