ある父親の戦い!

なめなめ

第1話

 本格的に寒くなった十二月のある日のこと。

 私は高三の息子が就職のための面接に行くというので、車で送迎してやることにした。


 仕事も土曜日で休みだったし、緊張もほぐしてやりたい気持ちもあったのでちょうどよかった。


 ちなみに息子が面接するのは、地元で幾つかのチェーン店を営んでいる中型店舗のスーパー。

 時々、「あ~そろそろ、あそこ潰れそう」とか良く言われているが、その度に不死鳥の如く復活して生きながら得ている。

 おそらくだが、そんな芸当が毎度できるということはそれだけ、そこの社長がやり手だということであろう!


 まぁ、『本当にやり手なら、潰れかけること事態もない』という意見もあるが……


 何にしろ、息子は今からそのスーパーに面接に行く。


 車を面接会場であるスーパーの駐車場に駐めると、真新しいスーツ姿の息子はやや緊張した面持ちでドアを開けた。


「じゃ、行ってくるよ」

「おお、がんばれよ!」


 肩を軽く叩いてやると、少しだけニコリとして車から降りていった。


息子あいつが働くのか……」


 そんな感慨深い想いに身を馳せていると、今まで一緒に暮らしてきた思い出が甦り……



 と、いうような物語ではない!! はっきり言う!

 この物語は、決して親子の絆が微塵も関係するものてはない!

 そう、これは、ただのである!!



 ――――スーパーの駐車場に車をとめて待っているそんな時だった……ゴロッ!


「う! 急に腹の調子が!?」


 朝、勿体ないとからと思って、飲んだ賞味期限切れの牛乳が原因か?


 そんな後悔を他所に、腹の調子は邪悪なる片鱗へんりんを感じさせる! ゴロゴロ……ゴロッ!


「くっ、このままでは……」


 私は……オレはこの緊急事態に対処するべく、車から颯爽さっそうと飛び出した!

 幸いにもここは誰もが買い物をするスーパー。ならばトイレくらいは普通にあるはずだ!


 オレはスーパーの入り口付近にあった、お好み焼き屋の移動販売店の前を走り過ぎると、店内にあるはずのトイレの場所を探した!


「どこだ? どこだ!?」


 その辺の店員にでも尋ねてみようと思ったが、こんな時に限って誰も見当たらない!


「くそ!」


 そんな言葉が口から洩れそうになる、○ソだけに!


 だが、そんな状況でも神は見捨てなかった!


「あれは!」


 トイレへの案内板だ。天井から吊るしているタイプだったから、すぐに目がついた。


「よし、あの通りに行けば……」


 案内板に従い微妙な早足で歩を進めると、その場所トイレはあった。

 焦るオレではあったが、一応は男女の入口を確認してから中に入る。


 やはり過去に一度でも間違った者なら、こういう時でも慎重になるものだな……うん!


 っで、肝心のトイレ……個室の方は二つあった。

 オレはとりあえず右側のドアのノブに手を伸ばすが……


「なに!?」


 ノブには赤い印が……か!

 仕方なく今度は左側に……「ぐあっ!?」


 思わず声が洩れた! 赤い印……こちらも御在宅だ!!


 どうする……? どうすればいい!? まるで悲劇のヒーローの如くオレは頭を悩ませる!


「くそ~!」


 ○ソだけに悔しい!

 このまま待つしかないのか? ……いや、待つしかないだろうな。それが社会的秩序を持った大人の常識だ。だが……!!


 ――――五時間くらいたったのだろうか? 未だにどちらのトイレからも人は出てこない!


 遅い! 一体中で何をしてるんだ!


 寝てるのか?

 死んでるのか?

 はたまた、ここはコイツらの家なのか?


 そんな様々な疑惑が渦巻く中、オレの腹の限界は既に肛門の限界へバトンタッチしている!


 まずい! まずいぞ! このままでは非常にまずいぞーーーー!!


『どうする?』再びオレの脳裏には、そんな疑問符が浮かんだ。


 いっそのこと、非常ベルでも押して中の人間を追い払うか!?


 ……いや、そんな真似が許されるのは中坊までだ。オレの年齢としでそれをやったら、お巡りさんに本気の説教を食らうから却下だ!

 ここはヤケクソにならず、ひとまず冷静に対処しなくては……


 となると……シンプルにドアを叩きまくるか?

 こう見えても若い頃は『太鼓の○人』をそこそこやり込んだ男……相手の精神を破壊するくらいのビートは容易く刻んでやるぜ!


 ……いや、これも却下だ。本当に精神が破壊されたらドアを開けるどころでは失くなってしまう。オマケに太鼓用のMyバチが手元にない!


 くそ! これじゃ八方塞がりじゃないか! 塞ぐのは肛門だけで充分なのに!


 そして、そうこうしてる内に……ゴッ、ゴロゴロゴロロロドドド……!!


 まさにオレの肛門は本格的ロードプレイングゲームのオープニング並みの音楽を奏でようとしてる!


 ぐぐぐ……ダメか? ダメなのか!? 思えばこのくそったれな世の中に生まれ落ちて四十五年!


 それなりに幸せな人生も送れて来た……そう、充分過ぎる程に満足がいく人生だった……

 もし……もし、もう一度生まれ変わって誰かの人生をやり直せるとしたら、オレは迷いなく自分の人生を選ぶ!!


 そう言い切れる程の人生だった……なのに!


 オレは今、その人生を引き替えにしてもいいくらいに、このドアが開くことを祈っている!


『幸せな人生?』知るかそんなこと!

 このドアが開くならブタの尻にでも喜んでキスしてやるさ!


 和式! 和式便器だと!? あ、いや、別に全国の和式トイレに文句を言いたい訳ではない。ただ、その……珍しいというか……面を食らったというか……ゴロッ!ビュルッ!


「ごがっ!」


 くそ、躊躇してる場合じゃない! 和式であろうと、洋式であろうと結婚式であろうと関係ない!


 オレはドアをロックし、ズボンとパンツをずり下ろし便器を跨ぐ!


「いけぇぇぇぇぇーーーー!」


 まるで、想い人に心の内をさらけ出すかのように叫んだ……心の中で。


「ぐごごごご……何っ!?」


 出て来ないだと? なぜだ? こんなに出したいと思うのになぜ出ない!?


 ……思い当たることはあった。ここ最近……四日程になるがオレは出してなかった……いや、出せなかった!


 そう、オレは四日間便秘べんぴなのだ! そのため古いで入口を蓋してるのか、なかなか出て来ない!


「く、くそ~!」


 って、今日何度目だ、このセリフ?


「ぬぬぬぬなぬ……!」


 苦しみながらも持てる力を振り絞るが、それでも一向にヤツが出てくる気配がない!


「こ、こうなったら……」


 オレは精神を集中し、空手の“息吹き”の様な深い呼吸法をとる……


「がばぁ!」


 ダ、ダメだ! こんな不衛生なところトイレで複雑な呼吸法をやるのは自殺行為以外の何者でもない!


 ここは気を取り直して……


「ふぬぅぅぅぅぅぅーーー!!」


 可能な限りの腹周りの筋肉と脂肪を使って“腸”に刺激を与えようと試みる!

 ありきたりな正攻法な手段かも知れないが、正攻法こそたしかな王道だ!


「ぐががががが……見えた!」


 いや、別に何か見えた訳じゃないが、ニュアンスてきにそんな感じだ!


 何かが腸を走り、肛門という脱出口へと向かっていくのが伝わる……そして!?


「フン!!」


 気合い一閃……とでも言うべきか、固いブツが体外へ凄まじい勢いで放たれる!

 パシャアーーーーンンン!!


 和式のため、貯まっている水辺に向かってダイレクトに“放たれたもの”叩き込まれる!!

 そのあまりの衝撃力は、かつて何十億年以上昔に恐竜を滅亡させたと思われる隕石に匹敵すると思われる威力だ!

 おかげで個室の中は、叩きつけられた衝撃で飛び散った水が凄いことになってしまった!


 だが、そういった大変な状況にも関わらず、肛門は急激に活性化を……って、うおおおおおおおーーー!?


 出るわ出るわ! 本当に出るわ!! まさに魔法みたいにどんどん出て来る始末!

 その凄まじさにオレは、我ことながら思わず身震いしてしまった!



 ――――ひとしきりの天下分け目な戦いが終わった後、用済みの汚れたトイレットペーパーを華麗に兵共の夢の跡に放り投げる。


「ふぅ……」


 今のオレは一仕事終えた男の顔になっているに違いない。

 そんな自分に酔いにふけりながら、レバーを行儀悪く足で押す。


 ジャボボボボボボ……


 どこに消えいくのかもわからない強者たちを虚しく眺めなからも、オレの心にはどこから満たされたものがあった……


「いくか……」


 は個室から出ると手洗い場に向かおうとする。

 ふと、隣の個室に目をやるとそこには開けっ放しのドアがあるだけだった……


「そうか……あそこにいたヤツも戦っていたんだな」


 そしておそらく、すれ違ったあの若者も……


 この時、私はなぜか彼等のことを“戦友”のようにも思えていた。


 ハハハ……いずれどこかで再会するかもな?


 そんな想いを胸に抱きながら、手を洗ってトイレを後にした。


 再び自分の車に戻った私は、戻って来る途中に自販機で買ったブラックコーヒーを口にしていた。いわゆる“勝利の美酒”って感じだ。

 心地良い香りと苦味を楽しみ、私はしばらくの眠りついた。

 自分の“戦い”に想いを馳せながら……



 一週間後、仕事中に突然息子から携帯に連絡が入った。どうやら、あの時のスーパーから内定をもらったらしい。


 電話先で喜ぶ息子に対し、私は『今日はケーキを買って帰る』と約束して電話を切った。


「そうか……息子もあの時戦っていたんだな……」


 あの日、オレ達親子は戦っていた。その内容はまるで違うものだろう……

 しかし、戦いに挑む姿勢だけは“真剣”だったはずだ。


 それを思えば、私と息子も戦友なのかも知れない……



 そして最後にもう一度……これは体験日記である!

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