第30話 レオハルトの特別講義その3
教壇に若い軍服の教官が立った。
レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。彼は今日も士官候補生のために講義を行なう。
「みんな、前回はAFの開発史とメタアクト戦術の歴史について学んだと思うが、今回は現在の視点で講義しようと思う。我が共和国を取り巻く国際情勢だ。これは別の教官の講義と被るところがあるだろうがそれを歴史的観点を交えながら分析しようと思う。ここまで大丈夫かな」
生徒たちは一斉に『はい』と答える。
「よろしい。では、アズマ国とフランク連合の関係について聞いてみよう。君」
レオハルトに指差された候補生が答える。
「どちらも良好です」
「よろしい。アズマ国との関係は第一次銀河大戦とのファーストコンタクト、および石油取引に関するトラブルで一時険悪にはなった。だが現在は文化、経済の両面で大きな協力者として友好国の関係にある」
レオハルトがそう言いながらアズマ国との大きな出来事を黒板に記してゆく。
「もう一人聞こうか。君、フランク連合王国とわが国は友好関係にあるその大きな要因を聞いておこう」
「はい。フランク連合と我がアスガルド共和国は自由陣営としてアテナ銀河内で軍事的な協力関係にあったこと、また、文化的に騎士道関係を重んじる文化が共通していたことなどから文化的に蜜月の関係にあったと前の講義で習いました」
「うむ、これも良い答えだ。さらに補足するとすればわが国の神樹教と彼の国の聖女教は同一の神話を起源とした宗教でありながら、数々の歴史的脅威や文化的な共通点から非常に友好な関係を維持している。この点も押さえておくべき点であろう。先月も神樹教団の大主教と聖女教の教皇が会談を行ったことは皆も知っているだろう。それは銀河秩序の維持や文化的な成長、将来の人類の在り方を研究する目的で来訪したことはどうか押さえておいてほしい。今回はわが国と友好にある国と憂慮すべき勢力についてが重要なテーマとなる」
レオハルトはそう言って黒板に主要な友好国の名前とともにある言葉を黒板に記していた。
『現在の友好国と憂慮すべき勢力』と。
それを記し、レオハルトは生徒たちの様子を見る。生徒たちは黒板の言葉を一心不乱にノートに残した後、レオハルトの方向を見る。
全員の表情がレオハルトの方を見たタイミングで彼はこういった。
「残念ながら、我々には警戒すべき敵勢力が存在する、犯罪組織、テロリスト、カルト宗教、敵対的な知的種族、宇宙海賊、巨大生物。幸いにも大きな衝突は第三次銀河大戦以降起きてはいない。だが将来的にリスクがない保証がない。我々の任務は彼らから国民や友好国の人命・文化を守ることが当面の任務となる。もちろん災害からも」
レオハルトがそう微笑みながら何かを描く。それは組織のマークであった。
「我々が憂慮すべき勢力はこの三つのマークの組織、そして『抜き取る者』ことエクストラクターどもだ」
レオハルトが黒板を軽く小突いた。
そこには三つの紋様が描かれていた。
一つは『無限を意味するマークの下にRe』。
一つは『十字と翼のマーク』。
一つは『上下を反転した文字に丸』。
そして抜き取る者の一個体の写真が黒板に貼ってあった。
「リセット・ソサエティ、ブラット・クロス党、そしてカオス・アナーキスト」
それを見た全員の表情が固まる。士官候補生に強く知られるほどの大組織であった。その真剣な表情を見てレオハルトは安堵の表情を浮かべる。
「やはり君たちは素晴らしい。このマークの意味を十二分に理解し、それでも立ち向かう勇気がある。それでこそこの国のために尽くす若者ということだ」
レオハルトはそれに加えて幾つかの組織の名前も記してゆく。
カルト宗教団体、テロ組織、アズマ国のヤクザ組織、あるいはギャング集団、五大国家に勢力圏があるマフィア、過激な政治結社や市民団体、人体実験や倫理に反した事業など人命に関わる違法行為を故意に執行した企業名、危険な知的種族などあらゆる集団の名称が黒板に示された。
「この名前はすべて覚えておいてくれ。試験にも当然頻出だし何よりも……軍人として重要な情報だ」
その名前を生徒たちは一心に書き記しておく。その間にレオハルトは雑談を行った。
「さて、黒板はそのままにしておくから書きながら聞いてほしい。この中で特に厄介なのは『リセット・ソサエティ』と『抜き取る者』だ。この二つの全貌を知るもの、あるいは全貌を示す証拠物品はいまだに確認されていない。その理由はシンプルだ。どちらも念入りに自分達につながる痕跡を消すからだ。リセット・ソサエティに関しては口封じ、証拠隠滅、二次団体や三次団体などを経由した警察などへの買収あるいは複数手段の介入。これらを用いる。一方、エクストラクターは可愛らしい小動物を模倣した端末個体でしか介入しない。しかも特定の年齢、あるいは特殊な視覚補正機器を装着した人員でしか彼らを視認できないように端末にも念入りなステルス技術が利用されている。側から見れば怪異的な存在に力を借りて少女たちが特殊な……メタアクト的な異能に目覚めたようにしか見えない。だが時空管理庁によればエクストラクターが出現した惑星には深刻な因果律計算のずれが起きると言われている。君、それはなぜだと思う?」
「生物個体の因果律をエネルギーに無理やり変換しているからだと聞きます」
「その通り。正規軍と時管庁魔装化現象専従班とSIAの科学分析部は合同で惑星内の因果律のデータを定期で情報交換しているが、先ほどの理由が大きい。そのほかにも外国の機関にも情報を交換するケースがあるが国外の機関は国内の組織よりも情報交換に熱心ではない。それは政治的な理由もあるが、エクストラクターに対して脅威を感じていないことも大きい」
レオハルトは一旦言葉を止めて生徒の方を見る。全員がノートの執筆を止めたタイミングで再び言葉を紡いだ。
「ブラット・クロス党とカオスアナーキストに関してはそれなりに情報が入っている。どちらも政治的なイデオロギーに基づいて行動している。君、この組織の目的は?」
「はい。ブラットクロス党は全体主義の復権、カオスアナーキストは無政府主義を標榜してます」
「正解。ブラットクロス党は大アテナ銀河主義に基づいて独裁と統制を行うことを第一原理としている。『統一人間主義コスモ解放戦線』と類似した価値観を持つことからブラットクロスはこの組織と友好関係にある。それに対してカオスアナーキストは過激な自由思想と弱肉強食を第一原理としている。よってこのカオスアナーキストとブラットクロスは互いに対して極めて敵対的だ。水と油と言っても良いだろう。思想が逆の集団は往々にしてこういうことがある」
レオハルトは再び言葉を止めた。視線を全員に向け、全員の理解度を彼は類推する。その後は生徒といくつかの簡単な質問を交わした後、彼は別方面の解説を始めた。
「これが今日の『厄介な組織の内容』だ。組織名と特徴をぜひ覚えてほしい。彼らに対処するには組織の特色の把握と味方に彼らに対処する力があるか、あるいは対処する方法を熟知しているかをも把握する必要がある。我々の国に関しては問題はないだろう。そうなると、次に必要となるのは違う国との協力となる」
そう言ってレオハルトは五大国家をはじめとした大国と友好国の国名を記し始めた。
「まず、先ほどのアズマ国、独自の文化と勤勉な国民性によって育まれた経済は我が国の重要なパートナーの一つだと言っても過言ではない。君、私にアズマ国の文化に理解のある人物がいる。誰かわかるかな?」
「スチュワート・メイスン大尉であります」
「正解!」
候補生たちからどっと笑い声が上がる。レオハルトのユーモア溢れた言葉に軽妙な話し方が彼らの緊張が和らげる。
「メイスン大尉は普段はサイトウ中尉、ジョルジョ中尉のまとめをやるがアズマ国の文化が絡むとボケる。その時はジョルジョかランドことジョージ・ランドルフ・ブラウン中尉がツッコミ役となる」
淡々としたレオハルトの話し方に再度候補生たちから笑い声が上がる。
「そんな彼らが愛するアズマ国はとても平和だ。だが完全にというわけではない。アズマ国にも暴力団組織や過激な政治結社、海外組織の存在がちらつくこともある。当然エクストラクターもだ彼らから平和な国と独自の文化の存続を守り、経済と文化のパートナーであり続けるか否かは君たちにかかっている。この中の何人かはアズマ国の大使館や共和国軍基地で任務に向かう者もいると考えられる」
候補生たちの表情が引き締まる。
「もちろんアズマ国だけではない。フランク、オズ、AGUとの関係も重要となる。近年だとAGUの動きが気になるが……それでも人材交流を行うことは珍しくない。この銀河の最大勢力で複雑な彼の国の存在は無視することはできない。AGUの正規軍との合同演習は頻繁に行われる。そのときは共和国らしい精強さを発揮してくれることを強く願っている」
「はい!」
士官候補生たちから力強い声が響く。
「フランクとオズ、この二つは歴史上仲がよろしくない。近年は国交回復を期に交流もされているが、相変わらず宗教関連のトラブルが後を絶たない。諸君らも双方への配慮に気をつけてほしい」
そう言ったところでレオハルトが時計を見る。
時刻はすでに終了に近くなっていた。
「さて、まとめに入ろう。今日は友好関係の国家と敵対的な組織な組織の名前と概要、我が国を含めた関係やその歴史について学んだ。固有名詞系の知識には特に気をつけてほしい。試験にも出す上に任務でも重要になるから十分な復習を期待する」
候補生たちから『はい』と快活な返事が返される。
「ありがとう。リラックスした状態で聞いてくれるととてもありがたい。今日は基本的な知識ばかりで恐縮だけど時間にも限りがある。次回は……『第一次銀河大戦の著名な戦い』にしよう。歴史的観点を交えながらわかりやすい授業を目指したいと思う。今回はありがとう。くれぐれも復習を行なっておくように。では失礼」
そう言い残したレオハルトは青い残像を残し、目にも残らぬ程の速度で教室から立ち去っていった。
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