第130話 15年後の再会
あれから何度も歌舞斗町を訪れる機会があったけれど、黒月さんの姿を見かけることはなかった。
彼女はそこにいないのか。それとも、俺に見えていないだけなのか。真相はわからない。
会って話ができたら……。
そう思いながら、歌舞斗町の駅で電車から降りる。
今日は、栗栖さんが設立した会社、栗栖ホールディングスの上場記念パーティーが、歌舞斗町のホテルで開催される日だった。
15年前に俺が投資した60万円は、文字通り大化けした。とんでもない資産が手元に転がり込んだけれど、実感はまったくない。
この成功を、黒月さんも喜んでくれるだろうか。過去に思いを馳せながら、かつて彼女が占いの店を開いていた通りに向かう。
いた……。
初めて会った時と同じように、黒月さんは歌舞斗町の雑踏の中でひとり静かにたたずんでいた。
「黒月さん。久しぶり」
声をかけると、彼女が顔を上げる。
「お久しぶりです。牛上さん」
その容姿と雰囲気は、15年前とまったく変わっていない。悪魔は年を取らないのだろうか。
「先輩の会社、無事に上場できましたね。おめでとうございます」
「ありがとう。でも俺は何もしてない。栗栖さんが頑張ってくれたおかげだよ」
「いいえ。リスクを取ったのは牛上さん自身です。そしてその判断が、大きなリターンを生み出したんです」
「正直言って、実感は全然ないんだけどね」
「それでいいと思います。急に莫大な利益を手にすると、変わってしまう人間も多いですから」
「そうだね。そこは十分気をつけなきゃいけないと思ってる」
サクセスバイオで味わった恐怖は、今も鮮明に覚えている。人間は、知らず知らずのうちに欲望に踊らされてしまう。そのことは、よく理解しているつもりだ。
「まあ、今のところなにか贅沢をするつもりもないし、変わったところはないと思うんだけどね」
「そうですか。でも油断はしない方がいいですよ」
「ありがとう。気をつけるよ」
「ごめん。じつはこれから、栗栖ホールディングスの上場記念パーティーがあるんだ。少し急がないと」
そもそも黒月さんに会えるとは思いもしなかったから、時間はギリギリだった。こんなことなら、もっと早めに歌舞斗町に来るべきだったな。
「いいんですよ。久しぶりにお話しできて嬉しかったです」
「また、会えるかな?」
別な機会にゆっくり話がしたかった。
「ええ。またご縁があれば。パーティー楽しんできてくださいね」
「ありがとう。それじゃまた」
イスから立ち上がってホテルに向かう。振り返ると、黒月さんが満面の笑みをうかべながら、小さく手を振っていた。
「牛上さん、お気づきじゃないようですが、莫大な利益を手にしたあなたは、もう変わってしまったんですよ――」
歌舞斗町の雑踏に消えていった牛上雄一。その背中を見送った黒月曜の口元に、歪んだ笑みがうかぶ。
「――だって、今の牛上さんには、わたしが見えてるじゃないですか」
大暴落 ~買いは家まで売りは命まで~ らくだ物産 @kuchiya_16
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