第31話 エミ・タナベの護衛依頼
再興暦三二八年六月下旬のアスガルド共和国領惑星ロードの大都市『ローザエンゼルス』。
人口一四〇〇万人。貿易と経済の要所。愛称は『ゲートウェイ』。共和国でも屈指の大都市で外国企業との商取引と文化交流の始点として知られる。この大都市の高速道路に大きな騒動が起きていた。
「畜生!国境越えてまでやることかよ!暇か!」
ラッキー・ギーツがツァーリン・マフィア『タラソフ一家』の刺客と車両に銃撃を与えながらぼやいていた。サブマシンガンから繰り出された弾雨がワゴン車の運転手を射抜くと、コントロールを失ったワゴン車が横に三回転半する。そして金属質な衝突音を響かせた後に爆発炎上した。
「ぼやいてないで仕留めろ新人!」
「一つやったぞ、デカブツ!」
ギーツとジャックが喚きながらバレットナイン・セキュリティ所有のトラック型装甲車を必死に運転する。その時、シンは改造バイクを器用に操りながら敵車両を仕留めていた。
「こちらシャドウ、仕留める」
そう言ってサブマシンガンの引き金をシンは引く。彼の出立ちは漆黒の騎士としての人格と服装を纏っていた。覆面のシンが仕留めたのは三ボックス四ドアのセダン型水素電池車両とバイクであった。その間を高速で駆け抜けながらシンは持っていた短機関銃の弾雨を敵に与える。ガラスの破片と血飛沫を放ちながら、バイクと車両は横転してハイウェイから荒野へと転落していった。
「仕留めた」
そう言ってシャドウはバレットナインの装甲車両と並走していた。
事の始まりはある人物の依頼から始まった。
バレットナイン・セキュリティの事務所にアズマ系の女性が来訪する。
『エミ・タナベ』。シンがアズマ国に生還した後、中学校時代の同級生だった女性だった。彼女は大人しそうな少女は美しい音楽家として成長していた。胃腸が悪い病弱さは変わらないが、少女だった頃より改善しているとシンは聞いていた。
「久しぶりだな。どうした?」
「たくましくなったわね。貴方の噂は聞いているわ」
「どんな噂だ?」
「小さな民間警備会社の経営者やっているって」
「また依頼か?」
「そう。貴方しかいなくて」
「……例の案件か」
「そう、ある男の子を護送してほしい」
例の案件。それはいじめの被害者兼犯罪被害者として危害を加えられるケースの護衛であることを意味していた。
「アズマの警察は?」
「民事不介入」
「その頃には手遅れだろうに」
「起きてからでしか動けない。だから貴方に頼みたいの。護衛を」
「安くはないぞ」
「分かっている。これは贖罪だから」
その言葉を聞いたシンはしばらく黙ってからゆっくりとこう答えた。
「……結構、だが今は運が良かったな。今日はジュニアハイスクールでひどい事件が起きたとニュースでやっていてな。今日かぎりの学生特別割引を実施中だ」
「……ありがとう」
「礼はいらない。報酬さえ受ければきちんと仕事するだけだ」
口ではそう言っているシンの表情はどこか穏やかで僅かな微笑が見て取れた。商売を建前に旧友への不器用な配慮が言葉と声色に示されていた。
依頼内容はシンプルで、ある人物をアズマ国からアスガルド共和国の指定の場所まで護衛してほしいというもので、道中ではツァーリン・マフィアからの襲撃のリスクがあるとエミから説明を受けていた。
「まず、加害者はね。南方羅刹連合系暴力団の息子なの」
「それがなぜタラソフ・マフィアの襲撃に繋がる?」
「……弱みを握られたの」
「弱み?」
「目撃したの、犯罪の現場を」
「それがいじめに?」
「脅迫を兼ねた悪質なやり方ね。子供同士の問題に見せかけたふざけたやり方よ」
「あの国の教師は他人の子供をベルトコンベアの商品としか見ないからな」
「そこか目の付け所ね。そうして自殺に追いやって」
「隠滅完了か」
「そう。あの子を助けてやって」
「その子と君の関係は?」
「音楽教室の生徒。彼は私に憧れてて」
「なるほどな」
「彼の将来を悪人の食い物にされたくないの。お願い!」
「ならひとつ聞かせろ。ツアーリンのタラソフ・マフィアが出向く理由はその目撃と関係しているのか?」
「そうよ」
「分かった。ならまず……」
シンはそう言って紙面を見せた。それは数種類の護衛契約に関する契約書で、彼女はその中から厳重な警備プランの契約書に目を通してサインをする。
「報酬はそちらが指定の銀行口座に」
「分かった。プランの内容が内容だ。襲撃の可能性が高いと考慮するよ」
「ありがとう」
かくしてバレットナイン・セキュリティとエミ個人との間に仕事の契約が結ばれた。
その男子中学生がアスガルド共和国のジュニアハイに転校の手続きを交わし、出国するまではとても迅速だった。全ての書類を周到に準備し、迅速に護衛する。飛行機から星間シャトルを経由して交代で護衛対象の状態に注意を払う。指定の場所、そこにはSIAのエージェントと警官数名が待機しているポイントがある。護衛対象の情報の性質上犯罪の証拠として非常に重要であるためSIAまでもが人員を動員する事態にいつの間にかなっていた。
この時の担当はギーツ・ジャック・『漆黒の騎士』姿のシン。通信士兼後方支援担当はユキであった。
「これで最後だ。気を引き締めるぞ」
「思ったより平和だねえ。俺としては銃撃戦があるかとヒヤヒヤだがよ」
「狙ってこないならいい。終わらせよう」
三人は護衛対象を自社のトラック型装甲車に乗せる。それは警察特殊部隊や軍隊が使うような物々しい大型車両でガラスは防弾、車両シャーシやエンジン部などに追加装甲が装着されていた。また車両上部には搭乗用のハッチと機銃を取り付けるための部品があった。共和国内都市部での運用のため機銃などの過剰な装備はないがそれでも物々しい雰囲気のある車両であった。
「ところでよ。随分と物々しい格好だな、ボス?」
「この姿では『シャドウ』と呼べ。俺はバイクで後を追う。装甲車は二人が担当だ」
「お、おう……了解だ。聞いていた通りだな」
シンのど迫力の返答にたじろぎながらギーツは何度か頷いた。
そんなやりとりの後、装甲車は指定のポイントへ向かうべく宇宙港からハイウェイを経由して『ローザエンゼルス』へと向かっていた。
異変が起きたのはハイウェイに入った直後だった。
「おい、部長」
「仕事時は『スペード』と呼べ」
「了解スペード、つけられてるぜ」
「何……まずい!」
ジャックは咄嗟に護衛対象を庇った。
背後にいるワゴンからバレットナインの装甲車へ銃撃が加えられる。機関銃の銃撃が装甲を甲高い音と衝撃をもたらす。
「シャドウ!敵襲!車両三とバイク五!」
「了解だ」
シンが横から敵の車列に銃撃の雨を与える。それは慈雨ではなく冷徹な金属の弾幕である。バイクが二つ金属質な音を立てて転倒する。マフィアの刺客は片方が地面に叩きつけられて絶命し、もう片方は銃撃の直撃を受けた後に地面にダイブすることとなった。生き残りバイク部隊が三名、シンに向けて銃撃を行う。
だが、シンはバイクを器用に操作しながら銃撃の照準から完全に逃れた。その一方シンは敵の一人を狙って何かを投げる。羽根手裏剣。
シンの投げた羽根手裏剣は敵のヘルメットに着弾した直後にシンはサブマシンガンの短い銃撃を加える。脳を射抜かれた敵の刺客は絶命し、そのままガードレールへと激突した。
「敵バイク三、始末した」
そう言ってシンは車両の援護に回る。
敵車両三台のうち一つはギーツの放った弾幕の直撃が運転席に直撃したのかフラフラとコントロールを失っていた。そして三回転半の横転につながる。
「クラウンか」
「そうだ。赤いロン毛のこいつだ、奴が仕留めた」
クラウンはラッキー・ギーツことギーツ・ギル・スラガのコードネームである。
「畜生!国境越えてまでやることかよ!暇か!」
「ぼやいてないで仕留めろ新人!」
「一つやったぞ、デカブツ!」
そんなやりとりの後、シンは接近するバイク一台と車両一台の敵に至近距離からシンは弾幕を浴びせる。バイクと車両は横転してハイウェイから荒野へと転落していった。
「仕留めた」
シンがそう言って背後を振り返る。生き残りのバイクと車両がいる。
車両から乗り出す人物が何かをこちらへと向けようとしていた。
「チッ……」
シンがサブマシンガンで奴への狙いを定める。
それは一秒に満たない間であったが、その精密な射撃は対戦車ロケット弾を向けようとした敵に命中した。しかし、撃ったのはシンではなかった。
「またクラウンか」
「ハッピー・ハンティング!」
ギーツの拳銃の銃口から硝煙が上がっていた。旧式の銃、火薬式の回転式拳銃であったが、効果は十分だった。
頭を撃たれ絶命した射手は自分の車両に向けて体が傾いた。
その拍子に放たれた対物火器の自爆によりマフィアの車両が爆発四散した。それに巻き込まれて生き残りのバイクが一人、ハイウェイから下の荒野へと悲鳴を上げて転落していった。
「綺麗な花火だねえ!ルナティィック!ヒャハハハ!」
そんな陽気な笑いを浮かべながらギーツは大笑いしていた。
「スペード、すまないが」
「ボスにはボスの仕事がある。俺たちは気にするな」
「すまんなクラウン、MVPにババを引かせちまった」
「まあ、任せろ俺は慣れているからなぁ」
「了解。護衛対象の引き渡しは一任する」
「了解。通信終わり」
「了解だぜぇ」
こうして途中にあるインターチェンジで漆黒のバイクが装甲車と別れたところで今回の護衛任務はほぼ完遂された。
その足でシンはある場所へと向かう。セーフハウスである。シンはシャドウとしての姿と人格、バイクなどの装備を隠すべくセーフハウスへと到着した。そこではユキがジャックたちから仕事の完遂の報告を受けていた。
「帰還した」
「報告は受けたわ……悪人はいつの時代もこうね」
「マフィアにしろギャングにしろ……こういうものだ。仕事が完遂できてよかった」
「エミさん、古い同級生でしょう?」
「それがどうした?」
「……優しい人なのね。マフィアにもギャングにも関わらない普通の人」
「そうだ。それなりに信用している」
「そんな人やその教え子がなんでまたこんな事件に……」
「誰しもこういうことに巻き込まれることはある。だから、俺たちのような存在はまだ必要だ」
「そうね。エミさんと教え子の子が平穏なら……」
「ああ……全くだ」
シンはエミの苦悩に思いを馳せながらユキ近くの冷蔵庫から清涼飲料を取り出す。シンはそれを一口で飲み干しながら、着ていた『シャドウ・スーツ』を畳んでケースに収納する。
「この世は正直者を食う悪鬼ばかりじゃねえ、下衆な悪党から人を守る変わり者だっているってことさ」
そう言ってシンはセーフハウスの外に出る。シンは空を見つめていた。
ローザエンゼルスの方角。シンの見つめる先には昼間の空がいつもと変わらぬ群青の輝きを放ち続けていた。
蒼穹の女神と奇妙な事件簿 吉田 独歩 @D-Yoshida
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