さらば、2021

人生

 虎穴に入らずんば、虎子を得ず




 今日は特別な一日だ。


 一年前の本日――私が、今日こんにちに至るまでの栄光を掴むこととなった、歴史に残る一日である。


 そうでなくても、今日は大晦日。今日行われる物事、己の一挙手一投足の全ては、どれも特別な意味を持つことになる。


 たとえば、起床。それは今年最後の起床となるだろう。

 たとえば、朝食。それは今年最後の朝食となる。

 どれも頭に「今年最後」とつくことで――2021年最後という、もう二度とは起こらない特別なものに変わる。


 ……くしゅん、と。


 こんなくしゃみでさえ、それはもうこの世界では二度と起こりえない、今年最後のくしゃみになるかもしれないのだ。自分にとって、だけではなく、あるいは人類にとって今年最後のくしゃみであった可能性すらある。


 とはいえ、時の移ろいはこれまでの日々と変わらない。

 気をつけなければ、あっという間に今年最後の一日が終わってしまうだろう。


 今年最後の昼食を済ませ、さて残る時間をどうしよう、何かやり残したことはないだろうかと考える。


 日々の雑事は、この際置いておこう。それは明日でも出来るし、何より明日からは休日――そう、正月だ。少しくらい、放っておいてもいい。今日中に終わらないこと、いつかやらねばならないと思っていたことも……明日から頑張ろう。

 明日から頑張るという言葉は大概マイナスの意味を持つが、今日誓うそれは違うものになる。なぜなら、明日からは新年だからだ。来年から頑張る、という意味に変わるのだ。それはつまり、来年の目標、新年の抱負と言っても過言でない。つまり、今日使う「明日から頑張る」はそれくらいの重みを意識して口にしなければならない訳だ。


 さて――そうこうしているうちに、夜になる。


 どうやら、来客のようだ。執事に出迎えを任せる。まったく、こんな時間、いったい誰が何の用だ――と普段なら思うところが、今日は違う。約束をしていたのだ。


「ワンツースリーがやってくる……」


 新年まで、もう間もない。やり残したことを考えるよりも、ここまで来たら今年一年を振り返ることに時間を割く方が有意義だ。


 それは、走馬灯のように。



「有意義な人生だったか?」



 ――あぁ、それなりに実りのある一年だった。



「じゃあ、満足したまま死ね、2021」



 そいつは、2022ワンツースリーという名前コードネームの殺し屋だ。

 0が1つワンに、ツー3つスリー――


「あんたは2020デュース・トウェンティのヤツを途中まで匿っていたらしいが、オレはそんな生易しいことはしないぜ。あの疫病神は片づけた。あんたにはここで死んでもらう。明日からは、オレの天下だ」


「……ふ――果たして、そううまくいくかな」


「あんたの成果は、2020のお膳立てによるものだろう。……さすがは延長戦の2021アドバンテージと呼ばれるだけあるな。でもな、みんな、あんたのことなんてすぐに忘れるさ。――じゃあな、お喋りはここまでだ」


 ――次は、お前の番だぞ。


「あぁ、そんなこと分かってるさ」


 それが、私が生涯最後に聞いた言葉となった。




 虎穴に入らずんば虎子を得ず――リスクを恐れているばかりでは、成果を得ることは出来ない。


 リスクを正しく恐れ、背負い、その重みに負けずにやり遂げた者にこそ、一年の栄光が与えられるのだ。


「オレは、やったぞ――これで、明日からはオレの天下だ。2022がやってくる!」


 2021の死骸を見下ろし、2022は声を上げた。


 ヤツの用意した様々な困難トラップを乗り越え、ついにここまで来たのだ。


「さぁ、明日からは何をしよう。何から始めよう! 来年のことを言えば鬼が笑うと言うが、来年はもうすぐそこだ! 存分に笑ってくれ! オレには明日がやってくる――」


 その背後に――ひとりの老人が現れた。おいおい、もうトラブルはこりごりだぜ、と2022は思う。つい先刻まで、2021の執事をしていた老人だったのだ。彼は、かつての主を見やり、


「今年も、大変お世話になりました」


 深々と、頭を下げた。それから、2022に向き直る。


 2022は息を呑んだ。とっさに武器を構える――


「今年も、宜しくお願い致します――」


 老人はそう言うと、新たな主人に頭を下げたのであった。


 気付けばもう、時刻は零時を回っていた。

 新年がやってきたのだ。



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さらば、2021 人生 @hitoiki

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