SS.18:最終話 これからずっと一緒に


 喫茶カメリアからの帰り道。

 谷口が運転する車のなかで、二人の会話は弾んだ。


「来週衆議院が解散になると、官房長官のSPの仕事もお役御免になるんだ」


「そうなんですね。それで……自衛隊に戻るんですよね?」


「いや……実は官房長官に無理を言って、防御大学の特別講師として働くことになったんだよ。それで引っ越すことになるんだけど……引越し先も目処がついていてね。ちょうど防御大学とひなちゃんの家の中間地点にあるマンションに決めようと思ってるんだ」


「本当ですか?」


「ああ。たぶん職場にもひなちゃんの家にも車で30分もかからないから距離だよ。だからこれからは気楽に会えると思う。夜遅くまで働くこともないしね」


「ひょっとして、転勤とかもないんですか?」


「当面はないと思うよ。少なくともひなちゃんが大学を卒業するまでぐらいはね」


「そうなんですね! よかったぁー」


 ひなは無邪気に喜んだ。

 でも……ふと考える。

 

(ひょっとして……ひなのためにそうしてくれたのかな? 転勤の多い自衛隊に戻らずに、地元の防御大学を選んでくれたのかな?)


 そんなことを考えるのは、おこがましいかもしれない。

 でももしそうだとしたら……それだけひなの事を大切に思ってくれているということだ。

 ひなは心の中が暖かくなった。

 いままで生きてきた中で、こんな気持になったのは初めてだ。


 それから話題は、浩介と雪奈のことになった。


「でもひな、本当にびっくりしました。いつの間にかそんなことになってたなんて……」


「そうだね。自分は大池官房長官とのやり取りである程度は知っていたんだけど……まさか結婚して配偶者として連れていくなんて、本当に驚いたよ」


「そうだったんですね……でもひな、寂しいです。雪奈は中学の時からの親友だったから……」


「そうだったね。でも多分毎年夏休みには彼らも日本に戻って来るだろうし、それに自分と一緒にアメリカに遊びに行くことだってできるよ」


「一緒に行ってくれますか?」


「ああ、もちろん」

 谷口は明るくそう答えた。


「でも……確かに事情は特殊ですけど、18歳で結婚って早いですよね」


「確かにそうだね。でもあの二人だったら、遅かれ早かれだったんじゃないかな」


「うーん……確かにそうかもです」


 ひなは結婚なんてずっと先の事だと思っていた。

 でも雪奈は、あっさり18歳で結婚した。

 ひなは……この先どうなるのかな。

 それに……その相手はひょっとして……


「ひなちゃん」

「ひゃいっっ」


 ひながいろんな妄想をしていると、谷口から声がかかる。

 その声は、少しだけ緊張の色を帯びていた。


「ひなちゃん……あのね……」


「? はい」


「ひなちゃんが大学を卒業したら……自分との結婚を考えてほしい」


「え!?」


「えっと……今言うことじゃなかったかもしれないけど……でも自分はそれだけ真剣に考えてる。ひなちゃんのこと」


「……」


「だから時間をかけて、ゆっくり考えてみてくれないかな?」


「……」


「その……嫌だったかな……」


「グスッ……」


「ひなちゃん?」


 ひなは少し驚いたが、嬉しかった。

 こんなに自分のことを大切に、本気で思ってくれる人が現れた。

 谷口は今のひなことだけじゃなくて、ずっと先のことまで考えてくれていた。

 ひなは涙を止めることができなかった。


「はいっ……ひなも谷口さんと、これからずっと一緒にいたいですっ」


「そっか。そうなるように、自分も頑張るよ」


「谷口さん」


「ん?」


「ありがとうございます。ひなと出会ってくれて」


「えっ? ああ、こちらこそだよ。ありがとう、ひなちゃん」


 程なくして車はひなの家の前に到着した。

 谷口はひなを抱き寄せた。

 ぎこちないファーストキスは、少しだけ大人の味がした。


           ◆◆◆ 

 

 そして5月15日、土曜日。

 ひなと谷口、雪奈の家族、葵と慎吾は成田空港のターミナルビルの展望デッキに立っていた。

 ひなは今飛び立とうとする、ボストン行きの機体をぼーっと見ていた。

 親友の、いつも一緒にいた雪奈がアメリカに行ってしまう。

 ひなはまだ実感がわかなかったが、結婚して新たな門出を迎える親友を心から祝福した。


「頑張ってね。雪奈」


 隣で谷口は、巨大な双眼鏡で飛び立つ飛行機を眺めていた。

 なんでもアメリカでの研修終了時に、向こうのアーミー仲間たちから選別にもらった双眼鏡らしい。

 2キロ先の新聞の見出しが読めるという、当時最新鋭の代物ということだ。


「あ、雪奈ちゃんがいた。こっちに手を降ってるよ」


「ほんと?」


 ひなは飛行機に向かって、両手で大きく手を振った。

 他の皆も、同じように手を振った。


「あっ……」


「? どうしたんですか?」


「え? あ、いや……」


 谷口が少し口ごもる。


「キスしてた。あの二人……」


「もう、なんやの? あの二人、飛行機に乗ったらキスせんと死んでしまう生き物なん?」


 葵のツッコミに、一番爆笑していたのは夏奈だった。


 見送りが終わって、各自帰路に着く。

 ひなは谷口の車の助手席に座り、家に向かう。

 最近はここが、ひなの指定席になった。

 谷口は3月に引越してから、ひなと会う頻度も随分増えた。


「ひなちゃん、雪奈ちゃんと大山くんが行ってしまって……寂しいよね?」


「……そうですね、寂しいです。寂しいですけど……谷口さんがいてくれたら、ひなは大丈夫です」


「そっか」

 谷口は運転しながら、柔らかく微笑んだ。


「ひなちゃん。次の週末、千葉のテーマパークにでも遊びに行こうか?」


「え? 本当ですか? ひな、行きたいです!」


「じゃあそうしよう。実は……女の子とデートで行ったことなんてないんだけどね」


「え? えっと……ひなもです……」


 ひなもそうだが、谷口だって恋愛初心者のようだった。

 だからこれから二人で、ゆっくりと進んでいけばいい。


 ひなはこれから谷口と行きたいところがたくさんある。

 プールや海にも行きたいし、おしゃれなカフェにも行きたい。

 冬にはスノボや、クリスマスデートだってしたい。

 それに……雪奈の住むアメリカにだって、一緒に行きたい。


 ひなの恋は、まだ始まったばかりだった。


 

   ---- FIN ----


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 これにてシリーズ完結となります。


 私事となりますが、しばらく資格試験勉強のため執筆から離れます。

 落ち着きましたら、また新作でお会いできればと思います。

 引き続きよろしくおねがいします。


 たかなしポン太

 

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大山浩介はいろいろと翻弄される。そして悩みに悩む。 たかなしポン太 @Takaponta

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