先日、彼女が無敵の人に殺された。

首領・アリマジュタローネ

先日、彼女が無敵の人に殺された。


1.


『犯人は……ショッピングモールにて……』

『……予告などが頻繁に届いており……』

『ルサンチマン……』

『計画的な……だったと……』



  12月25日。凄惨な事件が起きた。あるショッピングモールから火災が発生して、多くの死者が出たのである。

 詳細はあまりにも生々しくてここでは綴れない。

 犯人の犯行動機はわからぬまま、事件は迷宮入りとなった。


 そして彼女もまた帰らぬ人となった。


2.


 あれから一週間近くが経過して、大晦日を迎えようとしていた。

 年末年始は彼女と一緒に過ごすつもりだったが、予定がなくなってしまった。

 共に年越しするつもりが、俺だけが取り残されてしまった。


 事件当日は仕事納めで夜に会う予定だった。

 俺はライン工で働いており、彼女はモール地下で食料品を販売していた。

 事件が起きたのは真っ昼間のことである。


 最初テレビの報道をみたとき、目を疑った。

 いそいでLINEをしたが、返信はなかった。


 ここが現実なのか、定かではなかった。


 同年代のお笑い芸人が結婚を発表した直後であった。楽しいクリスマスを迎えて、来年からは同棲して婚約をしようと決めていた。でも、それは叶わぬ夢になってしまった。


 数時間後、警察から電話があった。

 でもなにも頭には入ってこなかった。


「……サチにはもう会えないってことですか」


「……」  


「もう会えないってことですよね」


「……はい」


「ありがとうございます刑事さんその言葉だけがほしかったんですほんとうにありがとうございました」



 電話を切って目を瞑る。

 上司が早退するように勧めてくれたので、そのまま家に帰った。


 俺は独りになった。



3.


 食事が喉をすすまない。

 なにを食べても美味しいと感じない。


 いつも彼女と来るフードコートに足を運んでみるが、途中で吐きそうになった。

 近くの学生カップルが「ポテトMがないのー!」と愚痴を吐いている。

 彼氏がそれを宥めている。


 周りにはカップルや家族連ればかりだった。

 そりゃそうだ。大晦日なのだから。

 良いお年を、と言葉を投げかけるのだろう。


 良いお年を、だなんて。


 ニット帽を被り直して、外に出る。

 雪が降り始めていた。


 スニーカーで地面を踏みしめながら、家に帰る。



4.


 スーパーに買い物にいく。大晦日なので20時閉店だった。カゴを持ちながら、適当に中へ突っ込んでいく。


 唐揚げを見つけた。

 半額のシールが貼られている。

 ぼーっとそれを見つめながら、カゴへと優しく入れた。

 ついでにレモンを購入した。


 片手でスマホを操作しながら、米津玄師の一曲を選択する。


 唐揚げはサチの好物だった。



5.


『私たちはフクとサチでめでたいことがたくさんあるだろうねっ』



 眠れない。

 彼女の声や言葉が耳に残って離れない。


 5年という歳月の中でマンネリというものも確かにあったのかもしれないけれど、それでもまだまだこれからであった。

 一緒に年を重ねたかった。

 一緒に歳を取りたかった。


 でもその未来は奪われてしまった。


 明日になれば新年で「また今年もよろしくね」と言い合う日常が待っていたはずなのに、そんなものは実在してなかった。



『先にいかないで……』



 俺が早足で歩いていたとき、彼女はそんなことを言って袖を掴んでくれていた。

 でも先にいってしまったのはサチのほうだった。


 お葬式には結局いけなかった。

 大好きなタバコも吸えていない。

 火を見ると手が震えてしまう。


 涙は一ミリも出ていない。

 俺は感情の枯れ果てたロボットなのかもしれない。


 というか、実感がないので、彼女は旅行にいっているようにも思える。もう二度と会えないだなんて、想像ができない。


 大学院のときからずっと一緒にいたから。

 仕事をしだしてからはあんまり会えなくなっていたけれど、それでも恋人を超えて家族のような存在になっていた。


 でも、家族にはなれなかった。


 もっと早く同棲を始めていればよかった。

 もっと早くお金を貯めて結婚しておけばよかった。

 モールの地下でなんか働かせないで、専業主婦としてやっていってほしかった。

 彼女を満足させられるくらいの稼ぎを持っていればよかった。


 後悔だけが残っている。



 サチはこの世にいない。

 いるのは「フクくん」と呼ばれていた俺だけ。

 空っぽな俺だけ。

 全部、全部、ぜーんぶ、ぜーーんぶ、燃え尽きてしまった。


 彼女と一緒に年を越したかった。

 年末を過ごしたかった。


 こんなことならさっさと死んでしまいたい。

 新年を迎える前に消えてなくなりたい。


 サチがない未来なんて、死んだも同然だから。



6.


 天井に向かって手を伸ばす。


 口を開けながら、静かに呼吸をしている。


 ゆっくりと手を下ろして、自分の口を押さえた。


 息ができなくなるくらいにそれを続けた。



 サチはきっと苦しかったろう。

 ごめんな、ごめん。


 謝っても謝りきれない。


 目をつぶって、虚空を見つめているとピコンとスマホにLINEの通知が入った。


 友人からであった。



   『死んだらあかん』




 短い文章のそれをみたとき、ずっと押し殺していた感情が爆発していくのを感じた。

 フツフツと涙が流れてゆく。


 消したテレビをつける。

 涙を流しながら、それを笑ってみる。


 カウントダウンが始まりかけている。

 時刻は12月31日午後23時58分。

 もう今年もおしまいだ。


 嫌なことは全部ここで置いていきたかったけど、どうやら置いていけなさそうにないや。


 ごめんな、不甲斐ない俺で。

 ごめんなぁ。



 タバコに火をつける。

 煙が上空に漂っている。


 そっと両手を合わせて、目を閉じる。



「ハッピーニューイヤー♪ 新年あけましておめでとうございます!!」



 テレビからはそんな声がこだましている。


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└→シリーズ完結作品【有害。(18禁注意)】

https://novel18.syosetu.com/n9354je/

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