「ありがとう」
彼の最後の言葉に、女性2人は体を大きく震わせ、顔を青くしその場から逃げるように去っていく。
それを明人は舌を出し、心底面倒くさそうに歪めた。
「そ、相想?」
「あ? おい、おせぇんだよテメェ。めんどくせぇことに巻き込まれたじゃねぇかよ」
「いや、もっと上手く出来なかったの?」
「見てたんだったらとっととこいや。俺を助けろ」
「いや、なんか。邪魔したら悪いと思って」
「ほぉ? なら、お前は俺があの女共と水族館を回っても良かったと」
「ぜ、絶対にヤダ!!」
「なら、またこんなことがあったらさっさと俺を助けろ。全く、イケメンも考えもんだなぁ」
自分で言うなという言葉を飲み込み、音禰は明人の手をそっと握る。少し不安になっているのか、顔を俯かせていた。
その様子を見て、明人は溜息をつき手を握り直した。
「────え」
「行くぞ」
先程よりしっかりと繋ぎ、彼は歩き始める。その様子を音禰は頬を染め、困惑気味について行く。その際に、繋がれている手を見て、また頬が緩み笑みがこぼれる。
明人と音禰の手は、指が交差しており、しっかりと繋がれていた。
「…………恋人繋ぎ……ふふっ」
「何一人で笑ってんだ気持ちわりぃ」
「なんでもないよ」
彼女の小さく呟かれた言葉は、彼の耳には届かなかったようで、怪訝そうに顔を歪め振り返る。その歳、髪から除き見える耳は、赤く染っていた。
手を繋ぎながら、2人は水槽のトンネルを通ったり、ふれあい広場でドクターフィッシュのいる水槽に手を入れたり、イルカのショーなどを見て楽しんだ。その際、何度も明人が音禰を怒らせていたが、それでも次の瞬間には笑顔になり、水族館を大いに楽しんだ。
☆
「あ、想安や真陽留達にお土産買わないと」
水族館の全てを見て周り、明人が時間を確認していた。その時、出入口付近にあったお土産屋が目に入ったらしく、音禰は明人の手を引っ張り中へと入る。
「おい……」
「これとか可愛くない? 真恵ちゃんとかに似合いそう!! うーん。お菓子とかの方が嬉しいかなぁ。想安は──あの子、今までおねだりとかしてこなかったから何が好きか分からないわね……」
明人と手を離し、音禰は目の前にある様々なお土産を次から次へと手に取り思案している。こうなってしまえば、彼の言葉など届かない。それを悟った明人は、小さく溜息をつき、暇潰しに周りを見回した。
「────あぁ?」
すると、1つの壁で目を止めた。そこには、水色の小さな水晶が付いているネックレスが壁にかけられていた。
シンプルな感じだが、水晶にはラメが散りばめられており、キラキラと光っている。
ネックレスだけではなく、ピアスやブレスレットなどもあり、明人は手を伸ばし1つのネックレスを手に取った。
無言でまじまじと見ており、次にブレスレット、ピアスと。次々に手を伸ばし、無表情で見続けている。そして、チラッと音禰の方を見たが、彼女はまだお土産を悩んでいるらしく、顎に手を当て考え続けていた。
「…………」
明人は音禰の後ろを通り抜け、レジへと向かった。その手には3つの何かが握られていた。
☆
「きめたぁぁああ!!! ねぇ相想、決めっ──ごめん……」
やっと音禰が歓喜の声を上げた時には、もう外は暗くなっていた。
明人は時間を示しながら、音禰をじとっと見ており、何かを訴えかけている。その目を見た瞬間、彼女は即座に謝罪をし、急いでレジへと向かい会計を済ませた。
「ごめんなさい」
「全くだ。どんだけ待たせりゃ気が済むんだよざけんな。足が棒になるところだったわ。だから女の買い物に付き合うのはゴメンなんだ。女は何でもかんでもかわいいかわいいとか言って、待っている奴のことなど一切気にせっ──」
「だからごめんてば!!! 謝るか許して」
これ以上言わせる訳にはいかないと、音禰は無理やり彼の文句を断ち切り、手を合わせ上目遣いで謝罪した。それを見た明人は、一瞬だけ息を飲むが、直ぐに気を取り直し顔を逸らす。
「はぁ、わかったわ。今回だけだからな」
「っ! うん!!!」
満面な笑みで返事をし、再度明人と手を繋ぎ帰路へと向かう。
外はもう暗くなっており、星空が広がっている。
雲一つない夜空は、今の2人を静かに祝福しているようにも見え、半月が街を照らしている。
「相想」
「なんだ?」
「ありがとう」
「…………ふん」
音禰の言葉に、明人は顔を逸らしながら鼻を鳴らす。その態度に少し不安の表情を滲ませた彼女は、彼を見上げ口を開こうとした。だが、何かを見た彼女は、言葉の代わりに笑みが浮かび上がり、そのまま2人は、静かに林の中へと姿を消した。
「素直じゃないんだから」
☆
「やる」
「…………明日槍でも降るの? それとも大雪? やめてよ父さん、槍を降らせないで。僕、まだ死にたくない」
「ほぅ、ならいらないんだな。なら返せ」
「嘘嘘。有難く貰ってあげる。ありがとう」
明人は、音禰とデートをした次の日、お土産屋で買った、3つのアクセのうち1つを想安に渡した。それは、水色の石が付いたブレスレット。
石一つ一つは小さく、そこまで目立つものでは無い。普段でもつけられそうなデザインになっており、想安は少し頬を緩めながら腕に付けた。
「どう?」
「似合ってんじゃねぇの?」
「まぁね。僕だから。それより、そのネックレスは母さん?」
「お前には関係ねぇだろ」
「…………早く渡したら?」
「黙れ」
明人はそう言い放つと、そのまま奥の部屋へと姿を消してしまう。その顔は険しく、何かを思い詰めているような表情だった。
「…………あのネックレス、多分1ヶ月は父さんの手元にあるな」
そう口にし、想安は溜息をつきながらスクールカバンを持ち、小屋の外へと出ていった。
想妖匣-ソウヨウハコ-〈外伝〉 桜桃 @sakurannbo
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