SS.17:合否発表の日


 3月6日。

 ついに国立二次試験の発表の日。

 運命の日だ。

 この日のために、ひなは一生懸命頑張ってきた。


 ひなは2階の自分の部屋で、スマホを片手に緊張していた。

 1階のリビングでは、ゆめとひめが待機している。


「はぁーー……心臓が口から出てきそうだよ……」

 ひなは独り、そう呟いた。


 午前9時ちょうど。

 スマホで合否発表のサイトへアクセスした。

 ひなの受験番号、『995』を探す。



 783,785,780,783,787…………


 ひなはスマホをスクロールしていく。


(どうかありますように……)



 878,880,881,884,887………… 


(大丈夫、あれだけ頑張ったんだ)



 981,983,987,988,990………… 


(お願い、神様……)



 991,992,995,998,1001………… 



「あれっ?」



『995』


「……あった……あった! あった! やったぁーー!!」


 ひなは叫んだ。

 とたんに涙が溢れ出してきた。

 椅子から立ち上がると、その場で2,3回ジャンプした。


「やった! やったよ! ママー! お姉ちゃん!」


 ひなは階段を転げ落ちるより早く、ドタドタと駆け下りた。

 リビングのドアを勢いよく開けると、大きな声で叫んだ。


「受かった! 相模国大、合格したよ!」


 ひなの涙声の叫びが、家中に響いた。


「そうなの!? やったわね、ひな。おめでとう。一生懸命頑張ってたものね」

「凄い凄い! よかったわね。ひなが相模国大に合格するなんて……」


 ゆめもひめも、その後は言葉にならなかった。

 3人とも手を取り合って、しばらく涙を流していた。

 ひなはまだ信じられない気持ちでいた。

 落ちこぼれだった自分が、来月から国立大学の学生だ。

 いろんな人に支えられてきた。

 自分ひとりじゃ、無理だった。


「ひな、谷口さんに知らせてくる」


「そうね。そうしておいで」

「谷口さんも、喜んでくれるよ」


 ゆめとひめの声に押され、ひなは再び2階へ駆け上がる。

 Limeのビデオ通話を繋ぐと、谷口はすぐに出てくれた。

 今朝谷口は自宅にいると、ひなは聞いていた。


「ひなちゃん、どうだった?」


「谷口さん、受かりました! 合格したんです、相模国大! 谷口さんのおかげです!……」


 ひなはそう言うと、ふたたび涙を流し始めた。

 涙がなかなか止まらなかった。

 しばらくひなの嗚咽が続いた。


「よく頑張ったね、ひなちゃん。全てはひなちゃんの努力の結果だよ」


「そんなことないです。皆が支えてくれたんです。谷口さんだって……もうひなはダメかと思ったときだって、励ましてくれました」

 嗚咽をこらえながら、ひなはそう言った。


「ははっ……自分の言葉が力になったんだったら、光栄だよ」

 谷口は穏やかに笑った。


 そして……ひなは心に決めていた。

 もし国立に合格したら、谷口に言おうと。

 拒否されるかもしれない。

 でも……それでも、心に留めることなんてできない。

 

 まだ自分は谷口の隣に立つには、ふさわしい女性じゃないかもしれない。

 でもたった今、ひなはそのスタート地点に立てたと思うんだ。

 だからきちんと言おう。


「谷口さん」


「ん? なんだい?」


「ひなとお付き合いしてくれませんか? その……一人の女性として」


「え?」


 一瞬谷口は虚を突かれた表情をする。

 しかし……すぐに破顔した。

 ふふっと小さな笑いをこぼすと、大きな声でこう言った。


「はい、喜んで! こちらこそよろしくね、ひなちゃん!」


「え? は、はひ……よろしくお願いしましゅ」 


 谷口からの意外な快諾の返事に、モジモジモードのひなだった。

 

           ◆◆◆ 


 ひなは自分の大学合格をグループLimeですぐに伝えた。

 皆からはお祝いのメッセージが、次々と届いた。

 そして谷口からは「次の非番の日に、一緒に遊びに行こう」と誘われている。


 ひなは谷口とのことを、親友の雪奈に伝えたかった。

 雪奈にLimeでそのことを話すと、お返しにとんでもない爆弾が飛んできた。


「ゆ、雪奈、今なんて言ったの?」


「あのね、ひな。私、結婚したの。浩介くんと」


「はぁ?!」


 結婚するの、ではない。

 結婚したの、と雪奈は言った。

 聞き間違いではなかった。


 よくよく話を聞くと、信じられないストーリーが展開されていた。

 すでに入籍を済ませて……そして5月には雪奈と浩介は、アメリカへ行ってしまう。

 それも8年間も。


「そ、そんなの……ひな、寂しいよ」


「私もだよ、ひな。でも決めたの。ずっと浩介君のそばから離れないって」


 そんな雪奈の言葉は、淋しげだが力強さがあった。

 好きな人のためだったら、ここまでできるんだ……。

 ひなは少しだけ、羨ましく思った。


 そして谷口の非番の日がやってきた。

 付き合ってからの初デートだ。

 ひなには行きたいところがあった。

 それは……喫茶カメリアだ。


 ひなは翔平に報告した。

 相模国立大の教育学部に合格したこと。

 そして……谷口と付き合い始めたこと。

 翔平は涙を流して喜んでくれた。

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