宮崎さんは、見られている

高柳神羅

宮崎さんは、見られている

 宮崎さんは、どんな時でも表情が変わらない。


 周りには、彼女が仕事に集中していないように見えているらしい。

 作業中に同僚から仕事の内容を理解しているのかを尋ねられる。

 彼女はその質問に対して曖昧にしか返事しないから、最後にはこう言われている。


「集中して聞いていないからだよ」


 集中して聞いてないわけじゃないんだけれどね。

 その時は集中して聞いていて理解もしてるんだけど、忘れちゃうだけなんだよ。




 宮崎さんは、どんな時でも同じような服装をしている。


 彼女は夏場に着ていた上着を、冬になっても同じように着ている。

 袖がない、生地が薄くて防寒の役には全然立たないようなやつだ。

 それでも一応は防寒用のストールを首に巻いて、長袖の上着を一枚着足して着込んでいるように見せてはいるんだけれど。

 今日は寒いね、と同僚に話しかけられると、彼女は浅く頷いてこう返している。


「今日の気温は一桁らしいですよ」


 寒い、とは決して言わない。

 仕方ないよね、彼女は感覚が鈍いから寒いのも暑いのもよく分からないだけなんだよ。




 宮崎さんは、一日に一回しか食事をしない。


 彼女が食事をするのは、家族と同じ食卓に座る夕飯の時だけ。

 職場にいる時は流石に弁当を持って行くようだけれど、その内容は決まって粒マスタードを塗ってハムを挟んだ食パン一枚だけだ。

 たまにパンに挟んでるものがジャムに変わってたりすることがあるけれど、基本的にジャムパンは好きじゃないらしい。滅多にない。

 彼女の年齢を考えたら、この食事量はあまりにも少ない。同僚たちは、そのことを知ってとても驚いていた。


「もっと食べなきゃ駄目だよ、だからそんなに痩せてるんだよ」


 ダイエットでもしてるの?と問われて、彼女は違うよと曖昧に微笑んでいた。

 確かに、減量してるんじゃないよ。

 彼女は、単に食事すること自体が好きじゃないだけなんだよ。




 宮崎さんは、夜中でも起きていることが多い。


 別に夜更かししているわけじゃない。

 彼女は普通に、むしろ家族の誰よりも早く床に就いている。

 でも、眠れないようだ。

 暗い部屋の中で何時間も布団の中でごろごろしていて、ようやく寝付いたとしても九十分おきに目を覚まして、また寝直すのを繰り返している。

 これじゃ、逆に疲れるだけだと思う。

 実際、朝を迎えて起きた時の彼女は普段以上にぼんやりしていて、よく壁とかドアの端におでこをぶつけている。




 宮崎さんが、珍しく機嫌良さそうにしている。


 何か良いことがあったのか、と尋ねてきた同僚に、彼女はこう答えた。


「ようやく、長年の望みが叶えられそうなんです」


 相変わらず表情は希薄だけれど、嬉しいんだろうなというニュアンスは伝わってくる。

 それは良かったねと同僚に言われて、彼女は頷いた。

 きっと彼女に質問した同僚は、欲しかった物が買えたんだろうとか、夢が叶ったんだろうとか、そんな感じの想像をしていたに違いない。

 ある意味、それは当たりだと思う。

 彼女は、あるものが欲しかった。ずっとずっと欲しくて、でも手に入れられなくて、それでも諦めないで求め続けていた。

 普通の人は、そんなものなんて欲しくない、くれると言われても貰いたくないって答えただろう。

 でも、彼女はお金よりも名誉よりも何よりも、たったひとつ、それだけがずっとずっと欲しかったんだ。

 何年も、何十年も。



 そして、その日の夜。

 宮崎さんは、自殺した。




「どう?」

「んー……期待してたよりも、微妙だった」

「あぁそうなの。美味くなかった?」

「悪くはないんだけれど、ちょっと塩辛すぎるというか、えぐみがあるというか……酒のあてにはなりそうな、通は好きかもしれない味」

「ありゃりゃ。折角四十年も待ったのに。そりゃ残念だ」

「負の感情を溜め込みすぎて、熟成のレベルを超えちゃったんだろうね。発酵しすぎちゃったっていうか、腐る一歩手前みたいな感じ」

「やっぱり、心に負荷をかけすぎて壊れちゃった人間の魂は、食用には向いてないんだよ。誰だったかも言ってたけど、流石に不味くて食えたもんじゃないって」

「そうだねぇ。壊れかけて病み始めくらいが一番丁度いいかも」

「次からは早めに刈り取った方がいいぞ。どうせ食うなら美味い方がいいし」

「そうするよ」

「……あっ、ヤバイぞ巡回の天使が来た。見つかる前に退散しなきゃ」

「うん」

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宮崎さんは、見られている 高柳神羅 @blood5

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