第3話 幻想
水野に腕を引っ張られやっと立ちあがる。水野の横顔に笑顔は一切なかった。久々に見る水野の真剣な顔に見惚れていると、腕から力が抜けた。
「ごめん、後で説明するから。とりあえず今はこのまま真っ直ぐ走ってくれ。」
そう言い残して水野は来た道を引き返していった。聞きたいことは沢山ある。まだはたらかない頭で咄嗟にでた言葉は、絶対戻ってこい、だった。
300mほど走ると、橋本さんが古びたビルのドアの前に立っていた。今にも倒れそうな足取りでなんとかドアまでたどり着くと、重たい金属製のドアが軋む音がした。少し先しか見えないほどの暗闇の中に階段が見える。橋本さんは自分の身体をなんとか入れきり、ドアを閉めてから懐中電灯を点けた。
「この先、シェルターになってるの。もう皆いるよ。」
橋本さんの声は優しかったが、震えていた。優しくなってしまったのかもしれない。階段を下りきり、長い廊下を抜けると、さっきと同じような金属製のドアが現れた。流石に息が整っていた僕は重たいドアを全身で押した。すると、そこはつい10分までいた教室に酷似していた。ただ、窓や机、椅子はなく、クラスメイト以外に見知った教員が2人いた。全員が一斉にこちらを向き、そして何も言わず視線を落とす。立花と藤堂は隣に座っていたが、一言も言葉を交わしてなかった。その気持ちが痛いほどわかった。水野はまだ戻っていない。走って戻っていった。そんな状況で意気揚々と安全な場所で笑ってられるほど馬鹿じゃない。
「全員揃ったな。私は霧島真里だ、右京の同期で隣の4組の副担任をしていた者だ。これから君たちには話さなければならないことが沢山ある。だが、まず...」
「おい。そんなことより賀来が戻ってねえんだよ。」
確かに水野以外にも賀来と鮎川さんがいなかった。それにも関わらずこの人も橋本さんも全員と言った。
「あいつは今どこにいんだよ。」
「もうすぐ戻ってくる頃だろう。右京がついている。安心してくれ。」
「あんなの見せられて安心なんか出来るかよ!」
大和は眼をガン開き、声を荒らげた。大和以外のほぼ全員が霧島さんに対して睨みを効かせていた。残りの少数はうつむいていた。
「鮎川のことは残念だった。これ以上君たちの中から犠牲者を出したくない。だからこそ、一度話を聞いてくれ。」
霧島さんの隣に立っている男は一切口を開かずに眼を瞑っている。霧島さんが話そうとした瞬間、金属の軋む音がした。
「遅くなりました。『アヴォ』は手が早くて困りますね。」
右京先生の後ろにいた水野と賀来は少しずつ怪我をしていた。大和は賀来に駆け寄り、抱きしめた。賀来は少し困ったようにしていたが、すぐに嬉しそうな顔になった。水野は変わらず真剣な顔をしている。立花と藤堂はいまだに元気を取り戻していなかった。
「とりあえず、状況をまとめさせてもらう。生存者十七名、死亡者一名、鮎川梨花。一名の命は残念だが、感傷に浸っている時間はない。とりあえず、全員携帯電話を私の前に置いていってくれ。速やかに頼む。」
クラスの全員が沈黙を守り、携帯電話を霧島さんの足元に置いていく。初めて一つになったクラスから緊張が張り巡らされ、事の重大さを物語っていた。
ヴァルキリー 葉原コイル @crosi
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