聖夜行

鈴木秋辰

聖夜行

 一際輝く星が一つ。そして三人の男、いずれも異邦から訪れたらしい、この国の者とは異なる顔立ちをしている。彼らが目指すはその星の示す地であった。


 してその星の示した地において数刻前、いや、正確にはその星が示すと同時に一人の赤ん坊が取り上げられた。

「よくやったぞ!男の子だ」父親は落ち着かない様子で取り上げた赤ん坊を飼葉桶に湛えた湯につけてやった。

「ああ、無事に産まれてくれたのですね」母親は敷き詰められた藁の上で、まだ少し苦しそうに、しかし晴れやかな面持ちで父親に抱かれた赤ん坊を見つめた。

「もっと近くに、この子の顔を見せてください。声を聞かせてください」

父親が抱き上げると赤ん坊の産声は厩中に響いた。大きな声であったが不思議と馬たちは嫌な顔一つせず、むしろ穏やかな、その赤ん坊を祝福するような優しい目をしていた。

 彼女らは厩で出産したのであった。皇帝の勅命を受け、都を目指す途中、彼女の月が満ちてこの厩にて夜を明かすことにしたのだ。

「ようし、良い子だ」父親は湯からあげた赤ん坊を手拭いで包んでやった。父親は大工であった。手拭いは父親の仕事道具の一つでもあった

「あなた、それだけでは凍えてしまうかもしれないわ」母親は少し楽になったのか山積みの藁のベッドから体を起こしながら不安そうに尋ねた。

「この子も藁に寝かせてあげましょう」

「や、その通りだ。どれ、どっこいしょ」父親は赤ん坊を母親のそばにそっと下ろした。

 年の暮れも近い、とても、とても寒い日であったが、その厩の中は暖かな雰囲気に包まれていた。12月25日の夜のことであった。

 父親と母親は二人の間に寝かされた赤ん坊の、その小さな小さな手を優しく握っていた。「この子はどんな子に育つのでしょうね」と穏やかな声色で母親が言った。

「俺の後を継いで立派な大工になってもらわないとな」父親はまだ少し興奮しているのか大きな声で笑って見せた。

「まあ、あなたったら」と口元を隠しながら笑う母親には一切の穢れがない、まるで少女を思わせるような清純さがあった。

笑い合う両親に囲まれている赤ん坊の表情にも穏やかな笑みが宿っているにみえた。


 そんな折、夜更けにもかかわらず彼女たちの厩に来客が訪れた。それは三人の男たちであった。彼らは身をかがめて厩の戸をくぐり、恭しい所作でお辞儀をした。

「どうも、こんばんは」と右端の男。

「どうも、こんばんは」と中央の男。

「どうも、こんばんは」と左端の男。

口々に挨拶を述べる、見慣れない男たち。しかし、決して卑しくはない容貌の彼らに困惑しながらも父親は挨拶を返した。「や、これはどうも」そして、首を傾げながら続けた。「どちら様でしたかな」

「おや、これは失礼。我々は東の地よりやってまいりました」と右端の男。

「我々はお告げの星を見たのです」と中央の男。

「我々はその星の元に産まれた赤ん坊を祝福するために伺ったのです」と左端の男。

「まあ、お告げの子ですって」母親は驚いた様子で。「なんと、この子の祝福を」父親はどこか信じられないとでも言った様子でそれぞれ互いに目を見合わせた。

「そうです」と右端の男。

「どうか祝福をさせてください」と中央の男。

「贈り物も用意してきました」と左端の男。

そして、三人の男たちはそれぞれ袋から贈り物を取り出して赤ん坊に捧げた。

右端の男は黄金を。

中央の男は乳香を。

左端の男は没薬を。

「どうかこれらをお納めください」と右端の男。

「その子の旅路に多くの幸あらんことを」と中央の男。

「それでは我々はこれにて失礼いたします」と左端の男。

贈り物を受け取った両親は我が子を抱きしめながら大喜びをしていた。

「おお、おお、この子は立派な人になるぞ」と父親は髭面を赤ん坊に押し付けて泣いて喜んでいた。「ええ、ええ、大切に育てましょう」母親もまた瑞々しい、月のように白い頬を赤ん坊に押し当てて喜んでいた。


 三人の男たちはまた、身をかがめて厩の小さな戸をくぐると、そんな幸せそうな家族を背に元来た道を引き返していった。

しばらく歩いた後に右端の男が口を開いた「ふぅ、今日だけで三軒も回ることができたな」と満足げな様子だった。

「今日は夕方で切り上げようとも思ったがまさか厩で出産をしている家があったとはな」と中央の男。

「贈り物も使い切ってしまったし一度東へ取りに帰ろう」と左端の男。

「そうだな、それに曇ってきたようだ。しばらく、“星に導かれて“なんて方便は使えそうにないぞ」と右端の男。

「それにこれだけ祝福すれば充分だろう」中央の男が頷きながら話す。「俺たちが今まで適当に祝福してきた赤ん坊の誰か一人くらいは大成してくれるだろうからな」

左端の男がニヤリと笑って相槌をうった「そうだそうだ。そうすれば俺たちのこともきっと伝説に残るだろう。」

「その伝説が宝物を持て余した金持ちの道楽だと誰も気付くまい」と右端の男。

「伝説の中じゃ俺たち、なんて呼ばれるんだろうな」と中央の男。

「そりゃあ、決まっているだろう」と左端の男。


 彼らの目指す東の方角から登ってきた朝日に照らされながら三人は口を揃えて言った。

「東方の三賢人ってとこだろう」

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