第102回 はじめての その2

 続きです。


 次は辻村深月の“はじめて家出したときに読む物語”「ユーレイ」です。部活で不本意ないじめ(?)を受けた主人公が、自殺しようと思って家出しますが、ある女の子と出会い救われるというお話です。


「ハケンアニメ」のような熱いお仕事ドラマとはかなり違ったテイストの作品です。



 以前小説でも書いた事がありますが、私はかつて自殺しようと思った事があります。それも3回あります。


 1回目は中学二年生の頃にいじめを受けた時です。

https://kakuyomu.jp/works/16817139554722803117/episodes/16817139554729801939


 2回目はある失恋をした時です。

https://kakuyomu.jp/works/16816927861301111782/episodes/16816927861301163835


 3回目は仕事を失って人生に絶望した事が原因です。これはまだ小説にしていませんが、機会があれば書こうと思います。


—―このまま、海に入っていくのもいいかもしれない、と、ふっと思った。—―(はじめての P.63)


 リアルですね。自殺しようと思うのは本当に「ふっと」という言葉が良く合います。絶望感はそれよりもずっと前に感じていて、その渦中ではなぜか死のうとは思わないんですね。むしろなんとか死なずに済まないか色々悪あがきします。それでもどうにもならないと悟った時、ふっと心に浮かんでくるのです。これが怖い。


—―よく、いろんな話で聞くからだ。死んだ人間には、影がない。—―(はじめての P.70)


 漫画等であるあるですね。


—―どうやって死ぬかなんて、やり方は決めていなかった。ナイフやロープも一応持ってきたけど、勇気が持てるかどうかわからないから、何かのための保険みたいな気持ちだった。やるとしたら—―どこかから飛び降りるつもりで、そう思って、きたのだ。—―(はじめての P.74)


「完全自殺マニュアル」という本を読んだ事があります。なんでも一番苦しい方法は焼身自殺だとか。人は燃えてもなかなか死ねないので、相当苦しんで死ぬようです。主人公はライターを持っていたので、焼身自殺するのだと勘違いされてしまいました。


 一番楽な方法は……(以下自粛)


—―「そんな人たちのために、死ななくてよかった」—―(はじめての P.90)


 なんでそんな事で、というような理由です。主人公がある先輩の好きな人を、男子にいいふらしたといいがかりをつけていじめられました。


—―「昨日、本当にひとりだった?」

(中略)

「あなたの横にいて、二人で海を見てる感じで。何してるんだろう、と思ってたら、ひとりがこっちを見て、私に向けて手招きしたんだよね」—―(はじめての P.91、P.92)


 主人公の他に誰かいると思って近くに来たら、一人だけだった事を不思議そうに話しています。そうするともう一人は……ガクガクブルブル


—―この子がユーレイじゃなくて、よかった。—―(はじめての P.95)


 かく言う主人公は、女の子をユーレイと勘違いしていました。


—―話しながら、私たちは一緒に歩いていく。途中、気になってさっきの広場を振り返ると、海から陽光が照り返す明るい広場の前に、静かに微笑ほほえむ女の子の姿が一瞬見えて、すぐに消えた—―気がした。—―(はじめての P.95)


 なんにせよ、自殺を思い止まったようでよかったです。私も自殺を思い止まったのはいい友達に恵まれていたからです。自分一人だけだったらきっと立ち直れなかったでしょう。



 次は宮部みゆきの“はじめて容疑者になったときに読む物語”「色違いのトランプ」です。


 平行した二つの世界で、本来の自分はもう一つの世界で生きるべきだと考え、入れ替わった二人の女性を描いたSF小説です。


 以前記事にしましたが、この人は有名なパンツァーです。プロットなしでいきなり物語を書くスタイルですね。こんな複雑なお話をプロットなしで書けるというのはすごい才能だと思います。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859434938319/episodes/16816927860883184722


—―若々しく健康的な毒舌どくぜつと、小さなきば

 多感な年頃なんだ、思春期で情緒じょうちょ不安定になっているだけだ、親が余裕を失ってどうする、温かく見守ってやらなければ。宗一も瞳子もそう思って努力してきた。—―(はじめての P.100)


 宗一は夏穂なつほの父、瞳子とうこは母です。夏穂はごく普通の両親である宗一や瞳子とは異なり、正義感と行動力を持っていました。だから両親を軽蔑していて、それが態度にも表れていたのです。


—―〈ロンブレン〉の爆発事故によって生じた次元の亀裂きれつの向こう側には、この世界の並行へいこう世界が存在していた。—―(はじめての P.105)


「ロンブレン」というのは世界最大の量子加速器りょうしかそくきで、原因不明の爆発事故を起こし、これが並行する二つの世界をつなげてしまいました。


 宗一は、平行世界である「第二鏡界」に保護されている夏穂を連れ帰るため、第二鏡界へと渡って行きます。実は「第一鏡界」と「第二鏡界」の二人の夏穂が入れ替わっており、本来の自分の娘である「第二鏡界の夏穂」から、すべての事情を聞く事になるのです。


—―第一鏡界のあたしと第二鏡界の夏穂も、あの色違いのトランプみたいだったんじゃないかって思うの。自分の生まれ落ちた世界にいる他の大勢の人たちと、絵柄は一緒。だけど色が違うから、ちぐはぐなの。まわりの人たちにもそれはわかるし、誰よりも自分自身がわかってる。ごまかしようがないくらいに、残酷ざんこくなほどはっきりと。—―(はじめての P.135)


 第二鏡界の夏穂は、気が弱く、反政府組織に所属する両親の元で苦しい思いをしていました。そこで、第一鏡界の夏穂と入れ替わって、第一鏡界で暮らす事になったのです。


 第一鏡界の夏穂は第二鏡界の夏穂とは対照的で、ごく普通の両親とは異なり、正義感と行動力を持っていました。そこで、第二鏡界を変えようという志を抱いて、第二鏡界の夏穂と入れ替わる計画を立て、反政府組織の一員になったのです。


 タイトルの「色違いのトランプ」とは、この二人の夏穂の事を例えたのです。


—―「あちらの法律に照らしたら、あなたもわたしも国家反逆罪をおかしているらしいわ」

 あるとき、ぽつりと瞳子が言った。

「こっちでも、境界協定基本法違反いはんだ」

「夫婦で罪人なのね」

「まだ罪になると決まったわけじゃない。容疑者ようぎしゃだよ」—―(はじめての P.143)


 反政府組織の一員である第二鏡界の夏穂が容疑者なのは当然ですが、さらに宗一と瞳子もまた、容疑者だったのですね。ここでいう「国家反逆罪」とか「境界協定基本法違反」というのは、宗一と瞳子が「第二鏡界の夏穂をかくまっている事」や「二人の夏穂の入れ替えに協力している事」です。


—―その名前は—―「希望のぞみ」。—―(はじめての P.144)


 夏穂の名前は、もしかしたら希望だったかもしれないのです。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。



 次の第103回も引き続き「はじめての」です。お楽しみに。

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