第2話 崩壊

 「次の時間テストじゃねえかよ...!」

立花が叫んだのは、午前最後の休み時間だった。

「昨日、右京さん言ってただろ」

「聞いてると思うか?」

「どこに誇り持ってんだ」

水野が教室に入ってきたのを見つけ、三人で話しかけようとした瞬間、水野は賀来に声をかけられた。何事もなかったかのように立花はテストに対する不満を述べ続け、藤堂はいなし続けたが、いつものキレはなかった。そのせいか立花のテストは散々だった。


 右京先生が公式の説明をし終わる直前でチャイムが鳴る。右京先生はチャイムが聞こえなかったかのように公式の説明を続けた。なにも考えず頬杖をついていると、突然目の前に整った顔が現れた。

「チャイム鳴ってんのにね」

橋本さんは不満そうに言ったが、突然のことに言葉が喉に詰まり、息ができなくなった。代わりに取って付けたような不細工な笑顔になった。橋本さんは気まずそうに前を向き直した。こんな自分がもし死んだとして悲しむ人はいるのだろうか。決して死にたいわけではない。ただ、誰か悲しむ人はいてくれるのだろうか...。水野に肩を叩かれ、はっとする。今日も不調なのだろうか。そもそも快調な日などあっただろうか。水野はニヤニヤしながら顔を覗いてきた。

「なんだよ。気持ち悪い。」

「いやぁ、早川もかわいいところあるな、と思って」

「なんだよ、それ」

「まあ、そんな無愛想にすんなって」

水野は時々、一人で別の世界へ行ってしまう。いや、そもそも別の世界の住民なのかもしれない。運動能力も学力もクラスで二桁台の三人には釣り合っていない。水野は泣いてくれるだろうか。それは自分のためではなく、僕への慈愛だろうか。そんなことを考えていると、目の前には水野ではなく、右京先生が立っていた。

「早川君、あまり思い詰めても良いことはないよ。でも、それを言葉にする必要はない。」

突然の励ましに驚いたが、さらに驚いたのは、不思議と気分が晴れていたことだった。やはり右京先生の声は不思議だ。

「君はもし友達が命の危機に瀕した時どう思う?」

「...助けたい、と思います。」

この人はどうしてしまったのだろう。教室中の全員が不信感を醸し出していた。

「それは素晴らしい心持ちだね。でも、君の友達も同じように君を危険な状況に置きたくない。だから、危険に近づいてほしくない、と思うだろう。人の気持ちは考慮しきれない。君の思う最善を尽くせば良いんだよ。」

右京先生の顔が歪んでいた。体温が頬を一直線に降りていく。人の気持ちが考慮しきれないならあなたはなぜこんなにも心に残る言葉を紡げるんだ。それがあなたの最善ならそれは他人の最善でもある。あなたは一人ではないのではないか。

「なに泣いてんねん。」

藤堂に頭を小突かれる。水野と立花も笑っている。ああ、なんて愚かだったんだろう。

「あいつ、高校生にもなって泣いてんのかよ。」

大和の笑い声が聞こえるが、誰も賛同の声はあげなかった。その瞬間、教室のドアが開いた。

「全員窓から飛び降りてください」

右京先生はいつも通りの口調で突拍子もないことを言った。もう一度全員が右京先生に不信感を向けた。しかし、それはすぐに消え去った。教室には5人の白いフード付きロングコートを着た大人達が入ってきた。こういう状況になると逆に冷静になるものだ。

4人はフードを被っているが、1人はフードを被っていなかった。

「右京さん、あんたがこんな高校にいるとは思わなかったですよ。もう居場所も割れたんだ。大人しく諦めたらどうです。」

この男の発言の意味や意図を考える余裕などなく、ただ呆然としていると、

「先生、本当に飛び降りて大丈夫なのか。」

「ええ、飛び降りた後は全力で走ってください。」

「わかった。」

「おい水野、本気かよ。」

「全員ついて来いよ。」

そう言って水野は落ちていった。4階から落ちて助かるはずがない。だが、水野に続きどんどんと窓から飛び降りていった。窓から下を覗くと、後ろも振り返らず走っていくクラスメイトたちが見えた。

「右京さん、あんた相手を舐めすぎだよ。既に下には”第五班”の数名が派遣されてる。俺、二等になったんだよ。あんたを捕らえれば夢の一等だ。早めに死んだほうが楽だぜ。」

その瞬間、男はペンライトのようなものを取り出した。右京先生は僕の前に立った。

「すみません。どなたか存じ上げませんが、あまり言葉を軽んじないほうが良いですよ。」

そう言って一歩前へ出た。その緊張感に耐えられず窓から降りようとした。残っていたのは自分一人だけだった。右京先生のほうを一瞬振り返ると、行きなさい、と言われた。教師の背中にはもう一つ眼がついている、というのはあながち間違っていないのかもしれない。風圧と重力を感じながら地面についた時には、一切痛みがなかった。水野達が走って行った方向へ少し走ると、そこにはさっきとは別の白いロングコートの青年が二人立っていた。

「君、生き残り?木村さん、右京だけを狙ったな?」

「質問が多い。一つずつ聞いていこう。うん、なにから聞こうか。」

ああ、ここで死ぬのか。と、またここでも冷静になってしまう。

「あーあー。ここでは殺さないから、安心して。後で、人数足りなかった時に色々聞かせてもらうから。」

「全部言うな。」

「とりあえず、拘束だけさせてもらうよ。」

身長の低い方の男が一歩こちらへ来る。覚悟を決め、両腕を前に出した。その瞬間、男達との間に大量の水が噴き出した。顔がびしょ濡れになり、両手で顔を拭った。

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