「してやろうか」

 明人は音禰の手を引っ張り、賑わっている繁華街を歩いていた。


「相思? どこに向かっているの?」

「どっか」

「どっかって……。出歩くのめんどくさかったんじゃないの?」

「めんどくせぇわ。ただ、小屋にいる方が何倍もめんどくさかっただけだ」


 その言葉に首を傾げ、音禰は再度問いかけようと口を開いた。


「あの、本当にどこへと向かってんの?」

「来ればわかる」

「…………そっか」


 明人の後ろを歩いているため、音禰からは彼の表情を見ることが出来ず、何を思っての行動かわからない。

 困惑しながら無言で歩いていると、どんどん人が増えていき、音禰は明人の手を先程より強く握った。


「なんか、人が増えてきたね」

「だろーな。なんせ──」


 そう言うと、明人はいきなり立ち止まり、目の前に建っている建物を見上げた。それに彼女も釣られるように見上げる。


「──ここって」


 建物の看板には『ふれあい水族館』と書かれており、周りには可愛らしい魚が笑顔で飾られていた。


「なんで?」

「…………ナントナク」


 顔を逸らし、明人は気まずそうに言葉をこぼす。それを、彼女は目を輝かせ見上げた。


「おら、さっさと入るぞ。ここに立ち止まっていると迷惑だ」

「う、うん!!」


 周りの人に流されないように、二人は手を繋いだまま、水族館の中へと足を踏み入れた。


 ☆


 水族館の中は薄暗いため、水槽の光が綺麗に床などを照らしている。

 魚達は気持ちよさそうに泳いでおり、それを見ている他の子供やその親も、楽しそうに話しながら見入っていた。


 そんな中、大きな水槽の前で明人と音禰は無言のまま、泳いでいる魚達を見上げていた。

 音禰は目を輝かせ見ており、明人は無表情のまま見上げている。


「綺麗だね」

「そうだな」


 そんな短い会話を交わす。それでも、一緒にこのような所に来れた喜びでなのか、音禰は笑みを絶やさず見上げ続けていた。


 他にも様々な魚が泳いでいる水槽を二人で見回り、楽しい時間を過ごしていた。その間、音禰が沢山話しかけ、明人が端的に答える。

 会話は少ないものの、表情は二人とも楽しげで、周りから見たら羨ましいと思えるデート風景になっていた。


「あ、もうお昼過ぎてるね。お腹──空くわけないか」

「それはどういう意味で言っている」

「あははっ。なんでもないよ。…………何か食べたい」


 少し顔を逸らし、照れたように音禰はそう伝える。その様子を見て、明人は遠慮なく「腹が減ったんか」と普通に問いかけた。


「う、うん」

「腹の虫がなる前に何か食べた方が良さそうだな。この水族館で恥はかきたくねぇ」

「それはどういう意味よ!!」


 怒りながらも手を離さず、二人はフードコートへと向かった。


 今は十四時ぐらいなため、昼食ラッシュは終わっており、直ぐに席に座ることが出来た。


「何食べようかなぁ。相思は何か食べないの?」

「お前の貰うからいいわ」

「…………一口だけだからね」

「食い意地だけはいっちょ前だな」

「うるさい!!」


 そんな会話をしながら、音禰はペペロンチーノとコーラを頼み、明人は珈琲を頼んだ。


 音禰は彼にペペロンチーノが取られないように気をつけながら食べており、その様子を楽しみながら明人は珈琲を飲む。

 それでも隙をつかれ、音禰はペペロンチーノが取られてしまい「ちょっ!」と、頬を膨らませ怒った。


 そんなことをしながらも、全て食べ終え、音禰は席を立ちお皿を下げに行く。

 そのまま席には戻らず、近くの化粧室へと入っていった。


 手を洗っている時、鏡に映った自身の頬がすごく緩んでいるのが見え、引き締めようと両手で包む。だが、意味はなくどうしても緩んでしまう。

 今のデートがとても嬉しいらしく、引き締めるのは諦め頬を薄く染めながらも、控えめに笑い、席へと戻ろうとした。だが、席には明人以外の人がおり、戻るに戻れない状態になっている。


「誰だろう。いや、多分私達の知らない人だ」


 音禰がそう口にするように、明人は優しく微笑みながら話をしている姿が見えた。お得意の猫を何重にも被っている。

 紳士的な笑顔と対応。優しげに笑い、二人の女性と話している。何を話しているのか音禰は気になり少し近づき耳を澄ました。


「ねぇ、お願い。私達二人で少し味気ないと思っていたの。一緒に水族館を回らない?」

「そうよそうよ。こんな所で一人もつまらないでしょ? 一緒に回りませんか?」


 女性が明人を逆ナンしていた。その事に音禰は驚きの表情を浮かべたが、それと同時になにか納得したらしく、胸に手を置き強く握った。


「そっか。そういえば相思は顔、いいもんね。それに、外面も良いし、周りの女性はほっとかないか」


 少し悲しげに目を伏せ、その場に立ち竦んでしまう。

 それでも女性達の明人を誘う声は耳に届き、音禰はその場から立ち去ろうとしてしまう。だが、次の明人の言葉でその足は止まり、顔を上げた。


「すいません。今は妻と一緒に回っているんですよ。私はその人としか回りたくありません。申し訳ありませんが、他の方をお誘いください」


 言葉は丁寧で紳士的なのは変わらないが、少し言葉にトゲがあり、素の明人を匂わせていた。


「な、ならその人も一緒に──」

「申し訳ありません。それは妻を裏切る行為とも取られるので断ります。それでももし、これ以上しつこくするのなら──」


 明人はそう口にし、立ち上がる。

 先程の笑みとはまた違う、不気味な笑みを浮かべた。そして、女性の耳元でそっと口を開く。


 ────てめぇを人形にしてやろうか

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