第4話 救った女はとんでもないヤツだった。

 そうだ。この女子生徒は3年の白雪あねさ先輩じゃねーか!

 容姿端麗、清楚可憐で頭脳明晰とその辺の生徒を蹴散らすほどの人気が高い3年生の高嶺の花…。

 そんな先輩が妖魔に精気を吸われて、疲弊しているようだった…。

 トイレの方を見ると、禍々しいほどの妖気がいまだに幻の4番目のトイレから放たれている。


「とにかく、まずはこれを封印しよう…」


 俺は制服の上着からお札を10枚ほど手づかみで取り出し、トイレの中、そしてドアなどに貼り付けていく。

 貼り付けた後、右人差し指をナイフでちょいっと切り傷を作り、自分の血糊でそのお札を術式で繋いでいく。

 最後のお札に到達したとき、血糊が赤紫に輝き始め、そしてお札の文字も同じ色に変わる。


「術式・妖封印!」


 俺の声で発動した術式は、禍々しい妖気を外へ出すことなく閉じ込める。

 すると、ズズズ……と崩れ落ちるような音ともに4番目のトイレは再び幻として消えていく。

 幻が消えた後にはこれまで通り、3つの個室へと戻った。


「ふぅ…」


 俺は一息ついて、白雪先輩のもとに駆け付ける。

 相変わらず昏睡状態のように眠っている。


「どうして、白雪先輩が…このような場所に……」

『教えてやろうか?』


 脳内に再び妖魔の声が響き始める。くそっ! やっぱりトイレそのものが本体ではなかったか…。


「そうだ。あれは本体ではない。私の巣穴のようなものだ。私は…ここだ!」


 そう言ったと同時に、白雪先輩の目がカッと見開き、清楚からは程遠い目つきで俺を睨みつける。両手を伸ばされ、俺の首を絞めつけ始める!


「ぐあっ!?」

『本当にコイツは便利な身体だよ…。まさか、こんなに弱っている良質な獲物を見つけられるとは思わなかった…。私は居ても立っても居られなくなり、コイツに憑依することにした。お前の予想通り、私はトイレの花子さんだよ…。あの伝説で名高いな…。だが、それも今は昔の話だ。どんどん妖魔の身体とは言え、昔に憑依した女の身体はいずれ朽ち果てていく。だから、新しい獲物を見つけたのさ…。それがこの女だ……!』

「あー、胸糞悪い話だな…」


 俺は先輩のか細い腕を掴み、首を絞めている手を緩める。

 白雪先輩の顔は歪み、


『この時を待っていた。お前が全く攻撃できない、この瞬間をな…』


 トイレの花子さん(白雪先輩)の体のあちこちから、黒い棘の鎖が出て来る。

 それが次々と俺の体の部位へと突き刺さっていく!


「痛ぇ~~~~~~~~~~っ!!」

『ほほう。お前の身体も精気が溢れておるな。さすがは陰陽師。だが、すでにこの女の身体は私によって乗っ取られた状態だ…。もう、救う手立てはない! だから、お前の精気も活用して、最強の花子として復活を遂げてやろう。そうだな…。まずは明るい日差しのある昼間でも行動できるようになってな…。学校に次々と妖魔を送り込んで、学校そのものを乗っ取って好き勝手させてもらうぞ!』


 ちょっと待て…。さすがにそれはマズすぎる。

 それにここで俺が死ぬわけにはいかないだろ。てか、死んだら、絶対に安倍晴明の末裔として汚名を残すことになる。

 それだけはマズい。

 このトイレの花子さんは憑依をしているという。

 自分の命を費やすことになるけれど、このトイレの花子さんを吸い出すことは出来る。

 ただ、先輩の同意なしに果たしてしていいのだろうか…。

 いや、そんなこと言っている場合じゃない。きっと、先輩は夢の核に取り込まれている状態だから、記憶を持たないまま回復することになるだろう。

 仕方ない、やるしかない!

 俺は先輩の腕から手を離し、そのまま先輩を抱きしめる。


『な、何をする!? 死を覚悟して、女を抱く気にでもなったのか!? 浅はかな存在だな! 人間よ!』

「うっせー!」


 抱きしめると、先輩の華奢な体、そして柔らかい胸、すべての感覚が伝わってくる。

 すみません! 先輩!

 俺は心の中で謝ると、先輩の唇に自分の唇を重ねる。


『――――――!?』


 トイレの花子さん(白雪先輩)は目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 そりゃそうだろう。いきなりピンチに陥っている敵がキスをしてきたのだから。

 トイレの花子さん(白雪先輩)は身体をくねらせ、解放されようと必死になっている。

 けれど、憑依したものを吸い取るのがこの技なんだから、ここで話してしまってはならに。

 ちゅるちゅるちゅる…………

 術式が作動し始め、俺と先輩を包み込むように赤い光が包み込む。

 そして、次第にトイレの花子さん(白雪先輩)はピクピクと痙攣をし始めて、抗う力を失っていく。

 ちゅる…ゴクリ………。

 俺は最後の一滴まで飲み干す。

 この術式、相手に憑依した妖魔を俺自身の身体に取り込んで、体内で処理するというもの。

 だから、失敗すれば俺の身体が死んでしまう可能性がある。

 とはいえ、今、飲み込んだのはほぼ同等か少し下のレベルの妖魔だったからかもしれないが、身体に異変は起こらない。

 こうして、妖魔は俺の体内で処理された。




 俺の隣で俺の上着を着せた白雪先輩が少し身動きをする。

 どうやら目を覚ましたらしい。


「白雪先輩! 大丈夫ですか?」

「……え? あ、安倍くんじゃない!? こんなところでどうしたの?」

「それはこっちのセリフです。先輩がここのトイレに住んでいるトイレの花子さんに襲われていたんですよ…」

「あ、そうだったのですね…。で、安倍くんが私を助けてくれたんですか?」

「はい…。授業中にフラフラと旧校舎に行くのを見かけたものですから…」

「最近、毎週金曜日になると、変な声に招かれて、途中まで意識があるんですけれど、旧校舎のここまでくると意識がなくなっていたのです…」

「先輩はその妖魔に精気を吸い取られていたんです」

「毎週、私、ここでエッチなことをさせられていたんだと思います。体内に妖魔が入り込み、快感が貫いて、もう忘れられなくて…。でも、恥ずかしくて誰にも相談できないまま、今日までずっと…」


 あ、なるほど。壁に飛び散っていた飛沫はそっちの方ですか…。

 先輩、大いに乱れていたんですね…。清楚可憐が吹き飛びそうです。


「それにしても、あれだけの妖気と瘴気を浴びながらよく理性を保ったまま生き延び得られてますね…」

「あ、それですか…。ここだけの話ですけれど、私は雪女の血を引くものですから…。私も妖気に対する耐性はあるのですよ」


 え!? 先輩が雪女!?

 そりゃ美人だけれど、それはそれで何だか凄くないか!?


「ですが、私も少し妖力が劣ってしまっていたのですね…。あのような低レベルの妖魔に身体を乗っ取ら得てしまうとは…。でも、温かい力に包み込まれて、私は助かりました。あの温かさは安倍くんですね?」

「え、あ、はい…」

「私の初めてのキスを奪ったのもあなたですよね?」


 え!? 初めてのキス!?

 ちょっと待って!? 何で記憶持ってるの、この人!?


「いや、あれは不可抗力というか…」

「あの口づけであなたから私の体内に妖力が流れこんできました。私には定期的にこうやって温かい妖力の補充が必要ですね。ですので、安倍くん、私の初めてを奪った責任を取ってくださいね」


 ちょっと待って?

 今のってまさか、告白ですか?


「あ、あの…俺で良いんですか?」

「私に釣り合えるのはあなたくらいですよ。妖力を含めてもね」


 結果、トイレの花子さんを封印したものの、その代わりに誰もが羨む先輩と付き合うことになってしまった。

 それだけじゃない。

 定期的に妖力の注入もしなくてはならないなんて…。


「恋人同士になれば、妖力の注入はキスでできますから問題ないですね!」


 白雪先輩は雪女の様な冷たい表情ではなく、明るい表情でそう俺に言ってきて、そのまま頬に軽くキスをしてきた。

 何だか恥ずかしさがこみ上げる。


「濃厚な方はまだまだ先ですから、ダメですよ♪」

「いや、誰もそんなこと言ってないですから!」

「顔に書いてありますから。これだから男の子って困りますね♪」


 はにかんだ笑顔の白雪先輩はこの事件が解決したことをしっかりと分からせてくれた。

 俺はそんな気がした。

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有名陰陽師の末裔の俺が学校の怪談に対峙した時、メチャヤバ女子と運命的な出会いをしました。 東雲 葵 @aoi1980

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