第129話 善意と欲望
「わたしのような存在が成功を祈るなんて、おかしいと思いますよね?」
また心を読まれてる。けれど、この際どうでもよかった。
「そうだね。君たちは人間の絶望を糧にしてるんだから、俺の投資も失敗したほうがいいはずなのに……」
「先輩への投資が失敗したら、牛上さんは絶望しますか?」
「絶対にしないね」
断言できた。あの60万円は、栗栖さんが立ち直るために渡しただけだ。見返りなんて求めてない。
「でしょうね。失敗しても絶望しない。それなら、わたしの出る幕はありません」
「どう転んでも、黒月さんの利益にはならないってことか」
「そういうことです。それに、牛上さんの投資の動機は、欲望ではなく善意。わたしには取り扱えない感情ですから」
「でも、成功を祈ってくれる。それはどうして?」
利益にならないなら、無関心でいればいいのに。
「気が滅入るんですよ」
黒月さんが、ウンザリしたような表情を見せる。
「人間の欲望は、本当に醜くて汚くて際限がないんです。そんな感情と日々向き合うのは、とても疲れることなんです」
悪魔から愚痴を聞かされるとは思わなかった。
「ですから利益にはなりませんが、時には善意が大きな利益をもたらす美しい未来を見てみたい。と思ったりもするわけです」
「悪魔もいろいろ大変なんだね」
「ええ。世知辛い世の中ですから」
肩をすくめて笑う黒月さんを見て、俺も声を上げて笑った。
「いろいろありがとう。そろそろ行くよ」
財布から1200円を取り出す。なんとなく、黒月さんとはもう会えない気がした。
「はい。投資の成功をお祈りしてますよ」
悪魔が浮かべた表情は、天使のように穏やかだった。
「ありがとう。それじゃまた……」
別れを告げて歌舞斗町の駅へと向かう。振り返ると、そこに彼女の姿はなかった。
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