ヴァルキリー
葉原コイル
第1話 理想
窓から見えるビル群は退屈を増幅させた。気だるそうに話す右京先生は、少し目が合うと気まずそうに目を逸らし、ため息をついた。ああ、こんな退屈が早く終わればいいのに。そんなことを考えている間にチャイムが鳴る。
肩に手を置かれ、はっとした。今日は特別、頭がはたらかない。水野にごめん、というと、少し笑われた。すぐに今週末の話題に切り替わった。
「十時に駅集合でいいか。」
「おん。絶対遅刻すんなよ。」
「今週は立花の地下アイドルのライブだったか。」
「おれ、今週はパス。帰省すんだ。三連休だからな。」
「写真送れよ、藤堂。新潟なんてそうそう行けないからな。」
「おう。任せてくれ。」
藤堂が少し嬉しそうにそう言う奥から、大和達の笑い声が聞こえた。
「あいつら、まだ馴れ合ってるのかよ」
「ハハハ。しょうがないだろ。なんの才能もない奴らなんだ、それくらい好きにさせてやれよ。」
「それもそうだな。」
九条に更に一歩教室の端へ追いやられた四人はさっきより少し小さな声で話を続けた。
「大和は運動能力満点に学力は学年四位、賀来は美術能力学年一位、九条は学力一位に高身長とイケメンって世の中不条理もいいとこだよな。おれらの中で唯一対抗できる水野ですら運動能力八点でイケメンまでだもんな。」
と、立花が言うと、藤堂に情けなくないんか、と頭を小突かれていた。それを水野はただ笑ってみていた。
「でも、もし、友情が数値化されたらおれら全員満点だぜ。なぁ、早川。」
突然話を振られ少し戸惑った。
「...うん。そんなことより立花のおすすめのアイドル教えてよ。」
「そんなことって言うなよ。」
「ハハ。おれのおすすめは、キュアリーズの胡桃ちゃんだぞ。」
そこでチャイムが鳴り、また一時間話はお預けになった。
三人と別れ、重たい身体を引きずるように家の中へ入る。おかえり、と母の声が玄関まで響いた。リビングのドアを少し開け、ただいま、とだけ言うと、階段を昇り、自分の部屋へ入った。ベッドに身体を預け、深呼吸をすると、今日一日の自分の一挙手一投足が思い出され、少し自己嫌悪に襲われる。なぜあの時、すぐに承諾できなかったのか、それを見て藤堂は、立花は、水野は、どう思っただろうか...。なぜか唐突に立花の言葉を思い出した。そして、その通りだと思った。この世に理にかなったことなど数えられるほどしかないのではないか。不条理に巻き込まれた人々は隅に追いやられ、いくら自分を認めても社会が自分の非力さを押し付けてくる。
「いっそのこと...」
自分が呟いていたことに驚き、思わず手で口を覆った。ドアを開け、母に聞かれていないことを確認する。もう一度ベッドに身体を預けた。今日は本当に頭がはたらかないな。眼を閉じ、意識を溶かしていく。次に眼を覚ました時に三日経っていることを祈りながら。
昨日と全く同じコンクリートをじっと見つめていた。
「鮎川梨花」
「は〜い」
「小田華実」
「はい」
「賀来明桜」
「あい」
「河井咲希」
「..はい」
「九条薫」
「おん」
「坂本葵」
「はい」
「杉田涼介」
「.......はい」
「鈴木めい」
「はい」
「立花健」
「はぁい」
「橘雫」
「はい」
「藤堂睦」
「ほん」
「橋本恵美」
「あーい」
「早川奏汰」
遂に自分の番が来たと思うと、何故か少し緊張する。世界中の全員から見られているような。自分以外の全員が敵のように感じる。しかし、ニヤつきながらこちらを見てくる立花と藤堂に睨みを効かせると、世界に抵抗できた気分になり、腹に力が入った。
「はいっ!」
少し裏返った声に二人が吹き出す。二人以外にも数名が下を向いて肩を揺らしていた。視線と腕を下に向け、腹に入った力を入れたままにした。
「水野蒼汰」
「はぁぁあぁい!」
水野は突然立ち上がり、人から出たとは思えないほどの大声で返事をした。その瞬間教室が笑い声に包まれた。水野は得意げにこちらを見て笑った。
「水野君、面白〜い」
「出欠確認を大喜利大会にするなよー」
右京先生は半笑いで全員に向かって言った。水野はすみません、と満面の笑みで応えた。右京先生の声はなぜこんなにも澄んでいて人を落ち着かせるのだろう。
「大和翔」
「あぁい」
大和は少し不満そうに応えた。水野はまだニヤつき、立花と藤堂は橘さんを挟んでふざけあっていた。右京先生からの連絡事項を聞きつつ、自分の裏声との格差に「不条理」を感じていた。
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