△▼△▼呪いの部屋の謎△▼△▼

異端者

『呪いの部屋の謎』本文

「すいませーん!」

 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン――

 深夜、アパートのチャイムが無遠慮に鳴らされ続ける。

 私はどうしようかと迷ったが、このままチャイムが鳴らされ続けたらまずいと思い玄関に向かった。

 ドアスコープから覗くと、いかにも頭の軽そうな茶髪のぼさぼさ頭の青年がビデオカメラを構えている。どうにも知り合いには見えない。

「ちょ、ちょっと、何撮ってるんですか?」

 ドア越しに聞く。安アパートの薄いドアだから聞こえるはずだ。

「え? 何って、動画」

 青年はそっけなく答えた。

 そんなことは分かっている。聞きたいのは撮っている対象だ。

「夜中に他人を訪ねてきて、いきなり動画撮影とはどういう了見ですか!?」

「え? 何って、ボクは動画撮影が仕事で――」

 そう言うと、彼は自分がなんたらチューバ―で、再生数が幾つで、その広告料で稼いでいると説明しだした。私にとっては至極どうでもいい話だったが、彼にとってはそれが世界での彼の地位だとでもいうように尊大ぶって話した。

 要するに、彼はインターネットに動画投稿して、その広告料で稼いでいる輩らしかった。私としては、最も忌避すべき相手だが、不信感を与える訳にはいかなかった。

「……それで、あなたはどうしてこんな夜中に来たんです?」

 そうだ。まともな考えのある者なら、こんな深夜に他人を訪問したりしない。

「――いや、さっき言ったでしょ? 動画を撮るのが仕事だって」

 説明になってない。社会を舐めきったような口調に腹が立つ。

「真夜中に見知らぬ他人を訪問するなんて、非常識です!」

 私は静かにだが、はっきりと聞こえるようにそう言った。

「そんな、真昼間に行っても面白くないじゃん」

「は?」

「だからね……今心霊スポット巡りの動画を撮ってて、この部屋が凄いらしいって聞いて――」

 私は呆れた。なんと勝手な若者だろう。

 要するに、心霊スポットの動画を撮っていて、この部屋にも幽霊が出るという話だから「取材」したいらしかった。彼が言うには、この部屋で自殺した女の幽霊が夜な夜な出るのだという。――だが、もちろん私は見たことが無い。

「そんな物出ません。お帰りください」

「え~? そんなこと言って、出るんでしょ? ちょっとだけでいいから……撮らせてよ!」

 予想以上にねちっこい。

 こんな時間にこのまま通路で長話させておくのもまずい。さて、どうすべきか。

 私は思案した。

 とりあえず、撮影はなんとしてもやめさせるべきだろう。

「撮影はお断りします。聞きたいことがあるというのなら、まずビデオカメラを下ろしてください」

「ちぇ…………ケチ」

 彼はいかにも渋々といった様子で、構えていたビデオカメラを下ろした。悪戯を大人に指摘されて、仕方なく謝る子どものようだ……実際、頭の中身は子どもなのだろう。

 私はドアを開けた。

 そうして見ると、極彩色に彩られた安っぽくてその癖気取った服装がよく分かる。

 彼は私の許可を待たずにずかずかと玄関に入ってきた。

「アンタが……高村拓海さん?」

 おそらく、表札の名前を読んだのだろう。私はそれに答えず言った。

「ビデオカメラ、貸してもらえますか。さっきまでのデータは残ってますよね?」

 命令口調ではないが、有無を言わせぬ口調だった。

「え? 部屋の中は撮ってないんだからいいでしょ?」

「さっき、私がいいという前に玄関に入りましたよね? 不法侵入で訴えられたかったらどうぞ……きっとその方が話題になって、今までの動画の再生数も稼げるでしょう?」

「……はいはい、ケチだなあ」

 男は悪びれる様子もなくビデオカメラを差し出した。

 私はそれを受け取ると、録画されたデータを消す。知らない型だったが、なんとなくいじっているうちに消去する方法は分かった。動画を消すと即、電源を落とした。

「なあ……せめて部屋の中を見せてくれないか? このまま成果ゼロで帰りたくない」

「一切、録画も録音もしない、というのであれば」

 正直、この男にこれ以上関わりたくはなかった。だが、下手に拒絶して駄々をこねられても厄介だと思った。

「あ~、はいはい。分かりました。じゃ……カメラ返して」

「これはここから帰る時にお返しします」

「いやさ……少しは信用してくんない? ボクはパパラッチとかじゃなくて、個人で慎ましやかな動画撮影を営んでいるだけなんだからさ」

 こんな状況で、信用できるか!

 確か、先程見た時計は深夜1時半を指していた。

「いえ、正直言うと散らかっている部屋をあまり見せたくは無いので……」

 私が部屋の廊下奥に向かうと、青年は付いてきた……が、途中でドアを開けてトイレ等を覗き始めた。

「ちょっと、やめてください!」

「いや、見せてくれるんでしょ? だったら、見られるだけ見ないと……」

「いくら見ても、幽霊なんて居ませんから」

「ホントかなあ……大家に口止めされて黙ってるだけじゃないの?」

 そう言うと彼は下卑た笑みを浮かべた。ボクは有名動画配信者だから知ってるんだぞ、そういうのはよくあるんだからな――そう言いたげな笑い方だ。

 こいつとはこの場で会ったのでなくとも、仲良くはしたくないな――私はそう思った。

「事故物件って知ってる? その部屋で人が死んだりすると、次の人に告知義務があるんだ――」

 彼はそう自慢げに語りだした。どうやら自身の知識を披露して心理的優位に立ちたいらしかったが、そんなものかえって卑小に見せるだけだ。

 私は軽蔑を込めた眼差しで彼を見つめたが、語っている自分に酔っているのか、彼には何の効果も無かった。

「でさ……ここからが重要なんだけど、そんな部屋に次に住む人には告知義務があるわけよ。でも、その次にはそれがない。それを利用して短期間だけ部屋に住ませるバイトが――」

 彼はまだ語っていた。

 もっとも、これは私には好都合だった。その方が見せたくない物を見られずに済む。

 彼は脱衣所に行くと、今度はバスルームの扉を開けながら話している。

「そんなところ見ても、何もありませんよ」

「いやいや、ボクは鋭いんだ。素人なら見逃すだろうけど、昔霊能者に見てもらった時に凄い霊感があるって言われてね……」

 100%インチキだろう、その霊能者。

 そうは思ったが、口には出さなかった。

 本人がどう思おうと勝手だ。害が無ければそう思わせておけばいい。

「じゃあ、ホントに居るみたいだったら、今度は撮影してもいい?」

「はい?」

 自分でも間の抜けた声だと思った。

 いつの間にやら、彼の頭の中では「交渉」が進んでいたようだ。

「だからさ、ボクが幽霊の存在を感じて、居るって断言したら取材させてもらえない?」

 さて、どう答えようか。下手に断るのも逆効果か……それなら……

「それは…………常識的な時間で、事前に連絡していただければ」

 私は固定電話の傍にあったメモ用紙とペンを手にすると、電話番号を書いて渡した。番号はもちろん嘘だ。この部屋の番号など教える気も必要もない。

「今時、固定電話ねえ……」

「気に入らないなら、しなくて結構です。その代わり、取材には一切応じませんが」

「あ~分かった分かった。今度来る必要があれば電話するよ。それでいいだろ?」

 彼は不満を隠す様子もなかった。出会ったばかりの他人に少しは遠慮しろと言いたい。

「それで結構です。もっとも、一通り見ても幽霊など居ないと思いますが」

「い~や、居るね。ボクの第六感がそう告げてる」

 全く、何の根拠があってそう言ってるんだか――そうは思ったが、この男の「お遊び」に付き合って穏便に済ませるのが手っ取り早いことは確かだ。ここは我慢すべきだ。

「ここは自殺した女の幽霊が居付いてて、借りた人もすぐに出ていく呪いの部屋だってネットでは有名なんだ。だから――」

 インターネットのその手の話など、根拠は乏しい。仮に以前借りた人が自殺していようが、それがなんだと言うのだ。人は死んだらそれでお終い、その先はない。

 キッチンを横切り、リビングに入る。

 彼はキョロキョロと辺りを見回していたが、正直やめてほしかった。

「なんだ。全然片付いてるじゃないか……あれ?」

「どうしました?」

 私は彼をにらむようにして言った。いや、実際睨んでいたかもしれない。一刻も早くこの部屋から出て行ってほしかった。

「アンタ……見かけの割に可愛い趣味してるな。このカーテンの柄とかさ……」

「彼女に選んでもらったので。私はそういうセンスは無いので」

「へえ、彼女居るんだ」

 彼は意外そうに言った。確かに居たが、それのどこが悪い。

 そう、元はと言えばその彼女のせいだ。

「お、おい……ちょっと」

 彼はこちらを無視して、リビングの隣の寝室へと入る。まずい。

 寝室には当然の如くベッドが置かれていた。

 彼はベッドの脇のクローゼットの所に行った。

「これで最後ですよ。本当に、何も無かったでしょう?」

 私は彼の傍に行くとそう言った。

「おかしいなあ……ボクの霊感が外れるなんて」

 彼は頭をぼりぼりとかきながらそう言っている。第六感か霊感なのかなんなんだ。

「でも、この部屋が最後ですし……」

「いやもしかして……よっ、と」

「駄目だ!」

 彼はクローゼットを開こうとした――が、少し開いたところで私が止めた。彼の手を引きはがして、クローゼットを強引に閉じる。

「ひえっ!」

 彼は情けない声を出して、床に尻もちをついた。

「あった……目が…………確かに」

 なんということだ。とうとう見られてしまった。だが――

「ホントに居たんだ……アンタにも、見えただろ?」

 彼は座り込んだままそう言うと、こちらを向いた。

「いいえ。私には見えませんが……見える人には、本当に見えるみたいですね」

「女の……目があった……アンタには、見えないのか?」

 彼は怪訝な顔をしている。

「ええ、私には見えません。見えませんが、以前来た同僚には見えたみたいで……その同僚も随分怖がっていたから、これは言わない方がいいと思ったんです」

「い、言わない方がいいって……い、居るんだぞ! 幽霊が、確実に!」

 声が震えている。やはり霊感なんてのは嘘だ。

「ですが、見えない私には何の害もありませんので……」

「み、見えないからって、が、害が無いとは限らないじゃないか!」

 最後の方はほぼ悲鳴に近かった。


 その後、立ち上がれなくなった彼に肩を貸してリビングまで運んだ。

 リビングのソファに座らせるとコーヒーを入れてやったが、口を付けずガタガタと震えていた。

 30分後、ヨタヨタとではあるが立ち上がって歩けるようになったので玄関まで送った。

 早く引っ越した方がいい――そんな捨て台詞を残していった。


「ふう」

 私はようやく肩の荷が下りた気分で落ち着いた。

 だが、本当に面倒なのはここからだろう。

 クローゼットを開けると、の死体がそこにあった。

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