第2話 解決編

「やぁ。ようこそおいでなすった」


映画でしか見たことのないようなギィィィと音がする大きな扉を開いて現れたのは、白髪の老人だった。

まさにおあつらえ向けといった人物で、銀の丸メガネを鼻にかけ薄汚れた白衣を着ている。


「ここに客が来ることはめったにありませんで、不慣れなことをお許しくださいよ」

老人はそういって私を中に入れた。


扉のなかはロビーがあり、両端に二階へ上がる階段が備え付けられており、階段は廊下となって正面でつながっている。

その中央に、高い天井からつられたシャンデリアがあるが、点灯はされておらず、ロビー内は薄暗かった。


「お茶を用意します」

そう言って奥へ入っていこうとする老人を呼び止める。

「いや、それには及びません。この池の向こうの施設についてお聞きしたかっただけなので……」


老人は、池の向こうと聞いてピクリと体を震わせた。

「あぁ、あなた、あれを御覧なさったのか」

ゆっくりと振り向きながら老人はため息をついた。


「はい。ここは公園か何かですか?」

私は、よく考えてみると、どうしてこんなところにいるのか、ここがどこなのか、さっぱりわからなくなっていた。

それはそうだろう。そこは夢の中だったのだから。


「はい。公園ではあるんですがな、この土地は、全部私の私有地なんですよ。ただ、わし一人で使うにはあまりにもったいないのでな。そこで公園として解放して、ピアノの演奏を聞いてもらっておるんです」


老人は階段の裏に置かれた、木でできた丸椅子を二つ引っ張り出し、私にすすめて自分も腰かけた。

ロビーの正面と左右にはほかの部屋へと続く扉があったが、この時から私は右側の扉になんだかとくに引き付けられていた。正面と左側の扉に比べて、小さくて飾りの彫刻も施されていなかったからかも知れない。


「時間になると自動で演奏してくれるんですね」

「はい」

「あの……」

私は、右手の包帯について話し出すのに、どうしてだか勇気を振り縛る必要があった。

明らかに不自然だが、なんでもない理由で笑われはしないかという点でだろうか。


「あぁ、よくお気づきになられましたね。実は、あの人形には悲しいお話がありましてね。いいかな?」

老人は一言断ると、胸のポケットから取り出した立派なパイプに火をつけてプカプカとふかした。


あれはわしの娘なんです。

彼はそう言って長い話を始めた。


老人には、一人の美しい娘がいた。

彼女は小さいころからピアニストを目指し、毎日毎日ピアノの練習に励んだという。

そんな彼女の夢は、この大きな屋敷の庭に小さな演奏室を建て、毎日通りかかる人にピアノを楽しんでもらうことだった。


ところがある日、彼女を悲劇が襲う。

ピアニストとしては命よりも大事な右手の人差し指を、交通事故で失くしてしまったというのだ。

さらに、その不幸を受け止めきれず、彼女はみずからその命を絶ってしまった。


「あぁ、そのときわしは生きる希望を失いました」

老人は、ボロボロと目から涙をこぼし、うつむいてそう言った。

かと思うと、ぐっと顔上げ、私をみて言葉を継いだ。


「しかしですな! まだわしにはやらなければならんことがあったのです!」

「な、なんですか?」

「娘の夢をかなえてやることです!」

老人は、顔を真っ赤にして立ち上がった。


そこで老人は池の向こうに演奏室をこしらえ、娘と生き写しの蝋人形を座らせて演奏会をさせるようになったのだ。

もちろん、生前娘さんが着ていたドレスを着せて。


なるほど。

それなら右手の指に包帯をしていることも、服がお古なのも、わからなくはない。

でも、どうして悲しい表情をしているのだろう?


「あぁ、やはりあなたにも、娘の表情が悲しげに見えるのですね?」

老人は、それが意図したことではないように私に聞いた。

「そういう風に作ったのではないのですか?」

私がそう返すと、老人はヘソを曲げて声を荒げた。

「そんなことをするものですか! 私は国から一流の職人を呼び寄せて、娘の笑顔を完璧に再現させたのです! な、なのに……」

彼女の表情は、笑顔というにはさすがに程遠かった。


「わしが思うに……」

しばらく間があって、落ち着いた老人が再び話をはじめた。

「わしが思うに、娘はまだ指を怪我したことを無念に思っているんでしょう……ピアノの他にはなんの取り柄もない子でしたから。男も知らず、父親思いで夢一筋のいい子でしたから……」


老人が話を終えると、遠くで「ショパン」の「革命」が奏でられている。

午後の演奏会がはじまったのだろう。

「そうですか。そんなことがあったんですね。いや、込み入ったことまで詳しくお話しくださってありがとうございました。」

私は、ゆっくりと丸椅子から立ち上がった。

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