第9話
「今から一週間かぁ、貴方達は絵は描けるの?」
「申し訳無いですが、さっぱり。」
「まぁ、そうでしょうね。だから私に頼みに来たんだし。」
「貴方の才能はカチャーノフから伺っています。賞まで獲っているとか。」
「あれね。あの作品も今みたいな少人数のチームで製作してたの。映画が成功した後、私はもっと大きな仕事がしたくて前の会社に転職した。それがまたこの人数で、アニメを作る事になるなんて皮肉だね。」
「この人数でやるのは今だけですけどね。本製作が決定すれば、望み通りの大規模な製作が出来ます。」
「今になって考えてみると、本当にそういう仕事がしたかったのか、分かんなくなってしまった。それもただの酸っぱい葡萄かもね。」
私は彼女が感傷に浸ってモチベーションが下がる前に、早く仕事を始めてもらいたい思いだった。
「ここってアニメ製作出来るんですか?」
ふとセルゲイが尋ねる。
「作画なら出来る。でも撮影はここじゃ駄目。」
「じゃあどうするんですか?」
「私の古巣がアニメスタジオなのは知ってるでしょ、そこでなら撮影機材があるから。でも使わせて貰えるかどうかは分からない。あの親父を説得しないと。」
「私も同行しましょうか?」
「いや、使わせて貰えなくても無理矢理使うから大丈夫。」
経験から言って、こういう時の大丈夫は大抵大丈夫ではないのである。しかし私の経験など塵に等しいので、彼女が言うからには大丈夫なのだろう。
「これ、僕がまとめた簡単な設定とイメージするキャラクターの特徴です。」
そう言ってセルゲイはノートを渡した。彼女はパラパラとノートをめくり一通り目を通すと。
「最初のプロモーションだけは、私の感性でやらせて貰ってもいいかしら?キャラクターはこのノートをベースにするから。」
「ええ、どうぞご自由に。」
セルゲイから確認を取ると、望遠鏡はそのままにカチャーノフを引き連れて彼女は仕事場に入っていった。
「僕達はどうしますか、ポクロフスキーさん。」
「私もちょっとこれからやる事があるんだ。ただじっと完成を待つ訳にはいかないしな。とりあえず今日の所はあの二人に任せて帰ろうか。君には引き続き脚本を練ってもらう。」
このプロジェクトで第二の関所を越えた感覚だった。後は当日までの最終調整に勤しむまでであった。
残りの日数、自分の役割を果たしつつカチャーノフに進行確認の電話を度々入れるが、彼が電話に出る事はなかった。
そうこうしている内に迎えた約束の前日。やっとカチャーノフからの電話が来た。
「ああ、ポクロフスキー氏。まずい事になった。」
「…… 一週間電話に出ないと思ったら、前日にやっと通じた電話に開口一番にそれかねカチャーノフ君。それで進行は?」
「電話に出られなかったのはすまない。だけどなんとか映像は撮影した。彼女の古巣で機材を使わせてもらう為に、結局向こうの雑用もこなしたけどな。」
「それでまずい事とは?」
「まだ音が付いてないんだ。」
「それも向こうで出来なかったのか?」
「使える音源が無くてな。それで一回ウチに戻って録音しようって所で、彼女は気を失った。」
「大丈夫なのかそれ。」
「三日間ぶっ続けだったからな、結局向こうで作画と撮影両方やる事になってね。時間も無いし熱が入る事も解るんだが、僕から見てもちょっと無理してたね。それであっちのスタッフも手伝う事になったし、交換条件付きで。」
「交換条件?」
「プロジェクトに参加させる事が条件との事だ。」
「それは頼もしい事じゃないか。」
「向こうの連中も、彼女に負けず劣らず曲者揃いだけどな。アンタは全員まとめるのに苦労する事になるぞ。とにかくそっちでも使えそうな音源を持って来てくれ。」
「どんな物を用意すればいい?」
「とにかく宇宙っぽいもの。」
「もう少し具体的に無いのか」
「タイトルに宇宙感のあるフレーズが付いてるものとか。」
大して言ってる事が変わらないが、とにかく数枚のレコードを拵えて彼の自宅に向かった。
現場に着くと彼は玄関の前で待っていた。
「待ってたよ、例の物持って来たか?」
「ああ、君の説明を基にしていくつかのクラシックとこれは…… アンビエントミュージックって奴らしい。」
カチャーノフは持って来たレコードを手に取る。
「最近の曲はあまり使いたくないな。月の光、静か過ぎるな。月光、暗い。ああこれが良い、第4曲 木星。」
曲を決めるとカチャーノフは録音室に向った。
「このまま映像に合わせて、曲を流す訳にはいかないからな。一回テープにダビングしてから、フィルムに焼き付ける。」
私はその作業を隣でただ見ていた。
「終わったかい。」
「ああ、さてここからが本番だ。曲に合わせて映像を切り貼りし、また曲も映像に合わせる編集作業さ。」
「これは私もやるのか?」
「ええ勿論、プロデューサーだもの。」
私は疑問に思いつつも、この作業は夜通し続けられた。
気が付いた時には既に朝になっていた。なんとか間に合ったか。出来栄えは…… うん。例えるなら、極上の素材で作ったアマチュア作品である。
「すぐセルゲイを拾って会場に行くぞカチャーノフ君。」
「そう言えば会場ってどこなのか聞いてないな。」
「私が働いてる新聞社だよ。この企画の始まりの場所でもある。」
私達は支度を終えて、セルゲイを迎えに行った。
「寝不足でこの揺れは吐きそうだな。」
「この車に乗る奴は皆文句を言うな、それにしてもこのフィルムで大丈夫だろうか。」道中でセルゲイを拾い、そのまま会社に直行した。既に何人かの高官や役員が到着しており、物々しい雰囲気が現場を包んでいる。会議室に向う途中、待ち構えていた編集長に状況を説明された。
「ポクロフスキー君やっと来たか。どうやらこのプロジェクト、我々が思っていたより大事のようだ。」
「そのようですね。」
「今日一日会議室のある階は全面立入禁止。エレベーターも使用不可になった。社長は君達に社の命運が掛かっていると言ってたよ。」
「随分大袈裟じゃないですか。」
「思うに状況は芳しく無いからな。…… どうやら私が行けるのはここまでのようだ。君達の幸運を祈るよ。」
待ち構えているガードマンの横をすり抜けて、見送る編集長を後にした。
私達は通されるがまま会議室の中に入った。室内はコの字型に配置されたテーブルの中央に、映写機が置かれたレイアウトになっている。既に政府高官に企業の重役達が待ち構えており、中には最初に私にこのプロジェクトを任せてきたあの男も居た。
ここで一番偉いであろう男が、マイクを持って進行を始めた。
「同士諸君、今日は忙しい中集まって頂き感服の思いである。この記念すべき日を出発点に必ずこの計画をやり遂げようと思う。」
次に企業の代表と思われる男に、マイクが渡った。
「我々企業一同は、あなた方党幹部殿にこの様な場を設けさせて頂き、大変喜ばしい事と存じ上げます。我々の未来を繋げる為にも、この計画を是が非でも成功させる思い出あります。」
最後にあの党員バッジを付けた男にマイクが渡った。
「それではこの計画の進行役であるポクロフスキー君。報告を始め給え。」
「了解しました。」
私達は今朝仕上げたフィルムを映写機にセットし、再生を始めた。
内容は地上から打ち上げられたロケットが月面に着陸し、中からデフォルメされた犬の宇宙飛行士が降りてきて、地面に赤い星が描かれた旗を突き立て、ズームアウトするとタイトルの「ライカの月面探索記(仮)」の文字が浮かび上がるという物である。
元々彼女が撮影したフィルムは約1分ある物だったが、我々の稚拙な編集によって十数秒まで短くなってしまっていた。
「君達、ここまでかね。」
重役の中の誰が問うて来た。
「映像として完成した物はここまでです。何せ急な日にち変更でした故。」
連中は何とも微妙な顔をしている。私に振った男は呆然としていた。
ここで私は映写機からフィルムも外し、忍ばせていたもう一つのフィルムをセットし再生した。
「これより私が提案する、アニメーションのブランド化プロジェクトを説明させて頂きます。」
これは私が今まで集めて来た調査資料を基に、彼の国を模倣した普及及び利益化の概要をまとめた、所謂プレゼンフィルムである。
このフィルムは彼女達がアニメ製作に勤しんでる傍ら、私が別の映像会社に製作を依頼した物であり、
最初に私が企画を依頼して断られた会社に、とある企業のマーケティング向け映像として製作を依頼した物となっている。
因みに予算は私が会計部に直接交渉して捻出した。
このフィルムの反応は上々であり、さっきの態度が嘘のように皆企画に前のめりになっていた。
ここで私は駄目押しとして、高官のトップに近付き耳打ちである提案を行った。
「……!それは本当かね?」
「ええ、是非皆様のお役に立てればと思います。」
これが効いたのか、すぐさま規約書類に署名がされ本製作の決定が成された。
会議終了後、片付けをしてる最中あの党員が挨拶に来た。
「製作決定おめでとう。最初にあの映像を観た時は冗談かと思ったよ。」
「私もアニメは最初どうかと思ったんですが、やはり諸外国の影響力を調べたら、見識が変わり我々も追従すべきと思いまして。」
「いやまぁ、それもそうだが…… とにかく作品の完成を祈っているよ。」
そう言って男は立ち去っていった。
私は二人にも労いの言葉を掛けた。
「二人共ありがとう、君達が居なければここまで来れなかったよ。」
「だから言ったでしょ?大丈夫だって。」
「いや私のプレゼンが決定打だったんだが。まああの映像も素晴らしかったよ。」
普通に喜ぶカチャーノフに対して、セルゲイは何処か神妙な顔をしていた。
「君は嬉しくないのか?」
「いや嬉しいんですけど素直に喜べなくて。なんか周りの雰囲気がというか、何か違和感無かったですか?」
「そうかね、元々君の性格が素直じゃないだけだろう。」
「そうかもしれないですね、僕の思い過ごしでした。」
私は初めて計画が成功する喜びを実感し、今後も順調に事が進んでいく、そう思い込んでいた。
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