第127話 乱獲

「致命的な失敗?」

 どういうことなんだ。バブル経済の崩壊は、人間だけじゃなくて悪魔にとっても失敗だったのか?


「バブル経済の崩壊は、日本の社会に大きな爪痕つめあとを残しました」

「そうだね。失われた10年が、20年、30年と伸びてる。その間に、国際競争力は落ちてるし少子高齢化も進んでる」

「国民の感情も年々後ろ向きになっています。それと共に、わたしたちが刺激する欲望の総量も減少の一途をたどっているんです」


 そうなるだろうな。閉塞感が漂う社会では、人々は希望や欲望なんて持てない。最初から諦めてるんだから。


「社会が衰退していけば、悪魔が糧を得る機会も減るってことか」

「そのとおりです。人間社会が潤えばわたしたちも潤う。衰えれば共に衰える」

「漁師と漁場みたいなもんだね」

「はい。そのイメージで合ってます」


「ってことは。バブル経済の崩壊っていうのは……」

「乱獲です。わたしたちはやりすぎた。人間の欲望を刺激しすぎたんです」

「バブル崩壊後に日本がここまで衰退してしまったのは、悪魔にとっても想定外だったんだね?」

「はい。情けない話ですが、わたしたちも浮かれていたんですよ」


 黒月さんの口元に、自嘲の笑みがうかぶ。


「人間の欲望が膨張するたびに、わたしたちはその後に訪れる絶望を期待してはしゃいでいました。もっと膨らむようにと刺激し続けました」

「そしてバブルは破裂した……」

「はい。あの時に生まれた絶望で、わたしたちは大きな糧を得ました。けれど、その後のことまでは考えが及んでいなかった」


「バブル崩壊が、長期的にここまで自分たちの首を絞めることになるとは、思いもしなかったわけだ」

「そのとおりです。目先の大きな利益にとらわれて、完全に狂っていたんです」


 恐ろしい話だ。人間の欲望を利用する側の悪魔が、膨張する人間の欲望を見ているうちにいつのまにか狂っていた。

 目先の利益に惑わされて、知らず知らずのうちに自分で自分の首を絞めていた。


「じゃあ、人間の欲望を刺激する場合、自制の機会を与えるっていう君たちの自主規制は……」

「やり過ぎないように。という戒めなんです。もっとも、規制をかけたところでもう手遅れな気もしますけど……」

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