クリスマスに降る雪は世界を変える

たれねこ

クリスマスに降る雪は世界を変える

 クリスマス――。

 俺が生まれる前からその日は特別な日という位置付けで、家族や恋人、友達など大切な人と過ごすのがきっと正しい過ごし方で。

 しかし、俺にとってはそんなクリスマスも普段と何も変わらない一日に過ぎなかった。

 両親は共働きでクリスマスも関係なく仕事で、友達同士でクリスマスパーティをするということもなく、恋人はいたこともあったがなぜかクリスマス前には別れていて、クリスマスデートなど特別なことをしたことがなかった。

 なので大学に進学して以降は、クリスマスはバイトをする日となっていた。

 大学四年生になってもそれは同じで、就職も早々に決まり、卒論も書き上げてしまい、暇を持て余し、今年もバイトに精を出していた。


 例年と同じくサンタクロースのコスプレをして、看板を持って客引きをする。

 しかし、道行く人はサンタのコスプレにはちらりと目をやるが、看板には目をやることはない。それも仕方ないことで、目の前を家族連れやカップル、同い年くらいの集団が通り過ぎていく。きっとこれから楽しかったり、幸せな時間を過ごすのだろう。

 ふと自分は一人で何をしているのだろうと思うと、途端に寒さを感じて身震いをしてしまう。


「あっ、雪――」


 そんな誰かの言葉が聞こえ、空から舞い降ってくる雪に人々はつかの間、足を止め、空を見上げたり、手のひらに雪を受け止めたりしている。しかし、俺は空ではなく孤独で惨めな境遇にうつむいてしまう。

 俯いたことですぐ近くにいた小さな男の子と目が合った。

 空は真っ黒でイルミネーションや店から漏れる光などが辺りを明るく照らし出すような時間に、幼い子どもが一人でいるとは考えられなかった。さっと周囲を見回してもその子を気にしているような大人はおらず、迷子かと直感する。

 付けひげの下で一つため息をついてから、膝をかがめ、男の子と目線を合わせる。


「えっと……キミは今日は誰と来たのかな?」


 精一杯優しい声音で笑顔を作りながら、持っていた看板を置いて話しかける。男の子は首をかしげながらジッとこちらの顔を見つめてくる。すると次第に表情に不安の色が濃くなっていく。


「パパとママと……」


 その言葉にもう一度辺りを見回すが、この子の両親とおぼしき人は見当たらなかった。そうやって顔をあげていると、服が引っ張られる感触がして目を落とせば、男の子が服の袖をギュッと小さな手で握っていた。男の子はそのことで少し安心したのか、ホッと安心したように大きく息を吐いていた。

 その様子を見ながら、泣かないだけできた子だなと感心しつつ、それでも不安だよなと内心を想像する。そこでふとバイト前に誰かの差し入れで置いてあった棒付きキャンディを一本もらいポケットに入れていたことを思い出した。


「ちょっと待ってな」


 そう口にして、ポケットの中からキャンディを取りだし、男の子に渡した。男の子はキャンディを持ったまま目を丸くしていた。


「もらって、いいの?」

「ああ、今日はクリスマスだからな、俺からのクリスマスプレゼントだ」


 そう言うと男の子はみるみる嬉しそうな表情に変わっていく。お菓子ひとつでここまで笑顔になれるとは純粋な子どももいるもんだなと、思わずこちらまで笑顔になってしまう。


「ありがとう! じゃあ、僕もお返しする!」


 男の子は握っていた服の袖を離すと、着ていた上着のポケットに手を入れて、取り出したものを俺の手のひらに乗せてくれる。そこにあったのはお菓子の包み紙のようなもので作ったつるでベーシックなものではなく羽根を折り曲げた姿の鶴だった。


「ありがとう、大事にするよ」


 俺の言葉に男の子はいっそう嬉しそうに「うんっ!」と頷くので、こっちまで嬉しくなってしまう。それから男の子はくるりと反転して、タッタッタッと駆けだして、雪降る街に姿を消していった。大丈夫かなと心配に思いながら背中を見送るが、その足取りは迷いがなく力強く、大丈夫だろうなと不思議な確信があった。

 もらったばかりのかわいいプレゼントを大事にポケットにしまい、温かい気持ちで仕事を再開することにした――。



***



 あの男の子に出会った年以来、クリスマスも悪くないと思えるようになった。

 もし大事な人と過ごす機会ができたら、そのときは特別な日だと感じながら大切にしたいし、他人の幸せそうな姿も眩しく感じることもなくなった。

 そうやって、小さなことさえも特別で大切だと思えるようになると世界は変わるもので、社会人になって数年後には結婚し、子宝にも恵まれた。

 クリスマスには子どものためにプレゼントを買い、できるだけ一緒に過ごせるようにと仕事を調整したりした。

 そして、子どもが来年には小学生になるというくらいに大きくなったので、今年のクリスマスは仕事終わりに待ち合わせて、そのまま家族と買い物と外食をすることにした。

 クリスマスプレゼントに子どもが変身ベルトにするか、ヒーローの武器にするか真剣に悩んでる姿を微笑ましく見守った。会計を済ませると、クリスマスのサービスということで棒付きキャンディをもらった。


「食べていい?」


 もらったばかりのキャンディに目を輝かせた子どもが、食事前だからと止めてもよかったが妻が「ご飯の前だけど、今日だけ特別よ」と笑顔でオーケーを出した。

 近くのベンチに腰掛け、俺の膝の上に子どもを乗せ、隣に妻が座る。子どもがたどたどしくも丁寧にキャンディの包み紙を取ると、妻にそれを渡して、キャンディを頬張ると「おいしい」と嬉しそうに足をバタバタさせる。落ちないようにしっかりと抱きかかえながら、隣に座る妻を見ると膝の上に置いた鞄を土台にして、その上で包み紙で折り紙を始めていた。それは妻の手癖のようなもので、普段からお菓子の包み紙やレシートなどで、何かしら作っていた。

 子どももそのことは知っているので、何ができるのだろうとワクワクしながらその様子を見つめる。妻は手早く鶴を折ると子どもの膝の上にちょこんと乗せた。履いていた青いズボンも相まって水面で休んでいる鶴のように見えた。子どもはしばらく眺めた後、大切そうに持ち上げて、宝物をしまうように大事に上着のポケットにしまった。

 キャンディを食べ終わると、今度は外食する店に向かうことにした。

 イルミネーションで明るい街中を子どもの手をしっかりと握り、反対の手には子どもの大事なクリスマスプレゼントの入った袋。

 そうやって歩いていると鼻の先に白いものがすっと降ってきた。空を見上げると雪がヒラヒラと降り始めてきた。

 思わず妻と顔を見合わせながら、綺麗だねと同時に口にして、そんな偶然に笑った瞬間、すっと握っていた子どもの手が抜けた感覚があった。慌てて、視線を下に落とし握り直そうとするが、そこに手はなく、人混みをすり抜けるように子どもが一人歩いていった。慌てて追いかけるも人の流れにはばまれて、すぐに見失ってしまう。妻と二人慌てて、辺りを手分けして探すも見つからず、しばらくしてはぐれた場所に戻ってくると、子どもが先に戻っていて一人で待っていた。


「よかった。どこに行ったのかと思ったよ」

「無事でよかったぁ……」


 妻と口々に安堵の言葉を吐きながら、大事な子どもを二人して抱きしめた。しかし、当の本人はというとケロッとしていて、笑顔を浮かべていた。

 よく見ると子どもの手には、棒付きキャンディが握られていた。


「ねえ、パパ。サンタのパパにもらったから、これはこっちのパパにあげるね」


 子どもはキャンディを笑顔で差し出してきた。

 何のことかさっぱりわからないが、息子からの初めて形あるプレゼントを「ありがとう」と笑顔で受け取った。

 息子も嬉しそうな笑顔を浮かべるので、それでさらに嬉しくなり心が温かくなる。そんな俺と息子を妻が隣で幸せそうな表情で見つめている。

 ここには一つの幸せの形がたしかに存在していた――。



 クリスマスに雪が降ると特別なことが起こるのかもしれない。

 きっとこれもそんな奇跡に溢れた一瞬なのだろう――。

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