第21話

本日は2話同時投稿しております。

こちらは最終話です。先に20話をお読みください。

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「ねぇ、聞こえてる?」


 ━━除夜の鐘は、その残響ごと消えていた。


 スマホから聞こえる声に混乱して、それから日付と時間を見た。


 2022年の1月1日。


 俺がこの世界から消失したあの時間が何時だったか、もう覚えていない。けれど、それはきっと0時間際だったことだろうとは思う。


 予想通り、だった。


 あの世界における『四十年前』に救世主召喚の儀式は行われたらしい。


 ならば、あの世界で行われた瞬間から、電波みたいな、魔法めいた、なんらかの『波動』『信号』がこの世界に送られ、適性があった俺に届くまで、四十年のタイムラグがあったのではないか? と思った。


 つまり……


『あの世界での四十年は、こちらの世界での、一瞬なのではないか』。


 それが俺の立てた仮説で、どうやらそれは、うまくハマってくれたようだった。


「聞いてるよ」


 ……あの世界では、年を経るたび、彼女の記憶がおぼろげになっていった。


 けれど、声を聞けば思い出せる。過ごした時間、なにげない約束、表情、声音。


 そして、約束。


 先輩と仲良くしている時間が多くて浮気をしていたのではないか━━だなんて嫉妬していたことまで思い出す。

 我がことながら、小さかった。あと、若かった。こうやって客観的に振り返ってみれば、そんなことは絶対にないと言い切ってしまえるほど、それは他愛のない、小さな心配で、無駄な杞憂にすぎなかった。


 でも。


 俺はやっぱり、彼女を不安にさせていたんだと思う。


 人は嫉妬する。人は恐怖する。人は不安を覚える。

 確定した安心できる未来を求める欲求が人にはあって、それを満たし合う関係こそ『幸福』だと思う。


 言葉にしなくても伝わることは山ほどあったけれど、言葉にしないとはっきりしないことは、それ以上にあった。


 だから、言葉にしよう。


 …………緊張する。人生何度目だ、と自分で自分に言いたくなる。


 そうして深呼吸を繰り返しながら彼女との思い出を振り返ってみると、とんでもないことに気付くのだった。


 俺たちは、お互いに、はっきりとした告白をしていない。


 恥ずかしがって、照れてしまって、微妙に濁すような、言わなくてもわかってほしいと願うような言葉を重ねて、ここまで来た。


 ……うん。ごめんなさい。俺がなにもかも悪い。


「あのさ」


 たぶんこれから言おうとしているのは、初日の出の時に言うべきだった言葉なのだと、今になって気付いた。


「なに?」


 でも、彼女に届いてしまったのだから、ここで引っ込めるわけにもいかない。


 意を決して、シチュエーションの不恰好さに笑いながら……


 それでも真剣に、覚悟を決めた。


「好きだよ」


 ……『あの世界』で過ごした無限にも思える時間が、急速に『思い出』というものになって、自分の血肉と化したような感じがあった。


 ああ、ここが━━


 やっぱり、この世界が、俺の帰りたい世界だ。


 彼女はしばし、沈黙していた。

 おどろいたのか、困惑したのか、怒っていたり気まずかったりはしないと思うけれど、告白直後のこの沈黙は、俺にさまざまな悪い想像をさせるに充分すぎるものだった。


 いくら生きても不安は不安。

 思い通りにばかりならない人生なのだから。


 弱々しい心根が、さっきの自分の告白を茶化して取り繕おうとするのを限界までこらえて、これ以上は無理というところで……


 チャットの後ろで流れている、新年のよろこびのあいさつに消え入りそうな声で彼女が、


「  」


 なにかを、言った。


 ……まあ、聞き取れなかったけれど。


 それは実際に会った時の楽しみにしておこうと思った。



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帰りたい世界があるから 稲荷竜 @Ryu_Inari

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