スーサイドパレード

杜侍音

スーサイドパレード


 ──俺は刑事だ。

 解決した事件は数知れず。やれ東で殺人事件があったならば小さな証拠から犯人を暴き出し、やれ西で立て篭もり事件があったなら、得意の歌唱力で「かあさんの歌」を唄い泣き落とす。

 南で詐欺事件があるならば受け子から詐欺グループ全員を芋づる式に捕まえていき、北で今夜の晩ごはんが決まらない奥さんがいれば、行ってメニューを決めてやる。

 俺に解決できない事件はない。何であっても即座に最高で丁寧な対応で捌き切る。


 ──だが、いま目の前で起きている事件……といってもいいのか分からないが、俺は史上最大に苦戦している。歳でも取っちまったか。いや、そういう話ではない。

 一人の男が立っている。足場も不安定。少しでも揺れればすぐにでも落ちてしまいそうだ。

 彼を取り囲むように俺の部下たち。他にも機動隊がいて辺りは騒然としている。


「来るなぁぁあ‼︎ 来たらここから飛び降りるぞぉ‼︎」

「この状態で1時間……くぅぅ! どうしたら助けられるんだ!」


 そう、男は飛び降り自殺をしようとしていたのだ。

 この手の事件はよくある。普段なら通報されて来た俺たち警察が、自殺志願者を宥めて阻止するものだ。

 しかし、彼は一向に興奮冷めやまない様子。俺たちの声は届かず、隣にいる新人もどうしたらいいのか分からず嘆いている──


 ──え? いや……、なんで皆こんな真剣になれるんだ。俺がおかしいのか? 俺だけこの空気に乗り切れていないんだが?


「な、なあ」

「警部どうしました?」

「こいつ……助ける必要あるか?」

「なっ⁉︎ ……見損ないましたよ、まさか目の前で命を投げ出そうとしている人がいるってのに、黙って見過ごすんですか⁉︎ おいおい、オレの信じた男ってのはこんな奴だったのかよ!」

「いや、だってさ」

「だってさ⁉︎ それは言い訳にしか過ぎないっすよ。あんたには自殺する人の気持ちが分からないのか! もうこうなったらわたしがこの件引き受けますよ。それ、貸してください」


 俺が持つメガホンを奪おうとする新人。

 でも奪わせない。これは俺が犯人を説得するために大活躍した俺のアイデンティティだ。

 こうなったらこのメガホンで大々的に言わせてもらおうじゃないか。


『いやだってさー! 死ぬわけないじゃーん! こんな高さしかないんだから‼︎』


 俺は男のもとに駆け寄り、両手を少し広げて、男が乗っている台を測る。

 体力低下と共に恰幅が良くなった俺が寝そべった高さよりもない。


「近寄るなって言ってるだろぉぉ!」

「無駄に刺激しちゃダメですよぉ!」


 俺は慌てる部下たちに連れ戻される。


「いやだって、あんだけしかないし。飛び降りても死なないぞ」

「でも警部。打ちどころ悪かったら……最悪死にます」

「最悪打撲だよ」


 そう、男は飛び降り自殺をしようとして、ほんの30cm強の台に立ち、発狂して周囲の人々に迷惑をかけていたことから通報されたのだ。

 つまるところヤベー奴である。


「俺は、もうダメなんだよ……。仕事を失い、彼女に捨てられ、帰宅したら家が燃えてた」

「災難過ぎるだろ」

「だから、もう死ぬしかない!」


 こうして飛び降りを決意したらしい。あんまり言いたくないが、ビルの屋上とか断崖絶壁とかそういうとこ行けよ。


「気持ちは分かるけどよ。まだ若いんだし仕事も彼女も、住所も新しいとこ探せばいいだろ」

「あんたに何が分かるってんだよ!」


 いや、確かにそこを選んだ理由は分からん。


「警部! 刺激しないでくださいよぉ!」

「いや、もう放っといてもいいだろ。もう機動隊の皆さんも帰って大丈夫ですよー」

「確かに機動隊は刺激になりますもんね」

「もう俺も帰ってもいいか?」

「ダメですよ! あの男だけだったら別にいいんですが」

「あの男はいいのかよ」

「もう一人いますからね」


 そう、事件はこれだけじゃ終わらない。というかヤベー奴がもう一人いる。

 振り返ると、ある女があの男と同じように立っている。


「私のことは放っておいてよ! 私に構ったらこれ飲んでやる」


 震える女の手には小瓶サイズの容器。

 中には見るだけで安心する色合いの液体が入っている。


「毒で自殺か……。どうやったら止められるんだ!」

「……飲めばいいんじゃないか」

「なっ⁉︎ 見損ないましたよ、まさか目の前で命を捨てようとしている人がいるってのに、黙って見過ごすんですか⁉︎ おいおい、オレが志した刑事ってのはこんなもんなのかよ!」

「いや、だってさ」

「だってさ⁉︎ それは言い訳にしか過ぎないっすよ。あんたはやっぱり命をかけてあそこに立つ人の気持ちが分からないのか! もうこうなったら今度こそわたしがこの件引き受けますよ。それ、貸してください」

「メガホンはダメ」

「欲しい!」

「いやだってさー! 死ぬわけないじゃーん! あいつ持ってるのヤ○ルトなんだから‼︎」


 俺は女からヤク○ト奪いとり、部下に見せつけた。


「返してよ!」


 女にヤク○ト奪い返され、もう取られまいと大切そうに抱きしめている。

 てか、さっきから簡単に近寄れるけど、これこのまま取り押さえられるよな。


「あぁ……! そんな菌たっぷりの毒を……!」

「乳酸菌だよ」

「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株ですよ⁉︎」

「んんん知らねぇよ乳酸菌だろ! 健康になんだろ!」


 確かに、薬も過ぎれば毒となる、ということわざがあるように、飲み過ぎは良くないかもしれないが、女が持っているのは平均サイズの一本のみだ。


「私は、もうダメだ……。仕事は出世、新しい彼氏もできて、家が燃えたから新しくて綺麗な家を建て直した」


 めちゃくちゃ良い暮らししてるじゃねぇか。


「だから私はこのヤク○トを飲む!」

「ただ大袈裟にヤク○ト飲むだけじゃねぇか! 人騒がせな、てかこいつ一度も死ぬなんて言ってないぞ!」

「きっと中毒なんだ! ヤク○トをあんなに飲みたいなんて思わない!」

「ヤク○トは確かに量少ないからな。もっと欲しくなるもんな。……てか、あんたの家も燃えたんだ」


「刑事さん! こいつが俺のことを捨てた女だよ!」


 えぇ⁉︎


「どうもお久しぶり。別に私が捨てたのも、あんたが浮気してたからでしょ⁉︎」

「あんたら知り合いだったのかよ」

「元カレよ」

「いや元カレにはしない! つーか、俺たちの家が燃えたってのに、何相談もなしに新しい家建ててんだぁ⁉︎ めちゃくちゃ金かかんだろ!」

「はぁ⁉︎ あれは元から私の家よ⁉︎ 家賃払ってるのも私の母ですしぃ! どっかの誰かがいつまでも出世もしないから、挙げ句の果てには仕事もクビになったわよね⁉︎」

「お前がミスったのを俺のせいにしたからクビになったんだよ。しかもなんだ、出世したって。その出世した理由って俺が二年かけて作った企画のおかげだよな。それをお前が奪ったんだ!」

「奪ったって人聞きの悪い! 元々二人で作ってたじゃない。けど、あんたはクビになったし別れたんだし別にいいでしょ⁉︎」


 俺たちを挟んで、台に乗って言い合う二人。未成年の主張ならぬ成人のゴネだ。


「うーん、どっちもどっち。両者引き分け!」

「痴話喧嘩ならもう帰っていいか?」

「ダメですよ! 元カノさん、お願いします聞いてください。元カレさんは自殺しようとしてるんですよ⁉︎」

「あんた自殺すんの? だったら私が先に自殺してやる!」

「は⁉︎ 俺が先にするし!」

「……刺激してもうた」


 何やってんだお前は……。

 感化された女はどこからかロープを持ち出す。


「はいはーい、これで死にまーす。このロープで首くくって飛び降りまーす。首にロープを回して、あれ、ロープかけるとこ、んー、ないな。やめまーす」

「じゃあ俺、銃で眉間ぶち抜いて死にまーす。刑事さん銃貸してください」

「貸すわけないだろ」

「ないんでやめまーす」

「じゃあ私は毒で死にまーす」


 女はヤク○トをグイッと一気飲みした。


「ぷはー。美味しかったでーす」

「じゃあ俺はナイフで腹刺して死にまーす。刑事さん、ナイフ持ってます?」

「持ってない」

「ないんでやめまーす」

「じゃあ……焼死は暑いからやだな。凍死も寒いし。感電死は感電するからやだな。うーん、パス」

「じゃあ刑事さん、あれ貸してください」

「ない」

「やめまーす」


 さっきから何見せられてんの⁉︎

 こんな多種多様な自殺をパレードみたいに次々出しやがってよ……え、タイトルってそういう意味⁉︎ 内容うっす。タイトル負けしてるぞ内容⁉︎


「何よ、あんた死ぬの怖いわけ?」

「お前こそ。ビビってんじゃないの?」


 お前ら本当はまだ仲良いだろ。


「そんなに自殺が怖いなら私が殺してあげようか?」

「だったら俺が殺してやるよ」

「は? あんたが死ね!」

「お前が先に死ね!」


 自殺するする合戦から、今度は直接言葉の殴り合いを始める両名。加熱する口喧嘩をさすがに止めようとするも、聞く耳を持ってくれない。

 困り果てたその時──


「もうやめて下さいよ‼︎‼︎」


 新人の叫びに、ついに二人の口が止まった。


「そんな命を軽く扱わないでください。そんな簡単に誰かを殺そうとか、自殺するとか言わないでくださいよ。どんなに辛かったとしても生きたいって願ってくださいよ。こんなの自分の願望かもしれません。けど、二人は元々カップルで愛し合っていたんでしょ。愛した人を殺すとか、目の前で自殺するとかやめて下さい……」

「どうして俺たちのために、」

「泣いているの?」


 新人の想いが二人の熱を冷ました。


「わたし、昔死にかけたことがあるんですよ。これ見てください」


 新人は右の手首を見せる。

 そこにはおびただしいほどの切り傷があった。


「お前……それはリストカットか……」

「あ、こっちは猫に引っかかれたやつっす」

「ちっがうのかよ……‼︎」


 おぉい! 今いい流れなんだから変に崩すなよ!


「こっちでした」と、今度こそ部下は左手首を見せる。


「それは……」「リストカット?」


 元バカップルのバカ二人は息を揃えて言う。


「はい……いや、リストカットは自分したことないですね。これは……」

「猫か」

「猫です。7匹飼ってるんですよ、みんな可愛いくて。って警部! 話逸らさないでくださいよ!」

「お前だよ」

「まぁ、特に見せるものはないんですけど」


 だから何を俺は見せられてんの?


「でも、死にかけたことがあるのは事実です。あれは、警察学校の卒業式でした──」



   ◇ ◇ ◇



「うむ、卒業おめでとう。これからは世のため人のためにしかと勤め上げるのだよ」

「はい!」


 わたしが元気に返事をして卒業証書を貰い振り返ると、他の警察官が笑っていたんです。


「──何でみんなは笑ってるんだろう。その時は全く気付かなかったんです。でも後で知ったんです。チャックがあいていたことに……! ああ、」


「「社会的に死んだんだ、と」」


 途中からそんなことだろうなと分かってたよ!


「まぁ、そんなとこっすね」


 エピソードうっす。


「自分がお二人の気持ちを分かってるとは言いません。でも必ず二人ならこれから先も大丈夫、初対面ですけどこれだけは何となく分かるんです。どうか、命を粗末にしないでください。お願いします」


 新人が頭を下げるのを見て、俺も一応下げた。

 エピソードはプレパラート並みに薄いが、最初と最後の言葉には完全に同意だ。


「……そう、ですよね」

「私たち自殺をするのやめます。迷惑をおかけしてすみませんでした」

「ほんとですか⁉︎」

「ええ、刑事さんのお話を聞いてなんか自分たちが馬鹿らしくなっちゃって」


 実際バカでしたけどね。


「刑事さんも辛いことがあったのに、こうして私たちを助けてくださって、私も誰かを救えるように頑張ろうと思います」


 こいつ史上最大の辛いこと、人類史上一番くだらないけど?

 ま、俺のこのクソデカため息はこいつらには関係ないし、変に口挟んで折角の解決ムードをぶち壊す気はない。


「ごめん」

「私たち何でこんな喧嘩になっちゃったんだろ」

「俺が……お前のヤク○ト勝手に飲んだからだろ」


 お前らも理由しょぼ。どんだけヤク○ト好きなんだよ。新しいの買えよ。


「ヤクルトのことについては許す。でも、あの女は誰だったの?」

「俺は本当に浮気してないよ。……あ、もしかして妹じゃないか? 妹となら二人で出かけた記憶はあるけど……」

「そういえば妹さんいるって前に言ったことが……。何だ私の早とちりか。……もう、勘違いしたんだからヤク○ト奢ってよね」

「ったく、しょうがねぇな。って新しい彼氏ができたとか言ってなかったか?」

「あれはリアルじゃない。二次元の話。最近推しが新しく出来て、それでお金がどうしても必要だったの」

「だから俺の出世を横取りしたのか」

「ごめんなさい」

「ったく、しょうがねぇな」


 あんたよく許せたな。


「まぁ、クビにはなっちまったけどよ。二人でこれから一緒になるなら家計も共有になるし別にいっか」

「月のお小遣いは2万円よ」

「ったく、しょうがねぇな」


 おい、本当にそれでいいのか。

 いや、これ以上言うのは野暮だし、もう首つっこむことは絶対しない。


「はぁ……。何はともあれ、これで色々解決かな」

「ですね」

「まぁ、絶対死人でねぇのは分かってたが、この二人の仲を取り持ったんだ。よくやった」

「へへ、何だか照れますね」

「さぁ帰るぞ。やっと帰れる……。じゃあお二人さん今度はお互いちゃんと話し合って、仲良く達者でな」

「警部!」

「なんだ」


「そこ、バナナの皮落ちてます」


「ええぇぇえ⁉︎⁉︎」

「警部ぅぅぅ‼︎ 死なないでください!」


 空切る景色。

 部下の叫び声。


 どうやら俺はバナナの皮を踏んで転び、頭を強く強打。そのまま帰ることはなかった。


〝〝〝殉職……‼︎〟〟〟

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スーサイドパレード 杜侍音 @nekousagi

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