ピンクトルマリンの彼女

「ねぇ、私とパーティ組むの嫌なの?」

 カフェでコーヒーをすすりながら上目づかいでクロは言った。

「嫌というか、そもそも僕、クロさんのこと何も知らないし」

「あら、見たまんまよ? 面白い事大好きな超強い女の子。ふふっ」

 クロは満面に笑みを浮かべて言う。

「面白いことって……、これ、仕事なんだけど……」

「仕事? テロリスト探すのが?」

 ニヤニヤしながらアルを見るクロ。

「な、なんで知ってるの!?」

 目を白黒させるアルだったが、

「あ、当たりなの? ふぅん、そうなんだ……」

 と、カマをかけられたことを知り、絶句してしまう。

「神の力使えるんだったらレヴィアの手下だろうな、と思ったのよ。おねぇさん、名推理でしょ?」

 意地悪な笑みを浮かべてドヤ顔のクロ。

 いきなり上司の名前を出されて焦るアル。

「もしかして……、レヴィア様の知り合いですか?」

「知り合いも知り合い、あの娘のお尻を拭いてオムツを替えてたのが私なのよ」

 クロは得意げにコーヒーをすすった。

「お姉さん……なんですか? では、クロさんも女神様のお手伝い?」

「そんな面倒くさいことやらないわ」

 クロは肩をすくめる。

 上司の姉で、好奇心の塊のようなクロにアルはややウンザリし、コーヒーをすすった。

「あ、あなた、面倒くさいって思ったわね?」

 アルを指さしてムッとするクロ。

「あ、いや、僕の仕事はテロリストの調査なんです。目立つお姉さんと一緒にやるような仕事じゃないんですよ」

 アルはぶっちゃけた。

「あら、テロリストの情報なら持ってるわよ」

 得意げにニマニマするクロ。

「へえっ!?」

 三カ月間アルが苦労して何一つ得られなかった情報をクロは持っているという。なんだそれは。

「ふふん……、知りたい?」

「も、も、も、もちろんですよ!」

「でもねぇ、教えても何のメリットもないからねぇ」

 もったいぶるクロ。

「何でもやります! ぜひぜひ!」

「何でも?」

「はい! 何でも!」

「じゃあ、戦闘開始! キャハッ!」

 クロはそう言うと、自分とアルを異空間に飛ばした。

 そこは青と白の世界だった。眼下にはどこまでも広がる透き通った水がしずかにたたずみ、限りなく清涼な青い光を放っている。そして上は何にもない白。ただ、距離感も全く分からない白が広がるばかりだった。


「我に勝てたら、テロリストの情報もあげるわ! そーら、避けてよ!」

 クロはそう言ってピョンと跳びあがると、虹色の魔法陣をアルに向けて無数に展開し魔力を充填していく。それは当たれば即死の究極魔法、アルは急いで空間を跳んだ。

 直後、ビョビョビョン! と奇怪な電子音が響き渡り、虹色のエネルギー弾が放たれて水面を襲う。

 ズズーン!

 凄まじい轟音が響き渡って数百メーターになろうかという巨大な水柱が上がる。

「マジかよ……」

 アルはその容赦ない攻撃に唖然とする。

「ソラソラソラー!」

 次は訳の分からない紫の発光体を次々と撃ってくる。

 横っ飛びに避けてはみたが、Uターンして追尾してくるのだ。

「どうした? 新人! キャハッ!」

 クロはうれしそうに笑う。

 アルは凄く頭にきて、シールドを張ると水中一キロほどの深さに転移した。

 もはや真っ暗である。

 そして、アルはアイテムバッグからMacBook Proを取り出すと、自分の前の空間に固定し、パカッと開いて電源を入れた。


 ジャジャーン!

 Macの起動音が深海に派手に響き渡る。


「ITエンジニアの恐ろしさを見せてやる!」

 カタッカカッカカカカッ、ターン!

 アルはキーボードを目にも止まらぬ速さで叩きまくる。


 この世界はコンピューターによって作り出された世界だと転生時に女神様に教えられた。そんなこと、アルは死ぬまで気がつきもしなかったが、実際、十五万ヨタ・フロップスという、スパコン一兆台相当の光コンピューターシステムが稼働しているのを見せてもらい、認めざるを得なくなった。

 この世界は情報でできており、戦闘とはつまり情報戦なのである。


 アルはMacでその光コンピューターシステムに接続すると、クロの位置をサーチする。だが、クロだってバカじゃない。位置情報にロックをかけて割り出せないようにしている。

 アルは少し思案し、またカタカタカタッとキーボードを叩く。すると一帯の空気の動きの分布図が画面に表示され、一か所動きのおかしい所があった。

 アルはニヤッと笑うと、その周囲に1670万個の水玉を浮かべる。そして、ツールを使って1670万個の水玉を高速で飛び回らせたのだった。


 いきなり現れた水玉群に襲われるクロ。

「な、なによこれぇ! グワッ! 痛い! 痛い!」

 水玉はクロを狙っているわけではないが、無数にあってどう避けてもどれかには当たってしまうのだ。

「何という陰湿な奴! 正々堂々と戦え! 痛てっ! 痛いって!」

 クロはたまらず空間をサーチして、水玉が薄い所に転移する。

「チェックメイト!」

 しかし転移したところに待っていたのはアルだった。

「へ?」

 驚いたクロは、光の捕縛チェインでグルグル巻きにされていることに気づく。

「な、なによこれー!」

 慌てて逃げようとするが、どんな力もキャンセルされ、身動きが取れない。

「く――――っ! 何すんのよぉ!」

 芋虫の様にうごめきながら喚くクロ。

「何すんのって、クロさんが戦闘開始って言ったんでしょ?」

「うぅぅ……、分かったわ……。私の負けでいいわ」

 クロはそう言ってうなだれた。

「じゃぁ、情報ちょうだい」

 そう言いながらアルは捕縛チェインをほどく。

 クロはニヤッと笑うと、

「テロリストって私なの」

 そう言って手の甲で美しい銀髪をさらりと流した。

「テ、テロリスト!?」

 驚くアルを尻目に、

「じゃあね」

 と、逃げようとするクロ。

 だが、捕縛チェインは全部解除したわけではなかったのだ。飛んで逃げようとしたクロだったが、足首に残っていたチェインはアルの手に握られていた。

「きゃぁ!」

 逃げられずに慌てるクロ。

「テロリストなら逃がすわけにはいきませんよ」

 アルは厳しい口調で言う。

 クロは攻撃魔法を展開しようとしたり頑張ったが、一切の力が出せないようになっていた。

「あっ、テロリストっていうのはウソ! ゴメン、ウソだってば!」

 冷や汗を流しながら弁解するクロ。

 アルはジト目でクロを見ながらiPhoneを取り出し、上司のレヴィアに電話をかける。

「お忙しいところすみません。テロリスト捕まえました」

「違うって言ってるでしょ! あの子に言うのやめて!」

 クロは焦る。

「はい……、はい……。何やらレヴィア様の姉と自称しておりまして……、はい……」

 クロはムッとした顔で腕を組んだ。


         ◇


 いきなり周囲が黄金の色に激しく輝く。

「うわー……」

 クロはウンザリした表情を浮かべ、手のひらで目を覆った。


 ズン!

 重低音が鳴り響き、厳ついウロコに覆われた恐竜のような巨体が姿を現した。ギョロリとした巨大な瞳、バサバサと揺れる巨大な翼、それは伝説級の存在、ドラゴンだった。


 ギュアァァァ!

 ドラゴンは恐怖を巻き起こす重低音の咆哮ほうこうを一発かますとクロに迫る。

 そして、巨大な鋭い牙を見せつけながら、

「あんた、何やってんのよ――――!」

 と重低音で叫んだ。

 クロは両手で耳を押さえながら口を真一文字に結び、耐える。

 そして、

「分かったから人化して」

 そう言って、制止するように両手をドラゴンの方に向けて開いた。

 するとドラゴンは、フン! っと言って、ボン! と爆発を起こした。

 そして、煙の中から現れたのは、金髪おかっぱの女子中学生のような娘、上司のレヴィアだった。


「捜査の邪魔せんでもらえんかな!」

 レヴィアはプリプリしながらクロに言った。

「あら、しばらく見ない間にずいぶんとご立派になったこと」

 クロは悪びれずに言う。

「よもや本当にテロリストになったりはないじゃろな?」

 レヴィアはにらむ。

「それは無いわよ。ただ、奴らからコンタクトは来たわ。これがコンタクト情報よ」

 クロは渋い顔をしながら小さなカプセルをレヴィアに渡した。

 レヴィアはそれを簡単に解析し、

「なるほど、これはありがたい」

 と、ニコッと笑った。

「はい、じゃあ、この新人君に解放するように言って」

「いや、そもそもなぜうちのアルに絡んだんじゃ?」

「だって、この子ボッチで可哀そうだったんだもん」

「ボッチ……?」

 レヴィアは険しい目でアルを見る。

「あっ! いや! 捜査の効率上げるため、パーティを替えようかと……」

 必死に取り繕うアル。

「またクビになったんかい!」

 レヴィアは真っ赤になって怒る。

「いや、だって、十代のメンバーとは話し合わないですよ?」

「……。それは分かるが、お主は融通が利かなすぎ、堅すぎるんじゃ」

 そう言って首を振るレヴィア。

「なんかこう、Mac叩くだけの仕事にして欲しいんですよね……」

「何言っとる! 転生する時に『何でもやります!』って誓っとったじゃろ!」

「いやまぁ、そうなんですが……」

「そんな責めないであげて。我がパーティーを組んであげるから」

 クロがうれしそうに横から口を出す。

「いや、結構です」「それは止めてくれんか」

 二人とも真顔で断る。

「ちょっと何よそれ! 次はテロリスト捕まえるんでしょ? 我も手伝った方が上手くいくわよ」

 クロはムッとして言う。

 アルはジト目で言った。

「クロさんって面白いことしかやらないでしょ?」

「あったり前じゃない!」

 なぜか腕を組んで誇らしげなクロ。

「なら結構です」

 アルはそう言って首を振った。

「えっ? いや、君と組むのが面白そうって意味よ? 一緒にテロリストをバーンって倒しましょ! バーン! って」

 アルはレヴィアと顔を見合わせる。

 レヴィアは、

「まぁ、猫の手も借りたいのは確かじゃ……。テロリスト捕まえるのだけ手伝ってもらうっていうのはアリかも……」

 と、宙を見上げながらつぶやく。

「ヤター!」

 うれしそうにアルの腕を取るクロ。

「えっ!? 僕と組むんですか?」

 渋い顔のアル。

「テロリスト捕まえるときだけじゃ」

 なだめるように言うレヴィア。

「あら、仲良くやりましょ!」

 そう言うと、クロはアルをギュッとハグした。

「へ?」

 いきなり押し付けられる豊満な胸、ふんわりとオリエンタル系の柔らかな匂いがアルを包む。

「もう仲間なんだから、チェインは……解いていいのよ?」

 耳元でささやくクロ。

「わ、分かりました」

 耳まで真っ赤にしながらアルはチェインを解いた。

「ふふっ、じゃ、行きましょ」

 クロはニコッと笑うとピンクトルマリンの瞳でウインクする。

「い、行くって……どこへ?」

 怪訝けげんそうにアルは聞いた。

「テロリストのアジトに決まってるじゃない! レッツゴー!」

 そう言ってクロはアルの手をつかみ、一緒に空間を跳ぶ。

 いきなり消えた二人にレヴィアは唖然として、

「な、何するんじゃあいつは……」

 と、額に手を当てて後悔をした。


       ◇


 アルの目前に大海原が広がり、向こうに島が見える。

 島は外輪山のように周囲が高い山となっていて、中はくぼ地だった。そして、そこに場違いなガラスで作られたビルがいくつか並んでいる。


「あそこよ! 全力で攻撃してね!」

 クロは無邪気にそう言うと虹色の魔法陣を無数に展開し始めた。

「ちょ、ちょっと待って! いきなり攻撃ですか!?」

「何余裕こいてるの? 来るわよ!」

 すると、島から無数のエネルギー弾がアルたちに向けて一斉に放たれる。

「いいね、いいね! そう来なくっちゃ! キャハッ!」 

 クロは楽しそうにそう言うと、虹色の魔法陣からまばゆい光線を無数に発射していく。

 これはたまらんと、上空に跳んで逃げるアル。

 見下ろすと激しい閃光があちこちで瞬き、キノコ雲が上がり、鮮烈なエネルギー弾が飛び交い、まさに地獄絵図となっていた。見るとすでに島の地形すら変わり始めてしまっている。

「うはぁ……」

 単に暴れたいだけの人と組んだのは失敗だったと、アルは思わずため息をついた。

 しかし、今さら逃げる訳にもいかない。

 アルはMacを取り出すと、カタカタカタと必死にデータを取った。

 データを見ると八名がクロと戦っているらしい。彼らとしては逃げたいのだろうが、クロが展開しているジャミングで簡単には逃げられないようだった。

 クロは派手なエネルギー弾をビル群に向けて無差別に連射しているが、テロリストたちは金色の巨大な魔法陣でシールドし、ことごとくはじいている。その跳弾が外輪山に当たって爆発を起こしていた。

「シールドは面倒だな……」

 アルは腕を組んでしばらく悩み、おもむろにMacをカタカタカタと叩いた。

 直後、島の上空に直径五百メートルはあろうかと言う巨大な水玉が出現する。

 クロもテロリストもその異様な水玉に唖然とする。青空に浮かぶ巨大な水色の玉、それはマグリットの絵を想起させるファンタジーで不可思議な光景だった。

 水玉はゆったりと落ちていく。

 テロリストたちは必死にエネルギー弾で吹き飛ばそうと試みるが、焼け石に水。ほどなく水玉は津波のようにビル群をあっという間に飲み込み、島は水没した。


 ほうほうの体でビルから水面へと逃げ出してきたテロリストたちであったが、後からやってきたレヴィアが次々と捕縛し、無事、任務完了となったのだった。

 アルが満足げに上空から眺めていると、クロがツーっと飛んできて言った。

「何? あんた水玉使いなの?」

「捕縛するなら水でしょ? やっぱり」

 アルはドヤ顔で言った。

「ふーん、君、面白いカモ?」

 そう言いながら、クロはジロジロとなめるようにアルを見た。

「な、なんだよ?」

「これからも、パーティ組んであげても……いいわよ?」

 クロはニヤッと笑って言う。

「いや、パーティは一回限りで十分です」

 アルは手を振りながら淡々と返した。

 するとクロは腕をギュッとつかみ、引き寄せてハグをした。

「うわっ!」

 予想外の行動に焦るアル。

 すると、クロは耳元で、

「あと一回だけ、ね?」

「え? いや、その……」

 柔らかいクロの感触、温かい体温にアルはドギマギしてしまう。

「もしかしたら、可愛い彼女誕生ってことに……なるかもよ?」


 クロは少し離れてアルの目を見て言う。

 次の瞬間、クロはアルの頬にチュッとキスをする。

 ふんわりとオリエンタル系の柔らかな匂いがアルを包んだ。

「へっ!?」

 目を白黒とさせるアル。

「悪い話じゃ……ないでしょ?」

 クロはそう言うと、まるで果実のような紅いプックリとした自分のくちびるを舌でペロリとなめた。

「えっ!?」

 呆然としているアルに、

「あら、私じゃ不満?」

 ジト目でアルを見るクロ。

「え、お、お友達から……え? いや、なんで?」

 しどろもどろのアル。透き通るような白い肌に、パッチリとしたピンクトルマリンの瞳。こんな美人に迫られるなんて全くの想定外である。

「見どころある男だって思うからよ。じゃあ友達で、パーティの仲間ね!」

 そう言ってニッコリと笑った。

「お、お試しですよ……」

 アルはピンクトルマリンの美しい瞳に魅了されながら答えた。


「じゃ、デート、行きましょ!」

 クロはそう言うとアルの手を取り、王都の上空へと跳んだ。

「デートって……どこ行くの?」

「まず、服屋。あなたなんでそんな服着てるの?」

 クロはダボダボのチェックのシャツを見て渋い顔をする。

「え? いや、その……」

「あなたは目鼻立ち整ってるんだから、ちゃんとした格好すればイケメンになれるのよ」

 そう言いながらクロは商店街の方へとアルを引っ張り、飛んだ。


 空から見る王都は石造りの建物が放射状に整然と並び、とても美しい。アルはそれをボーっと眺めていた。

「ねぇ、聞いてるの?」

 見るとクロが口をとがらせて怒っている。

「ごめんごめん、何かな?」

「ど、どんな娘が好み? って聞いたの!」

 クロは照れを隠すように大きな声で言う。

「え? うーん、おしとやかで、いきなり攻撃魔法ぶっ放さない娘かな?」

 アルはちょっと意地悪な顔で笑った。

 クロはパシパシとアルの背中を叩いてむくれる。

「あはは、次の任務からは撃つ前に教えてよ」

「分かったわよ! おしとやかとやらに、なってやるわ」

 クロは少しほほを赤らめながら答えた。


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追放された最強魔術師とピンクトルマリンの少女 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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