第3話 真実編

屋敷を出るとき、例の小さく質素な扉が気になった。

それは地下室にでも通じているかのような豪華な屋敷に不釣り合いの扉だった。


「ここはなんの部屋ですか?」

私が何気なくそう聞くと、老人はなにやらソワソワとしはじめた。

「なんでもない! さあ、用事が済んだら帰っておくれ!」

さっきまでの親切な態度とはまるで違って不機嫌になり、屋敷の扉まで追い立てられた。


私は、その時その質素な扉に墨のようなもので小さく乱暴に「真実の扉」と書かれているのを見逃さなかった。

「あの部屋を見せてください!」

私は老人を押し退けると、その質素な扉を開いた。

「い、いかん!」

老人が後ろから私を羽交締めにしたがもう遅かった。


扉を開けると、中から強い光が漏れ出している。

その部屋に飛び込むと、不思議なことが起こった。


「私はお父様の玩具じゃありませんのよ!」

例の蝋人形にそっくりな女性が、泣きながら叫んでいる。

「いかん! 何がお祭りだ! 何が男だ! おまえにはピアノがあるだろう! 家から一歩も出さんぞ! さぁ! ピアノを弾きたまえ!」

まだ若い老人が彼女の頬ぶった。

「あぁ、あたくし、ピアノなんて弾きたくありません! ピアノなんて!」

老人は、床に突っ伏して泣き崩れる彼女の脇に手を入れて抱え起こし、ピアノの所へ引きずっていく。

「いや! いやよ! 離して! 離して!」

無理やりピアノの前の椅子に座らされた彼女は、思い詰めた顔をして懐に隠してあったナイフを取り出した。

「こんな手があるから……こんな手があるから!」

彼女はそうつぶやくと左手に持ったナイフで自分の右手の人差し指をブツリと切り落とした。

「あー、なんということをするのだ!」


そうかと思えば、場面はくらりと変わる。

右手の指に包帯をまいた彼女が、老人に鞭うたれ、泣きながらピアノを弾いている。

「違う! どうしてそんな音しか出せんのだ! 一からやり直しだ!」

真っ赤な顔で怒鳴りつける老人。

しかし、何度やってもうまく弾けるはずがない。

右手の人差し指がないのだから。


「もう弾けません!」

彼女は両手を鍵盤にたたきつけ、勢い良く立ち上がった。


「今まで大切に、大切に育ててきたのに……」

老人は、そう呟いて立ち尽くしている。

彼女は、落胆している父親の哀れな姿など目に入らぬように、その場から立ち去ろうと席をあけた。

「用はない……ピアノを弾けぬ娘になど用はない……」

老人はうわごとのようにつぶやきながら、部屋を出ようとする娘の後ろをゆっくりと追う。

「ピアノを弾けぬ貴様に用などなぁい!!」

老人は狂ったようにそう叫び、娘から取り上げていたナイフで娘の脇腹を突き刺した。

彼女の純白のドレスに、大きな赤い模様が広がっていく。


私を羽交い絞めにしていた老人は、私の前に立ちはだかり、「これは違う! こんなのでたらめだ!」と騒ぎ立てた。


ちょうど、彼女を模した人形が、ショパンの革命を弾き終えたころ、私はハタっと目を覚ました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢の中のピアニスト はぬろ〜 @kokuzo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ