第128話 意外な言葉

 人間の持つ欲望。その影響力の大きさに俺は言葉を失っていた。


 自分自身もサクセスバイオでおかしくなっていたし、サクセスバイオでおかしくなっていたのは自分だけではなかった。

 そして過去には、日本全国で膨張した欲望が、悪魔さえも狂わせていた。


「申し訳ありません。つまらない話をしてしまいました」

 黒月さんから声がかかる。

「そんなことないよ。ただ、ちょっと驚きが大きくて……」

 戸惑いを隠せない俺を見て、彼女が小さく笑う。


「投資を続ければ、どうしても自身の欲望と向き合わなければなりません。もうおやめになりますか?」

「そうだね……。い、いや違う。じつはもう済ませたんだ」

「済ませた……?」

 黒月さんがキョトンとした表情で俺を見つめる。悪魔でもこんな顔をする時があるんだな。


「昨日、栗栖さんに会った時に、60万円を渡したんだ。投資という名目で」

「そういうことですか。普通にお渡ししてもきっと受け取ってくれないはず。だから、投資という建前を取り繕ったんですね?」

「そう。金額もちょうど残りの投資資金に合わせてね」

「牛上さんは優しいですね」


 悪魔が穏やかな笑みを浮かべる。


「そんなことないよ。栗栖さんには、いろいろお世話になったから」

 今でも後悔はない。あの60万円は何倍になって返ってこなくてもいい。栗栖さんが立ち直ってくれさえすれば、それで十分だ。


「そうですか。でもその投資、わたしは面白いと思いますよ」

「君が面白いと思うってことは、俺がいずれは絶望するってこと?」

「違いますよ! いくらわたしでも、そこまで性悪じゃありません」

 拗ねたような表情をした黒月さんを見て、思わず吹き出してしまう。


「ごめんごめん。成功する可能性が意外にあるってことだよね?」

「そのとおりです。牛上さんの先輩は偉大な経営者の血をひいていますから、今回の失敗をきっかけに大化けするかもしれません」

「そんなにうまくいくかな」

「どうでしょう。けれど、成功すれば大きな利益がもたらされるのは確実です。牛上さんの成功をお祈りしてますよ」


 意外な言葉だった。悪魔が人間に望むのは、成功ではなく破滅じゃないのか?

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