白雪姫と七人のドワーフ 硝子の棺

Akikan

硝子の棺

 ――雪のようにからだが白く、血のように赤い美しいほっぺたをもち、黒檀のように美しい黒髪――


 どれだけ日が経過しようとも腐り果てることがないその肉体はまるで今も動脈が振動している様。

 透明が似合う美しい肉体は硝子の棺に収められ、眠るように事切れている。

 囲むように担ぎ、一メートル前後の小柄で頑強な体格をしたドワーフが七人。

 名前はない、胴体まで伸びた栗毛をたくわえ、腰ベルトにはそれぞれオノ、ツルハシ、ハンマー、ナイフ、ノコギリ、リボルバー、ロープを携帯している。

 原生林に囲まれた道で血相を変え、逃げるように小走り。

 遠くから蹄の音が聴こえ、一人が後方を覗くと槍を片手に手綱を操る鎧に身を包んだ兵士が見えた。

「ダメだっ、追いつかれる!」

「諦めるんじゃない! 絶対渡してたまるかっ!」

「おう、国中、いや世界中の金貨を積まれたって譲らねぇ!」

「なんとしてでも死守するぞ!!」

 一斉に雄叫びを上げて、ドワーフ達は道を駆け出していく。



――後方から追いかける兵士のなか、シャツの上から急所部分を守る革の鎧だけを身に着けた青年もいた。

 背中にボルトアクション方式のライフルをかけ、腰ベルトには短剣。

 端正な顔立ちに海のように澄んだ青い瞳には、硝子の棺にいる少女が焼き付いている。

「王子、この先は隣国との境界です。踏み越えては危険でございます!」

 兵の言葉に、王子は首を振った。

「たとえ危険と分かっていても彼女を見失うわけにはいかない!」

「王子! 陛下がご心配されます! 私共が追いかけますので、どうか王子は後方へ待機をお願いします!」

 王子は不服を唇に噛んで、手綱を後方へ控える。

「……ドワーフに危害は加えないでくれ。だが、お前達の身に危険が及ぶ場合は武器を抜け」

「はっ!」

 大人しく蹄を静めた白毛の牡馬は遠ざかっていく仲間を見送る。

「……」

 青年は目を細くさせて、胸に手を添えた。硝子の棺にいる彼女を想いながら……。





――七人のドワーフは汗だくになりながら呼吸も忘れて、硝子の棺を運び走る。

「もうすぐ国境だ! 越せばもう追いかけてこれねぇ! もうひと踏ん張り、真っ直ぐ目指せ!!」

 ツルハシを腰ベルトに携帯しているドワーフは六人を激励。

 気合の雄叫びを上げて、ひたすらに真っ直ぐ走り続ける。

 原生林の道を抜ければ間もなく国境を超える。山々を下る門に続く、そう確信したドワーフ達はがむしゃらに走った。

 蹄の音が近くから聴こえ、先頭にいたドワーフは目を大きくさせて、木の葉の掠れと同時に飛び出してきた栗毛の牡馬と槍を片手に持つ全身鎧の兵士が映る。

 先頭のドワーフは兵士を強く睨む。ツルハシを握りしめ、仲間にガラスの棺を託した。

「待て! 我々は話をしにきた! 危害を加えるつもりはない!!」

 牡馬に跨る兵士の言葉など耳に入ってこないドワーフは、ツルハシを振り上げて牡馬の脚を突き刺す。

 悲鳴のような嘶きが響き、土に倒れていく牡馬から兵士は飛び降りる。

「シャイセッ! 小人野郎が、俺の相棒を!! 挟み撃ちでぶっ殺してやる!」

「誰にも彼女を渡さねぇぞ!!」

 背後からも槍を構えた騎兵達が向かってくる。

 ドワーフ達は硝子の棺を置き、武器を握りしめた。

 背後から迫る騎兵の馬へ中折れ式リボルバーの銃口を向けて、引き金に指をかける。発射された弾丸は鹿毛の牡馬に命中。

 倒れた馬から放り投げられた騎兵に巻き込まれて、他の騎兵も落馬していく。

 ツルハシのドワーフは、国境の前で立ち塞がる兵士と対峙し、真っ直ぐに襲い掛かる槍の穂先を躱し、頑丈な鎧を掠める。

 頑強な体で兵に肩から突撃、兜がズレて、胴体の鎧がへこむほどの衝撃が走った。

 ツルハシの尖った刃先で兵の心臓部を突き刺す。ドワーフの豪腕を前に防具は意味をなさない。

 何度も振り上げては振り下ろし、動かなくなった兵に背中を向けた。

 ロープで首を拘束させたドワーフは、ハンマーのドワーフに目で合図を送る。

 勢いよく頭の後ろまで振り上げたハンマーは兜ごと騎兵を潰す。

 物のように投げ捨てた後、ドワーフはロープを七人で抱えていた硝子の棺にくくりつけ、七人で運んでいた棺を今度は一人で背負い、走り出した。

「よし、俺らで足止めする!」

「おう!!」

 林の奥から一発の爆発音が響く。

 硝子が弾けるような、甲高い音が次に鳴る。

 ロープが千切れ、ドワーフは転んでしまう。

「あぁっ!」

 ドワーフが奥に目をやれば、狩人がボルトアクション式のライフルを構え、レバーを手前に引いて排莢し、再び前へ押して右に倒し、装填していた。

 硝子の棺が地面に倒れて、蓋が開かれた……――。

「?」

 ドワーフの足元に果実の欠片が音もなく落ちる。

 この場にいる誰もが硝子の棺に目を奪われた。


――雪のようにからだが白く、血のように赤い美しいほっぺたをもち、黒檀のように美しい黒髪――


 大きく背中を伸ばし「うぅーん」と耳を悶えさすような声を漏らす。

 騎兵は心まで奪われ、さらに釘付けとなる。

 ドワーフは騎兵から離れ、感動か警戒か、様子を見守る程度に距離を取った。

 小首を傾げ、棺から華奢な体で軽く飛び出し、騎兵に微笑んだ。

「王子様はどこでしょう?」

 可憐な声に騎兵は、

「あ、ぁあ、王子が貴女をお待ちです。我々と共に行きましょう!」

 跪き、見上げた。

「まぁ夢みたい! 本当に王子様が私を待っているだなんて、まるで絵本の世界だわ」

 両手を胸の前で握り合わせ、紺の空を仰ぐ。

「夢ではありません、現実でございます!」

 騎兵が揃って頷く。

 ドワーフは揃って一歩、踏み出した。

 少女は、

「王子様に私の気持ち、お伝えしなくちゃ……ねっ」

 首を跳ねられた騎兵達に微笑んだ。

 狩人は驚いてしまう。すぐに銃口を向けたが、一本の太いロープが狩人の首を拘束。一気に締め付けられ、狩人はライフルを落とす。

 暴れて足を何度も地面に叩き、両腕で首に宛がうも、次第に弱くなり、動かなくなる。

 ドワーフは騎兵の首を馬にくくりつけ、お尻を叩いて走らせた。

「白雪姫……もう会えないのかと思ったぜ」

 白雪姫、そう呼ばれた少女は微笑んでいた表情を硬めて、静かに国境へ鼻先を向ける。

「油断したの。まさか老婆の姿になってまで狙い来るなんて思わなかったわ」

「俺達もまたかよって、なっちまったけどな。どうする、どこぞの王子はアンタにお熱で、例の継母はしつこくアンタを狙う。反撃するか?」

 白雪姫は鼻で笑い、ロープを腰ベルトに戻したドワーフが持ってきたライフル銃を手に取る。

「どっちも興味なし。さっさと行きましょ、お腹空いたし、喉も渇いたわ。私の美しさがあればご飯も水も、家までも手に入る、素敵でしょ?」

 ワンピースドレスが汚れることも気にせず、背中にライフル銃をかけて先頭を進む。黒檀の髪が風に靡き、か細い白い指先で耳にかける。

 七人のドワーフは肩をすくめて同意するように頷き、前を堂々と歩く白雪姫に続き、国境の向こう側へ進んだ……――。


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