令和時代の百々目鬼

 人間社会というのは面白いもので、お金とコネさえあれば何でもできる。


 そしてその両方とも、人を脅して壊せばすぐに手に入る。高い地位にある人間ほど致命的な秘密は多く、破滅したくないからいくらでもお金を出す。


 人間としてまだ幼い女の姿は、高い地位を持つ男性を油断させるのに格好だった。そう言った人間は最初はこの肉体を堪能し、己の社会的立場を使ってその事を黙らせようとする。


『よかったよ、ヒトミちゃん。次もよろしくね』

『このことをしゃべっても無駄だから。オジサンには怖いヒトと頭のいいセンセイがいるからね。これがオトナの力だよ』

『ネットでバラしてもいいよ。だけどオジサンも今日の事をネットにあげるから。今日のことを世界中に公開されくないよね?』

『頭のいいヒトミちゃんなら、オトナに逆らっても無駄だってわかるよね?』


 おおよそそんなセリフだ。青木とあまり変わりがない。人によっては優しさを出して自分が脅迫している事実を誤魔化したり。酷い人になると拘束して逃がさないようにしたり。欲を前面に出したオスは酷いものだった。時々メスもいたけど。


 でもすぐに致命的な秘密を握られて、ワタシに屈することになる。明るみに出れば社会的立場が崩壊する秘密。資金源となる秘密。犯罪的な秘密。隠さなくてはいけない過去。すこし『見た』だけで分かること。


 あとは簡単だ。証拠を探すなんて少し時間をかけて『見れ』ばいい。過去の視界を洗いざらい見ればすべてわかる。人間の法律でも裁けるように証拠を暴けばそれで終わりだ。


 秘密を知っていることを示唆すれば大方の人間は屈する。ワタシを脅迫するタネも消えてしまえば、何も言えなくなる。証拠を提示すれば土下座する。破れかぶれになって私の口を封じようとする人間もいたけど、事前に見て知っているから怖くもない。スナイパーの『目』すら見えるのだから。


 そもそも妖怪は人間程度じゃ殺せない。包丁で刺されても銃で撃たれても死なない。爆発に巻き込まれて生き埋めにされれば厄介だけど、それこそ事前に察知できれば回避できる。視界を制するワタシに不意打ちは不可能だ。


 そうしてワタシの為に貢いでくれる多くの人間を得た。ワタシが今いるタワーマンションの一室も、その一つだ。ここにはワタシ以外には誰もいない。名義はどこかの政治家の息子だが、その息子はワタシに関って精神を病み入院している。私の部屋同然だ。


 覚醒してから数年。ワタシは多くの人間の秘密を知り、そして破滅させてきた。


 ワタシに近づいてきた学校の生徒達は多かった。そしてその数だけ性格と生活が破滅した。善人と思ってた自分の本性を暴かれて泣き叫んだ。実直に肉体を求めた愚か者はさんざん弄んで欲望のままに破滅した。学校を辞め、教職を辞めていった。


 卒業後は家を出た。親がいろいろ言ってきたが、いろいろ稼いだ預金通帳と子供の事を疎ましく思っていることを告げればすぐに押し黙った。親権が切れるまでは人間の法律に則って定期的に連絡を入れていたが、今はもう赤の他人だ。


 生きた年齢的には成人だが、私は肉体の成長を止めている。未だ成人していない学生。そのブランドが油断させるのに都合がいいからだ。誰もかれも見た目で油断する。その『視線』さえもワタシにとっては愉悦の対象だ。こちらを獲物と思っている愚かな人間。その表情が逆転する瞬間が最高だ。


 もちろんだが、ワタシの誘惑に反応しない人もいる。ワタシに性的な興味をもてない人や、警戒心の高い人、ネット関係の知識が高い人、そもそも視力が弱い人。そう言う人は手が出せない。ワタシも無理に手を出そうとも思わない。


 だって、他に獲物はいくらでもいるから。おいしい人間はたくさんいるから。


 人間がスマホに情報を依存すればするほど、ワタシは人間の秘密を奪いやすくなる。人間が便利になれば成程、ワタシも便利になる。個人情報の価値が高まれば高まるほど、それを軽視する愚か者が多くなる。


「あ、ふ……。いい目覚め」


 今こうして気怠く目覚めているのが、その証。太陽は中天に昇り、多くの人間は汗水たらして働いている。そんな中、何もせずにお金や物品がワタシの元に入ってくる。破滅を恐れて貢いでくれる多くの人間エサがいる。


「ふふ、今日も泣いてるわ。昨日の事がそんなに忘れられなかったの?」


 ワタシはワタシの中にいる人間の魂の様子に笑みを浮かべる。ずっとずっと泣いている人間。ボロボロになってく人間を自分と重ねている愚か者。秘密を握ってハメるさせるさまを自分に重ねる愚か者。


 やめて、ごめんなさい、わたしがわるかったです、ひみつをさらさないで、ばくろしないで、ゆるしてあげて、へいわなせいかつをみださないで、おねがいです、おねがいです、おねがいです。


 妖怪の力を使って赤石と青木を破滅させた白石瞳。その罪を見せつけるようにワタシは多くの人間を破滅させる。その後の様子を赤裸々に見る。その愉悦を感じることで、白石瞳は自分のやったことを自覚して勝手に傷ついていく。


 この人間は永遠に救われない。私が滅びるまで耐え続ける。私が何もしなくても、狂うことなく生き続けるのだ。どれだけ傷つけても、どれだけ泣いても、どれだけ壊しても、生き続けるのだ。


 最高の玩具。最高の愚か者。最高の人間。一気に取り込んで消滅させないでよかったわ。人間が醜く汚い存在だという事を見せれば見せるほど、ぐちゃぐちゃの泣き顔で私を愉しませてくれるのだから。人間を信じてるからこそ、人間に耐えられない。


 ああ、最高だ。この魂は最高の娯楽。金もなにも貢がないけど、とにかく我慢することだけは一級品。耐えていればいつかは助かると信じてる。いつかは許してくれると信じてる。許されると信じてる。


 この世界のどこかに、自分を救ってくれる人がいると信じている。


 復讐心に負けて妖怪の力を使ってしまった自分だけど、そんな自分でも許してくれる聖人君子がいると信じている。無償で他人を救う英雄がいると信じてる。そうすれば、イジメられた傷はいえるのだと。人間の醜さを見ずにすむのだと。


 そんなどうしようもない妄想。それに縋って、ただ耐えている。そんな人間がいるはずなんてないのに。馬鹿みたい。過去は消えない。その傷は癒えない。罪は消えない。人間は全て愚かで、醜くて、妖怪ワタシに食われるだけの存在なのだ。





























 





























 よ。今この文章を見ている。まさかとは思うけどの視界を盗んでたことに気づいてなかったのかしら? 散々ワタシの能力を見たのだから知らないなんて言わせないわ。


 がこの物語を読んでいることを、の目を通して私も見ている。当たり前じゃない。ワタシはそう言う妖怪なんだから。


 まさかなんて考えてたのかしら?


 だとしたら、少し興ざめね。ここまで付き合ってくれたのに、ワタシの事をまるで理解してくれなかったんだから。


 慌てなくてもいいわ。には手を出さないで上げる。ワタシのやり方を知ってるからやりにくいというのもあるけど、ここまで『見て』くれたお礼よ。お付き合い感謝するわ。


 でも、気紛れは一度だけ。


 もしが人には言えないコトをしていたり、脅迫されるネタがあったら注意しなさい。気が付いたら、ワタシが傍にいるかもしれないわ。見られてない、なんて思わないでね。


 天網恢恢疎にして漏らさず、だったかしら? 天の張る網から悪人は逃れられない。捕まるのが天の網なら、救いはあるかもしれないわよ。天の神様は蜘蛛の糸を垂らすぐらいの慈悲はあるんだから。


 でもワタシに『見』られて捕まったらどうなるのか、はよく知っているはずよね。 


 いつだって、見ているから――


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――終――

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百々目鬼(どどめき) どくどく @dokudoku

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