ギルド職員奮闘記 パーティー追放事案を予防せよ!

銀星石

資料館のギルド職員

 大草原を一直線に貫く交易路。その道中にぽつんと生えた樹木のもとで馬といっしょに行商人が小休止している。

 不意に、草原に影が差す。行商人は通り雨を心配し空を見上げる。

 空にあったのは雨雲ではなかった。島と見紛うほどの巨大な船だ。


「なんて大きさだ」


 各国との取り決められた航路上を進むそれの名はアドベンチャー号という。

 今から100年前、世界を救った勇者と聖女が冒険者ギルド創立に関わった際、二人はギルドの移動本部としてこの巨大な飛行体を建造した。

 驚くべきことにアドベンチャー号の表層部にはいくつもの建物があった。これは空を飛ぶ都市なのだ。


 アドベンチャー号表層部都市の一角には資料館と呼ばれる部署が存在する。そこでは世界中の冒険者の活動によって判明した様々な情報が保管されている。魔物の生態、ダンジョンから発見された古代文明の技術、魔法や武術の習得法などなど。それ以外に、過去に発生したクエストの記録や、冒険者たちの個人情報などもある。

 ギルド職員のコウジとハトミは資料館の管理と、保管されている情報から新たな知見を探し出すのを業務としている。


「うーん?」


 ある日、コウジは仕事中に怪訝そうな唸り声を上げた。


「コウ君、どうしたの?」


 ハトミが尋ねる。


「これ、今年にはいって階級が降格されたパーティーの一覧なんだけど、ハトちゃんも見て」


 コウジに渡された資料をハトミは読む。するとみるみるうちに彼女の表情が険しくなる。


「これ、まずいわね」

「やっぱり、ハトちゃんもそう思うよね」

「もちろんよ。だって今年だけで5組も英雄級パーティーがクエストの連続失敗で降格処分を受けているのよ」

「さすがにこれは異常だよね。どうして……」


 コウジの言葉を遮るかのように、彼の机にある魔法電話がジリリリリンと鳴り出した。コウジは受話器を取る。


「もしもし?」

「セレンです。コウジ様、あなたの妻となる準備が整いました。さあ結婚いたしましょう。我が国とのつながりは勇者の使命を果たす上で損はないかと……」

「間に合ってます」


 ガチャン。コウジは受話器を置いた。


「なんの電話?」

「押し売り」


 次は、ハトミの机の魔法電話がジリリリリンと鳴り出した。


「もしもし?」

「ホロンです。ハトミ様、選出会議の結果、満場一致であなたが次の教皇に決まりました。聖女として、どうか迷える我が国の民をお導きください」

「お断りします」


 ガチャン。ハトミは受話器を置いた。


「なんの電話?」

「宗教勧誘」


 二人は揃ってため息をつく。


「ともかくハトちゃん、この問題はまだ小さいうちに対処しよう」

「そうね。このままじゃ冒険者全体の信用を失ってしまうもの。この業界が衰退するのは看過できないわ」


 二人の表情は深刻そうだ。


「降格された元英雄級パーティーから聞き取り調査しましょ。私は西に行くから、コウ君は東をお願い」

「わかった」


 二人が出かけるための仕度をしていると、誰かが扉をノックする。

 どうぞと入室を許可すると、まだ少女の面影を残す若い女性が入ってきた。


「失礼します! この度、資料館の配属となりましたシャロン・ブルースターと申します! 勇者と聖女の元で働かせていただき、大変光栄……」


 シャロンと名乗った彼女はガチガチに緊張していた。


「丁度いい。僕とハトちゃんは聞き取り調査で2,3日空けるから電話番を頼む」

「変な電話は容赦なく切っちゃっていいからね」

「え?」


 コウジが壁にあるボタンを押すと資料館の天井が開いた。

 コウジとハトミの体が炎のような魔力オーラに包まれると、二人は空へ飛び上がった。その数秒後、ドーンと飛行の魔法で音速を超えた音が聞こえてくる。

 天井がゆっくりと閉じる。そこでようやくシャロンは我に返った。


「え?」


 まだ状況を把握しきれないシャロンに、情け容赦なくコウジとハトミの机にあったそれぞれの魔法電話が同時に鳴り出す。


「え?」


 それからシャロンは地獄のような3日間を経験することになる。後世では、冒険者ギルドきっての女傑が生まれたのは、このときの経験が発端であると言われている。


「シャロンちゃん、ただいまー」

「今帰ったよ」


 大陸の西と東へ向かった二人は同時に帰ってきた。


「コ”ウ”ジ”さ”ま”あ”あ”あ”あ”あ”あ”! ハ”ト”ミ”さ”ま”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」


 顔面から出てくる全てを垂れ流しながらシャロンが待っていた。


「もー! あれからすっごい大変だったんですよ! 各国の重鎮からひっきりなしに電話がかかってきて! とくに騎士王国のセレン王女と聖教皇国のホロン教皇は、直接やってきて、すごい剣幕でお二人はどこだ! お二人を出せって言ってきて!」

「あらー、ちょっと可愛そうなことしちゃったわね」


 ハトミはシャロンを抱きしめてよしよしと慰める。


「それで、聞き取り調査の結果はいかがでしたか?」


 落ち着いたシャロンが二人に尋ねる。


「結論から言えば元英雄級パーティーが瓦解したのは、戦力の中核となる仲間をパーティーから追放したのが原因だった」


 コウジの言葉にシャロンは首をかしげる。


「わざわざ中核を追放するということは、よほどのことなのでしょうね。人間関係のトラブルでしょうか?」


 冒険者は実力主義の業界だが、常に他人と協力して仕事に当たらねばならないため、人間性も求められる。それに劣る者は、100年に一人の天才だろうと切り捨てられるのが常だ。


「それがねえ、どうも彼らはパーティーで有能な人を無能だと思いこんで追放したんだ」

「普通、そんな勘違いあるのでしょうか? その人達は変な葉っぱでも吸っていたのでは?」

「いや、彼らはノードラッグだったよ。彼らは本気で優秀な仲間を無能だと思いこんでいたんだ。これには理由があった。追放された冒険者はみな、世間一般のイメージとは違う部分で優秀だったんだ」

「それはどういうことでしょう?」


 シャロンは今ひとつ腑に落ちない様子だ。


「たとえば、シャロンは優秀な冒険者と言ったらどういう人だと思う?」

「剣の達人であったり、色んな魔法を使える人を想像します」

「そうだね。それが強い冒険者の一般的なイメージだ。でも、追放された人たちはそうじゃない。味方の支援や敵の妨害、作戦の立案や索敵などの縁の下も力持ち的優秀さだったり、一つのことしか出来ない分、それに限ってはとてつもなく優秀だったりした人たちだ」


 追放された者たちは間違いなく天才といっても遜色ない実力を持っていた。しかし、大勢が正しいと考える評価基準とずれていたために、無能と判断されてしまったのだ。


「ですが、いくら一般的なイメージとずれがあっても、その人の働きぶりを実際に見れば、いずれその優秀さに気づくのでは?」

「そこなんだよ、追放された人は特定の分野では最高峰の人材なのに、追放した当人たちは中の下くらいの実力だと思ってたんだって。当事者いわく、「いつもこのくらい出来て当然と言ってたから、そういうものだと思ってた」だとか」

「コウジ様のお話を聞く限り、この件は単に追放した側だけの問題ではなさそうですね」

「そうだね。というわけで、今度はその追放された方の聞き取り調査をするよ」

「え」


 シャロンの顔が硬直する。


「また僕たちは2,3日空けるから留守番を頼むよ」

「こんどはお土産買ってくるから楽しみにしていてね」

「待ってください!!」


 シャロンは悲痛な叫び声を上げる。


「聞き取り調査だけなら、各地にあるギルド支部の人達にお願いすれば良いじゃないですか!」


 ここでコウジとハトミを行かせてしまったら、またあの地獄がやってくるかもしれない。シャロンは断固として二人を止めるつもりだ。


「えー」

「えー」


 が、二人はあからさまに不満そうな顔をする。


「えー、じゃありません! 有事のときはどうするんですか!」


 その時、地震が起きた。いや、違う。ここは飛行都市船であるアドベンチャー号だ。そもそも地震など起こり得ない。ならば、この振動は別の要因だ。

 三人は資料館から外へ飛び出して、空を見る。何かがアドベンチャー号の魔力バリアを攻撃していた。


「あわわわわわ! ド、ドラゴンですよ!」


 シャロンが指差す先には漆黒の鱗に包まれた龍がいる。この距離でもはっきり姿が見えるので相当な体躯だ。

 ドラゴンは黒い火球を口から連射し、魔力バリアを破壊しようとする。


「ずいぶんとわんぱくな子だね」

「バリア壊しちゃいそうよ」

「かもね。流石に二人がかりはあのドラゴンが可愛そうだから、どっちかが対処しよう」

「そうね、じゃんけんできめましょ」


 二人で協力するのではなく一人でドラゴンと戦う。しかも呑気にどちらかをじゃんけんで決める有様。もはやシャロンは絶句するしかなかった。


「僕の勝ちだね」

「ちぇー」


 じゃんけんに負けたハトミは飛行の魔法で黒ドラゴンの方へと向かう。

 直後、黒ドラゴンは魔力バリアの一部を破壊し、内部へと侵入する。


「こら! バリアを壊しちゃ駄目でしょ!」

「聖女ハトミ・アカギか! 貴様と勇者コウジ・クロイを殺し、全ドラゴンの頂点に立ってやる」


 黒ドラゴンの口から炎が漏れ出る。文字通り気炎を吐くというやつだ。

 ハトミは黒ドラゴンをまじまじと見る。禍々しくねじれた角、剣のように鋭く大きな牙。両の眼は邪眼のごとく、か弱き者たちを恐怖でがんじがらめにするだろう。


「あれ? もしかしてゲンティアナさんところのクロタロウ君? わー、しばらく見ない間に大きくなったわね」

「それは我の力を封じるための偽りの名だ! 我が真なる魂の名は暗黒邪竜ファブニールである!」

「ああ、そういう時期なのね」


 ハトミは察した。


「ねえクロタロウ君。そういう事してると、大人になった後、ふいに思い出して辛い気持ちになるわよ」


 若気の至りでやったことを、後に恥ずかしくなって悶絶するのは全知的生命体に言えることだ。


「ええい、うるさいうるさい! あとそんなダサい名で呼ぶな!」


 クロタロウは口から黒い火球をハトミに向かって発射する。

 ハトミはただ振り払うように右腕を動かしただけだ。ただそれだけで、ドラゴンが放つ火球が霧散する。あらゆる魔力の関わる現象を打ち消す、対抗の魔法を使ったのだ。


「危ないでしょ! 人にあたったらどうするの」

「矮小な存在の生き死になど我に関係ない!」

「もう! 聞き分けのない子はお仕置きよ! めっ!」


 ハトミの人差し指から「めっ!」というよりも「滅ッ!」といった極光が放たれる。


「ほぎゃああああああ!!」


 極光の魔法は純粋な殺傷力を付与した魔力を投射する攻撃魔法だ。使い手によっては敵を塵一つ残さず原子分解する無慈悲な威力を発揮する。

 だが、ハトミは尋常ならざる魔法制御力によって、威力を即死する一歩手前まで抑えた。


「あ、あば……」


 クロタロウは白目をむいて落下する。彼がアドベンチャー号表層の都市部に落下すれば甚大な被害をもたらすだろう。そこでハトミは物体を操る念動の魔法で黒竜の落下スピードを和らげた。

 ついでにハトミは回復の魔法を使い、ドラゴンの生命力をもってしても完治に数ヶ月はかかる重症を一瞬で治療する。

 それからしばらくして、クロタロウの保護者がやってきた。


「この度はうちの子が皆様に御迷惑をかけて、本当に申し訳有りませんでした」


 竜聖母ゲンティアナは心から申し訳無さそうにペコペコと頭を下げて謝罪した。


「クロタロウ君は、本当は素直で優しい、いい子なんです。ただ今は反抗期と言うか思春期と言うか、若気の至りでこういうことをするようになってしまって……ほら、クロタロウ君もちゃんと謝りなさい」

「ご、ごめんなさい」


 反省半分、殺されかけた恐怖心半分からクロタロウは素直に頭を下げた。


「ケジメとして、角を詰めて贈らせていただきますので、どうかこの子を許してください」


 ゲンティアナは自らの角を折ってハトミに差し出した。体の一部を差し出すのは、ドラゴンにとって最大級の謝意を示す作法だ。


「別に、お仕置きは終わったからそんな事しなくても許しますよ」

「何をおっしゃいますか。ハトミ様とコウジ様に助けていただけなかったら、私の血族は絶滅していたところです。あのときの御恩は永遠に忘れません」

「まあ、そこまでいうのなら」


 ドラゴンの、しかも竜聖母の角となればあまりに貴重すぎて金銭価値に置き換えられないほどだ。

 しかし考えても見てほしい。仮に途方も無い貴重品になるとは言え、ヤクザから詰めた指をもらって素直に喜べるだろうか? ハトミが遠慮ぎみなのはそういうことである。

 とはいえ、無駄にできない品であるのは確かなので、あとでギルドの技術研究部にでも渡しておこうとハトミは思った。


 こうして反抗期と中二病を同時発症しているドラゴンが起こした騒動は無事に解決した。

 その後、ドラゴン襲撃のようなことがあったときに備えてほしいとシャロンに泣きつかれ、結局コウジとハトミは支部の職員に調査してもらうことにした。

 およそ4日後にパーティーから追放された冒険者たちの聞き取り調査が完了した。


「なるほどねー、師匠や身内にもっとすごい人がいたから、自分が超一流の実力を持っていると実感できなかったのね」


 彼ら彼女らは、歴史に名を残すほどの武芸や魔法の達人が身内にいたり、あるいは師匠がいて、そのせいで「出来て当然」の水準が世間一般と大きくかけ離れてしまったのだ。

 ましては追放冒険者の優秀さは一般イメージとズレている。それで自分を卑下していれば誤解されるのも当然だった。


「僕は美徳というにはあまりに謙虚がすぎると思うな。そのせいで失敗するクエストが出る遠因になっている」


 彼らが謙虚すぎるがゆえに、元英雄級パーティーは増長して仲間追放し、本来なら成功したはずのクエストを失敗した。第3者にとっては「ざまぁ」と笑える話になったろうが、クエストの依頼人にとっては冗談では済まされない。


「それで、この件についてどうされるのでしょうか?」


 シャロンの問いにハトミが答える。


「もちろん、対策を立てるわ。冒険者の実力がもっと客観的にわかりやすくしたり、一芸に秀でた人たちも評価される仕組みが必要ね」

「そうだね。これじゃせっかくの才能が埋もれたままになる。それに、追放された人はまだ運が良い」

「運が良いとは?」


 シャロンはコウジの言葉に首を傾げる。


「降格された元英雄級は、実力だけじゃなくて人を見る目もなかったから超一流の仲間を追放した。じゃあ、見る目がある人がいたら? しかも、その人がずる賢かったら?」


 その言葉にシャロンはコウジが何を言いたいのかを理解する。


「あ! 名声や報酬のために、自分の実力を自覚していない冒険者を利用するのですね」

「そういうこと。英雄級の実力を持つ人が、不誠実な人たちの利益のためだけに働かされる状況は健全じゃない」


 優秀でない冒険者たちに下駄を履かせるためだけに、優れた才能が浪費されるのは冒険者ギルドとして感化できない。


「それで、コウジ様とハトミ様はもう何か対策を考えていらっしゃるのですか?」

「模擬戦や能力測定を行って、冒険者の能力を数値化した表を導入しようと思うの。言うなればステータス表ね」


 冒険者の実力が具体的に数値化されれば、パーティーに必須の仲間を無能と誤解することもなく、また過度に謙遜して実力を誤解されることもない。パーティー内の実力差も可視化されるので、優秀な冒険者を搾取するパーティーを見つけやすく、冒険者ギルドが解散命令を出す根拠にもなる。


「こういうのは色んな意見が必要になってくるから、シャロンもドンドン思いついたことを言ってくれ」

「はい! 任せてください!」


 そうしてコウジ、ハトミ、シャロンはステータス表の策定を始めた。


「使える魔法の一覧は当然として、魔法の同時発動数や発動速度も記載する必要があるな」

「模擬戦の方は一定時間の命中、回避、防御の成功数で評価しましょう。問題は攻撃の威力の評価ね」

「強度の異なる標的を用意して、頑丈な標的を破壊できるほど高評価というのはどうでしょうか?」


 また、ステータス表の導入に備え、冒険者ギルド内の各種根回しも合わせて進めていった。

 これにはシャロンが活躍した。何事も新しい事を始めようとすれば反発が生まれるものだが、彼女は相手に合わせて慎重に言葉を選び、ときには現ギルド長の孫という立場すら利用して組織内を絶妙なバランス感覚で立ち回っていった。

 そのおかげでステータス表に反対していたギルド幹部も、運用の試験期間を設けるのを条件に渋々ながらも了承した。

 ステータス表の導入準備を始めてから半年。根回しを進めていくうちに、いつの間にかシャロンは自らの派閥を持つようにすらなっていた。


「いやー、シャロンが来てくれたおかげで、今までよりも格段に仕事がしやすくなったね」

「今までは組織運営の欠点とか改善点を指摘しても、大抵は素直に聞いてもらえなかったものね」

「今回ばかりは強引に進めないとダメかなと思ったけど、あの子のおかげで遺恨なくステータス表を導入できそうだ」


 午後の小休止で、コウジとハトミはハデルベール茶の香りを楽しんでいた。話題に上がっているシャロンはというと、今は別の部署でちょっとした資料のお使いに行っている。


「緊急事態が発生しました!」


 シャロンが青ざめた顔で戻ってきた。そんな彼女を見るなり、コウジとハトミは露骨に嫌そうな顔をする。


「そんな顔をしないでください! 今回ばかりは本当にお二人の力が必要なのですから!」

「……まあ何があったか教えて」


 コウジは嫌な予感を感じつつシャロンに話を促す。心を落ち着かせると言われるハデルベール茶の香りは、この時ばかりはその効能を発揮できなかった。


「邪神の封印が解かれました」

「あの封印は僕とハトちゃんが作ったやつだ。経年劣化しないし、誰かが解除しない限り安全なはずだ」

「降格した元英雄級パーティーが封印を解除しました。奴らは邪神を倒すことで、再び英雄級に返り咲こうと目論んだのです。当然、一瞬で邪神に殺害されましたが」


 それを聞いたコウジとハトミがしかめっ面になる。


「さらにそれだけじゃありません。って、二人とも耳を塞がないで、話を聞いてください! 魔人帝国でクーデターが発生したのです。首謀者は新しい魔王を自称しています」


 それを聞いたコウジとハトミがめちゃくちゃしかめっ面になる。


「邪神の方は英雄級パーティーのイービルスレイヤーが、新魔王の方は同じく英雄級のフォーチュンサークルが現在対応中です。お二人には彼らの助力をお願いします」


 コウジとハトミはがっくりと肩を落とす。


「あーもう。最近はこんなしょうもない雑用から開放されたと思った矢先にこれよ」

「邪神のほうは僕が受け持つから、ハトちゃんは新しい魔王の方をお願い」


 体から「しぶしぶ」という擬音が出そうなくらい、コウジとハトミはしぶしぶと出発の準備を始める。


「それじゃあ僕たちは行ってくる」

「シャロンちゃん、あとのことはよろしくね」

「はい! 行ってらっしゃいませ」


 いつものようにボタンを押して開いた天井から飛び出したコウジとハトミは、飛行の魔法でそれぞれの現場へと向かった。

 ハトミと別れたコウジは目的地へ急ぐ。勇者や聖女が全力で飛行の魔法を使えば、衝撃波によって地上に甚大な被害をもたらす。そのため、一度成層圏へ上昇してから、目的地へ一直線に進んだ。

 本来なら数日もかかるような距離でも、コウジにとっては1時間程度でしかない。もちろん、彼と同等の能力を持つハトミも変わらない。


 コウジは速度を緩めつつ高度を下げる。予め聞いた話では、すでに現地入りしているイービルスレイヤーが目印を用意しているはずだ。

 白一色となった極寒の地で、唯一他の色があった。森のある地点から真っ赤な煙が上がっている。狼煙だ

 コウジは狼煙のある場所に着地する。

 四人の男女が僅かに驚きを含む視線を向けてくる。


「あなたが勇者コウジ・クロイですか?」

「そうだ。君はイービルスレイヤーのリーダーだな?」


 コウジはイービルスレイヤーのメンバーがある能力を発動させているのに気づく。


「見た所、君たちは魔力バリアを使えるようだね。」


 イービルズレイヤーのメンバーはうなずく。彼らは驚くべきことに平服のままだ。防具と言えば、前衛の一人が盾を持っている程度だ。

 魔力バリアはアドベンチャー号でも使われているが、あれはマジックアイテムで再現したものだ。

 魔力の防護膜を全身に張り巡らせるそれは、現時点で最良の防御術だ。加えて、灼熱地帯だろうと極寒地帯だろうと、それこそ真空中でも平服のままで活動可能となる。事実イービルスレイヤーは極寒地帯だと言うのに防寒具を着込んでいない。


「そうか。ようやく、僕とハトミ以外でも使いこなせる人が現れたか」


 100年前、コウジとハトミは魔力バリアの習得法を公表していたのだが、この惑星の住民が持つ魔力の性質と相性が悪かったため、実用レベルで発動できる者は今まで現れなかった。

 コウジはイービルスレイヤーの中でも特に魔力バリアを使いこなしている冒険者を見つける。


「君は確かリイン・レンバスだね。なかなかの魔力制御だ」


 イービルスレイヤーは全員が英雄級として十分な実力を持つが、その中でもリイナは別格だった。


「リイン、君は以前に無能だからとパーティーから追放されていたね。本当は十分な実力を持っているのに」

「……今でも信じられないんです。私は使えるのは極光の魔法と飛行の魔法だけです。極光の魔法は威力が高すぎるし、飛行の魔法もダンジョン攻略では役に立ちません。魔力バリアだって、傷を受けて仲間に余計な負担をかけさせないために覚えました。こんな私が英雄級だなんて」

「やめるんだ」


 謙虚の度を越した自虐を始めようとしたリイナをコウジは鋭い声で止める。


「自分の実力を正確に把握した上でまだまだと思うのなら構わないが、君は自分を卑下するのに酔っているだけだ。そういうのは人をダメにするという点で、増長しているのと変わらない」


 その時、ガラスをひっかくような不愉快な怪音が空から響いてきた。見上げるとおぞましい生物の大群が邪神を封じていた場所からやってきている。

 天使の醜悪なパロディとも言える姿をしたそれは、邪神が生み出した眷属だ。


「まずは僕に頼らず眷属を倒してくれ。君たちの実力を知りたい」

「「「「はい!」」」」


 イービルスレイヤーが快活に返事して空へと飛び上がる。リインだけでなく、仲間も全員が飛行の魔法を習得していた。速度はコウジやハトミに及ばないものの、邪神の眷属相手には十分な機動力を発揮している。


(魔力バリアに飛行の魔法。これなら最低限、宇宙空間では戦えそうだ)


 空中戦で全方位から敵が襲いかかってくる状況でイービルスレイヤーは適切に対応していた。常に自分たちの位置に注意し、前衛は回復や支援担当に攻撃が及ばないように注意している。

 リインは極光の魔法で応戦している。極力威力を抑えて、仲間を巻き添えにしないよう注意しているが、魔法自体の威力が高すぎるせいで、積極的には攻撃できていない様子だ。

 コウジはイービルスレイヤーに好感を持ち始めた。特にリインはかなり期待できる。彼女は威力の高すぎる極光の魔法しか攻撃手段を持たない自分を卑下しているがとんでもない。

 ”やつら”と戦うならば、極光の魔法は必須となる基本攻撃の一つだ。他の攻撃魔法を使っても魔力の無駄だ。


 まだまだ至らない部分も多く、イービルスレイヤーはコウジの中にある基準に合格していないものの、落第というわけでもない。今後の成長次第では、”やつら”との戦いで戦力となる可能性を秘めていた。

 それからものの2,30分でイービルスレイヤーは無傷で眷属を全滅させた。

 眷属の増援は無い。代わりに1680万色の光をまとった男が現れた。


「ふん。俺の生み出した眷属を全滅させるとはな。下等知性にしてはなかなかやるじゃないか」


 その男こそが邪神だった。

 コウジも飛行の魔法で空に向かう。


「久しぶりだね」

「コウジ! 俺を封印した忌々しい男め!」


 邪神は憎しみのこもった眼差しをコウジに向けるが、すぐにその表情は嘲笑へと変わる。


「残念だったな。一度封印から解かれた以上、俺には封印に対する抵抗力が備わった。貴様を殺し、あの聖女も殺してこの世界を支配してやる」


 もはや邪神はコウジしか見ていない。イービルスレイヤーなどすでに意識の外へ追いやっていた。


「いいや、まずはイービルスレイヤーに戦ってもらう」

「ほう! 自分では俺を倒せないから他の者に戦わせるつもりか」

「いや、別にそういうつもりじゃないよ。そもそも、君を倒さずに封印したのは”とっておく”ためさ」

「とっておく、だと?」

「そう。有望な冒険者を見つけた時、その才能を確かめるための試金石として使うために、君を封印して保存していたんだ。予定より早いけど、イービルスレイヤーの実力を図るために利用させてもらう」

「ふ、ふふふふふ」


 邪神が体を震わせ始める。それから腹を抱えて大爆笑を始めた。


「ま、まさか勇者と讃えられる男がここまで愚かだったとは! この俺を! 世界に暗黒と混沌をもたらす邪神をあろうことか、噛ませ犬代わりに利用できるなどと思いこんでいる! 今まで見てきたどんな愚か者よりも笑える!」


 そんな邪神をコウジは完全に無視して、イービルスレイヤーたちに語りかける。


「君たちが邪神を倒したら、勇者と聖女の力を授ける」

「ほ、本当ですか!?」

「もちろんだ、リイン。とはいえ、その報酬は人々のために戦う義務が伴うけど、良いかい?」

「はい! やります! やらせてください!」


 リインが決意のこもった眼差しで答える。それは他の仲間達も同様だ。


「私は困った人を助けるために冒険者をしているんです。あなたや聖女ハトミのような力があったらと考えたのは一度や二度では有りません」


 リインたちイービルスレイヤーの覚悟が決まった時、邪神も笑いが収まっていた。


「いいだろう。まずは貴様らを相手にしてやる」


 邪神が突進し、イービルスレイヤーが即座に散開する。

 まず、リイン以外の魔法使いが邪神めがけて魔法を放った。炎や雷はもちろんのこと、氷柱による高速質量弾。少なくともこの惑星に生きる存在に限っては高い殺傷力を誇るだろう。

 それら全てが直撃するが、邪神には傷一つついていない。


「そんな! 邪神にも魔力バリアがあるなんて!」


 リインが驚きで叫ぶ。


「だから貴様らは下等なんだ! 魔力バリアなど服を着るのと同じくらい当たり前だぞ!」


 邪神が自身がまとうのと同じゲーミングな色の光線をリインめがけて放つ。見下すような言動をしつつも、邪神は相手の実力を瞬時に見抜き、パーティーの最強戦力を最優先で始末しにかかったのだ。


「あぶねえ!」


 盾持ちの剣士がリインを守る。彼は魔力バリアを盾に集中させることでようやく邪神の光線を弾いた。


「みんな、時間を稼いで! 極光の魔法を使うわ!」


 リインが魔力のチャージに入り、仲間たちが防御のフォーメーションを組む。


「せいぜい気張るといいさ下等知性!」


 邪神はまるで巣から落ちたひな鳥をいたぶるかのように光線を放つ。仲間たちはリインを懸命に守った。

 はたから見ると追い詰められているようだが、コウジが見た感じではリインに焦る様子はない。焦りは失敗につながると理解し、なおかつ仲間が必ず時間を稼いでくれると心から信じているのだろう。


「みんな、離れて!」


 やがてチャージを終えたリインが両手から莫大量の極光を放つ。

 対して邪神は盾型の魔力バリアを展開した。一方向のみしか防御できない分、体表面に展開するよりも遥かに強固だ。それは邪神がこうしなければリインの攻撃が危険と判断した証拠でもある。

 盾型魔力バリアがリインの極光と拮抗する。いや……


「私は、世界を……守るんだ!」

「うおおお! これは!」


 極光が更に力を増し、盾型魔力バリアを砕いて邪神を飲み込む!

 しかし……


「う、嘘……」

「油断してたとは言え、俺の腕を一本持っていくとは、なかなかやるじゃないか」


 リインの全能力を振り絞った一撃を持ってしてもなお、邪神は片腕を失った程度で済んでいた。

 全ての魔力を使い切ったリインは飛行の魔法を維持できずに落下する。そこを仲間たちがすかさず抱きとめた。

 リインたちに絶望が広がる。


「もう油断しない。死ね!」


 その瞬間、コウジは間に割って入って極光の魔法を放った。魔力をチャージしない瞬間発動。威力が大幅に下がっているはずのそれは、リインが全力で放ったのとは比べ物にならない威力だった。

 光が消えた後、邪神もまた姿を消していた。

 その光景にイービルスレイヤーの全員が絶句した。世界を滅ぼす邪神を、目の前の勇者はまるでゴブリンを蹴散らすかのように原子分解せしめたのだ。

 おそらく、邪神は自分が死んだことも気づかずに絶命しただろう。


「惜しかったね。君たちがどうして邪神を倒しきれなかったのか、理由は分かるかい?」

「私が……弱かったからです……」


 リインは心の痛みに耐えながら声を絞り出す。


「半分だけ正解だ。確かに君の極光の魔法は威力不足だった。でも考えてみてくれ。そもそも冒険者はなんのためにパーティーを組んでいるんだい?」

「それは、仲間と力を合わせないと倒せない魔物がいるからです」

「それが正解だ。そして君たちが邪神を倒せなかった原因でもある。つまり……」


 コウジはこれから自分が口にする言葉は、普通ならば無茶苦茶であると理解している。だが、”やつら”との戦いではこの程度は出来てもらわねば困るし、彼らなら出来る可能性を感じていた。


「真の原因は極光の魔法がリインしか使えなかった点にある。リインの半分の威力でも、全員が極光の魔法を一斉に放っていたら邪神を倒せたはずだよ」


 これが勇者にとっての当たり前かと、リインたちは言葉を失った。


「今回の体験を踏まえて、君たちにはもっと成長してほしい。1年後、また実力を見てあげるよ。特に……」


 コウジはリインを見る。


「君は今以上に魔法の消費効率を鍛えてくれ。僕の目に狂いがなければ、リイン・レンバスは最強の魔法使いになれるはずだよ」



 時はわずかにさかのぼる。コウジと別れたハトミは、魔人帝国の首都に到着していた。


「なんて空気だ。ここからでも新魔王の威圧感が伝わってくる。


 フォーチュンサークルのフレデリク・アルノーはこわばった表情で魔人帝国の皇宮を見上げていた。

 クーデターを起こし、部下とともに皇宮を占拠した新魔王は自らの存在感を事さらに強調していた。多少なりとも魔力感知に長けるものならば、新魔王は皇宮の最上階にいるとすぐに分かるだろう。

 いまは皇宮全体が新魔王の魔力に包み込まれ、見るものにまるで巨大な悪魔のような錯覚すら与えている。


「みんな、覚悟は良いか? 俺に命を預けてくれ」

「もちろんよ」

「お前のおかげで俺たちは英雄級になれたんだ」

「地獄のそこまで付き合うわよ」


 フォーチュンサークルが決意を固め士気をあげる一方で、ハトミはと言うとまるでのん気な観光客のように皇宮を見上げていた。


「あ、そうだ。君たちの実力を知りたいから、なるべく私に頼らず戦って」


 まるでちょっとした雑用を頼むかのように、ハトミはフォーチュンサークルに厳しい試練を課した。

 紛いなりにも彼らは英雄級パーティーだ。聖女の助力が得られないとわかっても動揺はなく、むしろ初めからそのつもりですらいた。


「もちろんです。人々はもう勇者と聖女に頼り切るべきじゃない。でも、もし俺たちが全滅したら後のことはよろしくおねがいします」

「ええ、わかったわ」


 新魔王討伐のクエストが始まった。

 まずは魔法使いが皇宮の正面入口を塞ぐバリケードを炎の魔法:火球の型でふっとばす。

 内部に突入すると即座にクーデターに参加する魔族兵が迎撃にやってきた。

 魔族は生まれながらの戦闘民族だ。剣士も魔法使いも人族の基準でみれば一流であるのが当たり前だ。


 パーティーの先陣を切るフレデリクがたった1歩で10メートル近くの距離を一瞬で詰め、魔族兵を鎧ごと剣で両断する。その超人的な運動能力を見て、ハトミは彼が活性心肺法を使っていると看破した。

 それは魔力バリアと同じく、勇者と聖女が使う技の一つだ。心臓と肺に魔力を込め、血流を通じて全細胞を強化する。言葉にすれば単純だが、一般的に身体強化で使われる金剛力の魔法は筋力と肉体強度だけに対し、活性心肺法は五感の精度も強化し、その上で効率も圧倒的に上だ。


 この技もまた魔力の相性問題でこの惑星の住民はなかなか習得できなかったが、ようやく使いこなせるものが現れた。

 ハトミにとって喜ばしいことに、活性心肺法はフレデリクだけでなくフォーチュンサークルの全員が習得している。魔法使い系のメンバーもだ。彼らは強化した身体能力を使って、つねに間合いを維持する。


 そのまま勢いを止めることなくフォーチュンサークルの快進撃が続く。

 途中、四天王を名乗る魔族兵も現れる。クーデター軍の幹部格だけあって、これまで蹴散らした魔族兵と比べ物にならない強さを誇ったが、どういうわけか4人全員で連携せず、一人ずつ襲いかかってたので、多少苦戦はしたものの目立った損失もなく各個撃破された。

 そしてフォーチュンサークルは最後の四天王を倒し、新魔王に退治する。


「新魔王! お前をおいつめ……ッ!?」


 扉を蹴破ったフレデリクが言葉に詰まる。新魔王が放つ威圧感を直に受けたためだ。

 新魔王は頬杖を付きながら尊大な様子で玉座に座っていた。その姿は隙だらけのように見えて、うかつな攻撃をためらわせる危機感を見るものに与えている。


「まったく。四天王の愚か者どもが、余に手間をかけさせおって」


 新魔王は心から面倒そうに立ち上がった。


「光栄に思え冒険者。余、自らが魔族の武術と魔法の真髄を見せてやる」


 新魔王が構え、そして手招きしてフォーチュンサークルを挑発する。


「みんなー、がんばってねー!」


 ハトミのあまりにも場違いな声援に、彼女以外の全員が脱力する。


「聖女ハトミ! なんだ貴様の、えっと、その、態度は!」

「そうですよ、ハトミ様! この戦いで魔人帝国の未来が決まるんですよ!?」


 この時ばかりは新魔王とフレデリクの意見が一致する。


「あらあら、やる気を削いじゃったかしら。失敗失敗」


 ハトミはテヘペロと茶を濁す。


「まあ、新魔王君はどうでもいいとして」

「おい!」

「でも、フォーチュンサークルには頑張って欲しいし……そうね、ご褒美を上げましょう。私に頼らず新魔王君を倒したら、あなた達を新しい勇者と聖女にしてあげるわ」


 まるで子供のやる気を出させようとする母親のように、ハトミはあっさりとそれを提案した。


「それは本当ですか」


 フレデリクが尋ねる。ハトミの言葉を疑うわけではないが、事が事だけに問わずにはいられなかった。


「ええ、もちろんよ。勇者と聖女は多いほうが世の中のためだからね」


 ハトミの言葉の先には続きがあった。しかし彼女は口には出さず、胸の内だけに留める。


(だって私とコウ君だけじゃ、”やつら”からこの世界は守れないもの)


 今はまだ、真実を伝えるには早い。


「まったく、調子が狂う! いい加減、戦いを始めるぞ!」


 戦いの先手は魔王だった。パンと空気が叩かれる音とともに恐るべき速度で拳を繰り出す。それをフレデリクが前に出て受け止める。


「硬い!」


 フレデリクは剣で打撃を防御した。しかし、刃に触れたにもかかわらず新魔王の拳はかすり傷すらついていない。


「当然だ! 余の金剛力の魔法は、余の肉体そのものを最強の武具に替える! 貴様らが使う妙な強化術など、効率を上げただけの小細工にすぎんわ!」


 古い術が新しい術を圧倒するほどに、魔王の魔力とそれを扱う技量は凄まじいものだった。


「倍率を上げる! 援護してくれ!」


 フレデリクが仲間に指示を出す。活性心肺法は倍率を上げれば上げるほど肉体への負担が増大する。彼は仲間の回復の魔法でそのデメリットを打ち消すつもりだ。


「ほう、少しは楽しめそうだ」


 闘争心の充足に新魔王は笑みを浮かべた。

 フレデリクと新魔王の攻防はもはや常人では目で追えないほどの速度に達していた。

 想像を絶する高速の接近戦。しかも魔王は巧みに魔法も攻撃の中に組み込んでくる。


「どうした冒険者! 魔法は使わないのか? 余に一撃でも当てた猛者は必ず武術を魔法を収めていたぞ」

「悪いな。俺は不器用ななんだ」


 新魔王の言葉通り、この世界では一定以上の実力者になると剣士でも初歩的な魔法を使い始める。それほどに魔法という超能力は強力かつ有効な戦闘手段なのだ。

 しかしフレデリクにはそれがない。彼が誇れるのは剣の腕くらいだ。

 そのため、いつまで立っても剣術だけの男と、フォーチュンサークルの前のパーティーでは追放の憂き目にあった。

 だが、活性心肺法の習得で彼は変わった。強力な肉体強化術と天賦の剣の才能が彼を英雄級に押し上げた。


(活性心肺法の倍率を上げられるのは上々。でも、制御が甘いせいで余分な負担がかかり、仲間の援護に頼る必要があるのは大きく減点ね。パーティー全体で見ても実質的戦力が一人だけなのはいただけないわ)


 実際、回復役のメンバーはともかく、他の仲間達はフレデリクの戦いを固唾を呑んで見守っているだけだ。

 すでにハトミはフォーチュンサークルに勝利の目はないと判断していた。そして、その判断の正しさは即座に証明される。


 新魔王の動きに攻撃の気配を察知したフレデリクは防御の姿勢を取るが、肝心の攻撃は繰り出されなかった。

 フェイントだ。フレデリクが防御姿勢によって一瞬動きを止めた隙きに、新魔王は回復役に狙いを変えた。


「しまった!」


 フレデリクと他の仲間達がフォローに入ろうとするも間に合わない。回復役も自力で新魔王の攻撃から逃れようとするが、運動能力の差が大きすぎる。

 新魔王の拳の直撃を受けた回復役は壁に叩きつけられて気を失う。

 この時点で勝敗は決した。通常倍率の活性心肺法ではフレデリクは新魔王に勝てない。


「人族にしては良くやったが、しょせんは小細工に小細工を重ねただけ。実用的な戦法とは言い難……」


 フレデリクがまばたきをした次の瞬間、すでに新魔王はハトミに手刀で首を刎ねられていた。


「いい線まで言ってたけど、ここまでのようね。どうして新魔王君を倒せなかったか理由は分かる? あ、フレデリク君の実力不足ってのは無しね。そういう子供でも分かるような答えはいらないから」


 ハトミはにこやかでいて、言葉はまるで厳格な教師のようだった。


「……俺たちが戦いに参加できなかったからです」


 仲間の一人が認めがたい事実を絞り出すかのように口にする。フォーチュンサークルはフレデリク以外の前衛や攻撃役の魔法使いもいるが、新魔王との戦いでは彼らはなんの役にも立っていたなかった。不用意に援護しようとすればかえって足を引っ張っていただろう。


「確かにそれは敗因の一つね。でももう一つあるわ」


 ハトミは壁際ヘ向かい、気を失っている回復役を抱き上げる。


「それはこの子が、新魔王の攻撃を捌ききれなかった事。もしこの子が下級デーモンを素手で倒せる程度の技量があれば、違う結果になったでしょうね」


 魔法使いは本来格闘戦など行わない。にもかかわらず、ハトミはそれを必須であるかのように言った。


「パーティー全員が高倍率の活性心肺法を回復の魔法に頼らず使えるようになる。魔法使いの子たちも格闘戦の腕を上げる。この二つを念頭に鍛え直して頂戴。そうしたら1年後くらいに、また勇者と聖女にふさわしいか見てあげる」


 最後にハトミはフレデリクの肩を叩く。


「君は特に頑張ってね。このまま成長すれば、こと剣の腕に限れば間違いなく私やコウ君を超えるわよ」


 事後処理をフォーチュンサークルに任せ、ハトミは早々にアドベンチャー号へ帰った。コウジが戻ってきたのも丁度同じタイミングだ。


「お帰りハトちゃん、そっちはどうだった?」

「フォーチュンサークルは色々足りないところがあるけれど、英雄級の中でかなり見どころがあるわね。改善点を指摘して、1年後にまた実力を見てあげると約束したわ」

「それは良かった。イービルスレイヤーも期待できそうだよ。来年が楽しみだ」


 普段からほがらかで、時には能天気と受け取られるような振る舞いを降るハトミが、不意にしおらしい表情を見せる。


「……ねえコウ君。破滅の嵐エンドストームの襲来に間に合うかしら?」

「ハトちゃん、あまりそう言うのは考えないようにしようよ。間に合うかどうかじゃない。出来ることをやり尽くすんだ。どうあがいたって逃げ場はないんだから」

「そうね……さ、はやく資料館戻って残った仕事を片付けましょ」

「うん、そうだね」



 それから程なくしてステータス表が導入された。試験期間の結果は上々で、8割以上の賛成をもって正式採用された。これにより、本来は優秀であるはずの冒険者が無能と誤解されて追放される事例が激減した。また実力の客観視によって冒険者は適切な訓練を行えるようになって、業界全体の水準も引き上げられた。


 そしてコウジとハトミが提案するステータス表を推進する過程で、シャロンはさらに頭角を現し若くして新しいギルド長に任命された。

 邪神と新魔王の同時発生事件から1年。約束の日には、5組の英雄級パーティーがアドベンチャー号を訪れていた。ステータス表のおかげで、イービルスレイヤーとフォーチュンサークル以外にも、可能性を持つパーティーが見つかったためだ。


 試験にはコウジとハトミが開発した訓練用ゴーレムを使った。訓練用と言っても邪神や新魔王と同等の力を持つ。英雄級の中でも選りすぐりのパーティーでなければ死の危険すらある。

 招待された5組の英雄級パーティーはすべて勝利した。手傷を受ける者は一人もおらず、完全勝利だ。


「おめでとう。君たちは勇者と聖女になる資格を持つと認めよう」

「みんな頑張ったわね」


 これまでの努力を認められ英雄級パーティーたちから歓声が上がる。


「コウジ様、ハトミ様、霊薬をお持ちしました」


 シャロンがワゴンに載せた薬瓶を運んできた。


「ありがとう、シャロン。さて、霊薬を渡す前にみんなに話すべきことがある。それを聞いた上で、勇者や聖女になるかを判断してほしい」


 コウジの言葉に、勇者や聖女になるには何らかの覚悟が必要だと悟った冒険者は表情を引き締める。


「今からおよそ100年前、僕たちの故郷である地球という惑星はエンドストームという魔物の群れに滅ぼされた。世間では僕たちはこの世界を救うために降臨したとか言われているけど、実際は違う。敗走してここに流れ着いただけだ」


 冒険者は信じられないという様子だった。コウジとハトミの力を直接目の当たりにしたたイービルスレイヤーとフォーチュンサークルは特にそうだった。


「エンドストームは自分たち以外のすべての生命体を滅ぼすために存在する。この星にやつらが襲来するまでの猶予は147年。それまでに一人でも多くの勇者と聖女が必要だ。最近導入したステータス表も才能ある人を見つけやすくるためでもある」

「エンドストームというのはそれほどの力を持つのですか? お二人が故郷を守りきれないほどに?」


 恐る恐る尋ねるのはイービルスレイヤーのリインだ。


「そうよ。なにせ一番弱い個体でも邪神や新魔王と互角の力を持つもの」


 ハトミの言葉に冒険者達がざわめく。さらにフォーチュンサークルのフレデリクが尋ねた。


「数はどれほどですか? 1000? それとも2000?」


 コウジとハトミはすぐに答えない。


「もしかして5000?」


 二人は今だ無言のままだ。


「ま、まさか万を超えるのですか?」


 フレデリクの声が震える。冒険者達のざわめきも大きくなった。


「推定で59億1600万だ」


 一瞬で静寂が訪れる。コウジの言葉を理解するためには一拍の間が必要だった。

 たちの悪い冗談でもなんでもなく、これが真剣な話であると示すために、コウジは厳格な表情で霊薬を冒険者達に掲げてみせた。


「この霊薬を飲めば、君たちは無限の寿命と強靭な肉体と膨大な魔力を得る。ただし、勇者と聖女になったからには僕たちと一緒に地獄を見てもらう」


 どさりと音がする。冒険者の一人が膝から崩れ落ちたのだ。


「無理だ、勝てるわけがない。59億だぞ。全人類が勇者と聖女になったって太刀打ち出来ないじゃないか……」


 絶望が波紋のように広がる。この事実は英雄級であろうとも冒険者達の心を粉砕するには十分だった。勇者や聖女となり、より高みへ登ろうとする者たちの瞳から輝きが失われる。


「この事実が公になれば社会は大混乱に陥る。だから、もし勇者と聖女にならないなら、記憶操作を受けてもらう」


 コウジは有無を言わさないつもりだったが、心折れた冒険者たちは望んで記憶操作を受けた。150年もしないうちに世界が滅びる。それを知ったまま残りの人生を過ごすのは、勝ち目のない戦いに挑むのと変わらない地獄だ。

 結局、残ったのはイービルスレイヤーとフォーチュンサークルの二組だけで、他の冒険者は試験に不合格になったと偽の記憶を植え付けられて立ち去った。


「シャロンちゃんも、望めば記憶を消してあげるわよ。普通の人が、これを知って心穏やかにはいられないもの」

「いいえ、不要です。事実を知ったからには新しいギルド長として、お二人を支えるために忘れたく有りません」


 シャロンは聖女になるだけの才覚は持たない。しかし世界を守るための覚悟は備えていた。


「みんなありがとう」

「あなた達の覚悟は忘れないわ」


 ようやく一歩踏み出せたとコウジとハトミは安堵する。これは気が遠くなるほどの道のりのたった一歩に過ぎないが、しかし二人には大きな意味のある一歩だった。



「コウ君、起きて。目を覚まして」


 心から愛する人の声がコウジの頭に響く。目を開けると、そこは宇宙空間だ。目の前にはハトミがいる。先程の声は、彼女が真空中で言葉を伝えるために魔法によるテレパシーを使ったのだろう。

 ハトミの他にはリインとフレデリクがいた。皆、ボロボロで満身創痍だ。

 周囲では有機物と機械がいびつに融合した魔物が互いに攻撃しあっている。


「そうか、僕たちは統制個体を倒したんだ」


 エンドストームを独力で全滅させるのは不可能だが、唯一希望があった。自分以外のすべてを滅ぼす本能を持つ魔物が群れとして行動できるのは、敵味方を区別する統制個体が存在するためだ。

 統制個体を倒せば、エンドストームは味方の区別がつかなくなって同士討ちを始める。それだけが、人類が生き残る唯一の手段だった。

 これまでに育て上げた勇者および聖女300人とともに、コウジとハトミはエンドストームの本隊に突貫。そして統制個体の撃破に成功したのだ。


「でも、どうして僕は生きている? 統制個体が死に際に放った攻撃は致命傷のはずだ。いくらハトちゃんが回復の魔法を使っても、一瞬だけ間に合わなかったはずだ」

「これのおかげよ」


 ハトミがコウジに見せたのはお守りだ。かつて龍聖母ゲンティアナから贈られた角。それを加工し、勇者と聖女達全員にお守りとして配っていたのだ。


「このお守りは防御効果がある。気休め程度の効果だけど、それが首皮一枚でコウ君の命をつなげたのよ」


 お守りだけではない。これまで希望につながるならどんなに小さなものだろうと、コウジとハトミは積み重ねてきた。それらは気休めに過ぎなくとも、全てを一つにすることで、奇跡として実現したのだ。


「結局生き残ったのは僕たちだけか。300人もいた勇者と聖女をほとんど死なせてしまった」

「でもあなた達がいなかったら、すべての人が死んでいました」

「フレデリクの言うとおりです。みんな覚悟していたはずです」


 テレパシーで伝わるフレデリクとリインの言葉は、コウジの罪悪感に小さな救いをもたらす。


「帰ろうコウくん。私達のもう一つの故郷へ」


 ハトミが魔法で転移ゲートを開く。


「ああ帰ろう」


 コウジとハトミ、フレデリクとリイン。彼らは転移ゲートをくぐり、愛する人々の元へと戻る。

 そうして暗く冷たい宇宙空間にはエンドストームだけが残された。彼らの同士討ちは数年にも及び、その果に宇宙の魔物はようやく滅びた。

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ギルド職員奮闘記 パーティー追放事案を予防せよ! 銀星石 @wavellite

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