現在⑫

 わたしの前に、いつもの刑事が座る。

 口角の下がった、疲れ切った刑事は、しかし今日は目に怪しい光をたたえて、この部屋にやってきた。

「先日、あなたに面会に来た記者を覚えているでしょうか」

 吐しゃ物を投げつけたことを思い出し、わたしはうっすらと笑みを浮かべた。あの後、彼女はどうしたのだろう。半泣きになりながら、警察署の中で顔を洗ったのだろうか。崩れた化粧のまま、顔を歪めて帰ったのだろうか。

「私たちはDNA鑑定を行いました。千葉県の焼死死体と、あの記者と、藤岡弓子と、あなたの血縁関係を調べました」

 わたしは目を閉じた。

 るり子と出会って、彼女に魅せられてから十四年。仕事も友人も住んでいた街も全て捨てて、るり子だけを選んで、逃げた四年。長かったのか、短かったのか、今になってはよく分からない。ずいぶん遠いところまで来てしまった、とだけ感じる。

 気持ちは、とても穏やかだった。

 まるで、春の日に桜の下で寝転んでいるように、何も怖くなかった。

「あなたと、記者の――辻村茜の姉妹関係が証明されました」

 刑事が冷たい目を向けてくる。

 四年間遺体と暮らし、愛する人の顔を手に入れ、相手を殺してしまったわたしを、この刑事はどう思うのだろう。歪んだ愛情を持った、気のふれた女だと思っているだろうか。他人の殺人をきっかけに人生を変えてしまって、なんて哀れな人間だと思っているのだろうか。

 けれど、きっと誰にもわからない。

 本当のこと。本当のわたし。絶対にわかりっこないと確信できた。

 この四年間が、どれだけ幸福に満ちたものだったか。

 わたしはとびっきりの笑顔を作った。愚かで、打算的で、けれど人を惹きつけてやまない、美しいるり子の顔で。

 わたしは、圧倒的な全能感に、頭のてっぺんから足先まで満たされていた。明るい日の光に全身が包まれているようだった。体の細胞のひとつひとつが、悦びに声をあげる。

 これから先、何があろうと、わたしはなにひとつ失わない。何も怖くない。たったひとつ必要なものは、愛する人は、わたしの一部となって共にいるのだから。

「辻村優。あなたを、殺人と死体遺棄の疑いで再逮捕します」

 わたしは天井を仰いだ。

 窓はないけれど、わたしには外の空気が分かる気がした。今は三月。長い冬が過ぎて、風の鋭さがやわらいでくる。

 もうすぐきっと、春だろう。



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早贄の森 南部りんご @riogon

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