第5話 中庭
――水野 アリサ。文学部の1年生。
さらさらとした銀色のロングヘア―に、ガラス玉のように澄んだブルーの瞳。
日本人離れした美貌の銀髪美少女は、入り口でおろおろとしている。
「おい、こっちだアリサ」
「あっ、コウタ」
俺が手招きすると、タッタッとこちらに向かってくる。
「なんであんな陰キャがあんな美少女と……」
「チッ、爆発しろ」
周りから聞こえる小声の罵倒と戸惑いの視線。
はぁ、なんで俺ばっかりこんな目に……。
「コウタ、もう席取った?」
「ああ、もう取ってる。で、何食べる?」
この食堂は――というか大学の学食はどこもそうだと思うが、食事のジャンルごとにカウンターが分かれている。
例えば、定食・麺類・丼ぶりなどなど様々なカウンターがあり、自分の食べたい所に行って料理を作ってもらい、最後にレジで会計をするというスタイルだ。
「コウタは何食べるの?」
「俺か?俺は……そうだなぁ、ラーメンでも食べるかな」
「ん。じゃあ私も」
俺とアリサは麺類の列に並んでラーメンを注文し、席に戻る。
「じゃあ、食べるか」
「うん、いただきます」
ズズズッ
「あ~、おいしいな。この豚骨ラーメン」
「確かに、これはなかなか美味しい」
2人で黙々とラーメンを啜る。
食堂のメニューには塩・味噌・とんこつの3種類があるが、俺としてはやっぱりラーメンといえば豚骨だ。
このこってりした感じがたまらないんだよなぁ……。
まあ、それはそれとして。
「じゃあ、中庭でやるか。アレ」
「うん、了解」
★
中庭のベンチに移動した俺とアリサは、パソコンを開いて話し合っていた。
「ここ最近の動画は女性の視聴者も増えてきてるな。特に10代が多い、いい感じだ。今週はメイク動画と料理系を1本ずつ出したらどうだ?」
「うん、分かった。black」
「おい、その呼び方はやめろ」
「なんで?」
「いや、だからチャンネル名で呼ばれるのは恥ずかしいというか……」
「私はかっこいいと思うよ。black」
「ぐぁぁぁ!!いっそ殺せぇぇ」
『black』というのは俺がイキリトだったころに付けたyoutubeのチャンネル名。
もう、黒歴史というかなんというか……。
消えたいです、はい。
「私はチャンネル名で呼んでも……いいよ?」
「そりゃそうだろうな。だってお前のチャンネル名『アリサchannel』だもん」
アリサは下の名前をそのままチャンネル名として付けたのだ。
しかも始めて3か月なのに登録者は驚異の3万人超え。
始めて4か月も経っているのに登録者800人の俺とは大違いだ。
「はぁ……。いいよな、アリサは3万人も登録者いて。俺なんてまだ1000人行ってないから収益化すらできない底辺ユーチューバーなのに」
俺がため息混じりにそう言うと、アリサは『NO』とでも言うかのように首を横に振る。
「そんなことない。コウタがアドバイスしてくれたから、私のチャンネルは伸びた。だから、コウタはすごい」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは素材が良かったからだ。俺は大したことしてないよ」
アリサがYouTubeを始めた当初は、俺と似たり寄ったりの状況だった。
それもそのはず、投稿している動画が『自分の手相を占ってみた』とか、『好きな本(純文学)を読む』とかYouTube向けじゃない企画ばっかりだったのだ。
俺も初めて動画を見せてもらった時は、「何じゃこりゃ?」と言ってしまったものだ。
声もよく通っていて、しかもこのルックス。おまけに天然要素も入っている逸材なのに、宝の持ち腐れ。
そこで、見かねた俺が「情報交換会」と称してアリサのチャンネルをツールで分析し、どういった方向性で動画投稿するべきかを定期的にアドバイスしている、というわけだ。
だから俺とアリサは友達では無い。まぁ、知り合いというのが妥当なラインだろう。
そんなことを思いつつ、ふと腕時計に目をやるともう昼休みが終わりかけていた。
「まあ、今日はそんな所だな。じゃあ今日はこれで」
「あっ、待ってコウタ」
「?どうした?」
「お金」
そう言ってアリサは茶色の封筒を俺に差し出してくる。
「はぁ、だからいいって。これはあくまで情報交換しているだけだ。俺とアリサは対等な立場。オーケー?」
「むぅ……。その言い方はずるい」
「まあ、俺もアリサにアドバイスしながら自分にフィードバックできてる部分もあるしな。アリサが思ってるより俺も助かってるんだよ。それじゃあ、また来週な」
「……分かった。バイバイ」
俺はパソコンを閉じて鞄にしまい、立ち上がる。
この時、俺は知らなかった。
まさか、アリサがあんな方法で借りを返してくるなんて……
絶対に勘違いしないマン~ぼっち系youtuberの俺が大学の美女達にモテるわけがない~ __ @kakerudd
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