猫型お世話ロボットは生まれない

風間義介

猫型お世話ロボットは生まれない

 2112年9月3日。

 この日は日本国民だけでなく、世界中の子どもたちから愛されたある漫画のキャラクターの誕生日だ。

 様々なことが機械で行われ、時間や宇宙を誰もが当たり前に旅でき、貧富の差も、環境変化による困難も、戦争もない平穏な世界。

 誰もがそんな世界を夢見ていた。

 だが現実は非情なるかな。

 人間の科学技術は時間旅行や便利な道具はおろか、人間と同等の知能を持ち、友情をはぐくむことができるほど感情豊かな人工知能を生み出すこともできなかった。

 そればかりか。


「このAIでどれだけ仕事の効率を上げることができる?」

「もう少し安価で提供できないのか?」

「この成果は私の名前で提供してかまわないよな?」


 現場を知らない、浪漫という言葉を忘れ、権力と財力と地位に目のくらんだ連中によってどれだけの利権を取れるかということばかり。

 それだけならばまだいい。

 権力争いや利権争いで時間や名誉を奪われることになるとしても、自分たちの夢は実現されることになる。

 だが、特に人工知能の開発を行う科学者たちの頭を悩ませる問題はほかにも存在していた。

 それが。


『文部科学省が新しい指導要領の検討を発表しました』

『情報化社会を生きる次世代の若者が取り残されないよう、さらには日本の情報化産業をさらに発展させるため、より情報処理や理系科目に特化した……』


 文部科学省による、理系科目と情報処理科目を重視した教育方針の提示とそれに伴う指導要領の変更と、学校全体の指導内容の変更指示であった。

 理系科目を重視し、文系科目の授業内容を希薄化させていく方向へと向かっていくようだ。


「世も末だな」


 会社の食堂で食事をとりながら、たまたまテレビに映っていた国営ニュース番組のコメントに、一人の会社員がため息をつく。

 もう一人の社員がその呟きを聞いていたのか、まったくだ、と合の手を入れる。


「俺たちみたいな科学技術を扱う会社の人間や技術畑の人間からすれば、後継者不足が解消されるような気がするから、ありがたい話かもしれないがな」

「だが、俺は賛成しかねるぞ。なんというか、情緒がない」

「情緒って……いや、そういやお前さん、文系大学の出身だったか」

「まぁな。だが、色々教えてもらってどうにかやってるよ」


 二人が勤務している会社は、ロボットや人工知能を開発し、提供することが業務内容となっている。

 そのため、必然的に採用される人間は理系大学を出た人間が主となっており、文系大学を出た人間はほとんどいない。

 ため息をついていたこの会社員は、そんな会社の中では珍しく文系大学出身の人間だ。

 入社当初は、興味本位で触れた程度の知識しかなかったが、教育係となってくれた先輩や理系大学出身の同僚たちから様々な専門知識を教えてもらい、自分でも勉強し、どうにか勤め上げることができている。

 そんな文系人間だからこそ、今回の文部科学省の発表には思うところがあるのだろう。


「文系科目を疎かにしたら、人間とコミュニケーションを取るロボットやAIの開発なんて、夢のまた夢になっちまうだろうが……」

「言葉ってツールを使ってコミュニケーションを取る有機生命体だからな、人間ってのは」

「それに人間社会の倫理やコミュニケーションを取るための必要な知識ってのは、文系科目の分野だぞ?」


 言葉や数字といったものは記号であり、時間さえあれば、既存言語と組み合わせ解読し、言葉を交わすことはできる。

 だが、コミュニケーションとは、果たして言葉を交わし、意思を交換するだけなのだろうか。

 意思を交換するだけならば、人間でなくても、犬やサル、猫といった動物でもできる。

 しかし、動物たちは意思を交換しても異性や食料、縄張りの取り合いのために時には肉体をぶつけ合い、争いを起こしてしまう。

 それが自然な形と言えば自然な形なのだが、理性という、既存の動物たちが持ち合わせていないと言われている感性を身に着けた人間は、物理的な争いを低俗なものとしている節がある。

 観測できる歴史の中で、数えきれないほどの物理的な争いを繰り広げ、生息域や狭いコミュニティ内で形成された文化や伝統といったものを受け入れず、焼き尽くしてしまったことに対する反省なのか。宗教という、人類としてどう生きていくかという方針となる概念の多くが、大義なき争いを是としていないためか。

 それとも、他者と言葉を交わすということは、相手が伝えてくる感情を受け止め、受容し、相互の理解を深めるための行動であるからか。

 いずれにしても、『言葉』を正しく扱い、相手にどのように伝えることが最適解かを人工知能に学習させるためには、理系の知識ばかりでは必然的に限界が来ることになってしまう。


「十年後ぐらいに入ってくる後輩たちがそんなこともわからないような連中になったら、業務用人工知能や喋る球体ロボットはともかく、猫型のお世話ロボットや七つの威力を持ってる人型ロボットなんて無理だろ」

「まぁ、短く見積もっても、猫型ロボットの開発は原作から百年は遠のくだろうな」

「いやいや、二十一世紀も今年で終わりだってのに、ここからさらに百年以上だと?」

「まぁ、少なくとも、あと十二年で猫型ロボットを完成させるなんてことは……」

「不可能だなぁ……」


 二人はそろってため息をついた。

 そのため息に合の手をいれるように、昼休み終了と午後の始業を告げるチャイムが食堂内に響く。

 2100年9月3日。

 人間は未だ、人間に問いかけられることなく、自ら言葉を発し、コミュニケーションを取ろうとする人工知能を開発できていないだけでなく、あの猫型ロボットに搭載されている様々な機能も小型化できていない。

 せめて、人工知能だけでも完成させることができれば、仮想空間内で一緒に過ごすことはできるのだろうが……。

 ダメダメな小学五年生の男の子のように、一緒に遊んだり、食事をしたり、出かけたりする、親友になることができるようなロボットが誕生するまでは、多くの時間がかかりそうである。

 言葉を交わすことができる、猫型のお世話ロボットは、まだまだ生まれない。

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