第171話 エピローグ

 ここは城の広大な敷地内にある別館の部屋。別館と言っても規模は大きく造りは頑丈だし、高貴な身分の方が隠居して住まうような気品がある建物だ。


 その別館に息子に地位を譲り退位して三年前からここに住むようになった老人が可愛い孫の訪問を受けていた。訪問してきた孫は息子夫婦の長男。女の子が二人続いた後に時を置いてようやく生まれた待望の男の子だ。久しぶりに儂に会いに来たのか、それともただの暇つぶしなのか知らないが、孫と共にこの国にとって特別な存在もこの別館にやって来た。相変わらず自由だな。


 儂付きの侍女がお茶とお菓子を用意してテーブルに並べていく。それとは別に美味しそうな果物も用意された。ちなみに果物は孫の為に用意された物ではない。果物はどういう訳か特別な存在が好むのだ。


 儂の妻は病気で数年前に既に亡くなっており、それが第一線を退き息子に代を譲って隠居する一つの理由にもなったのだが、たまにこうして孫が訪問してくれるので特別寂しいということはない。本当だぞ。


「ねえ、お祖父様。初代様のお話を聞かせて!」


 孫は先日から本格的に勉強を始めたのだが、この国の成り立ちや歴史に興味を持ったらしく偉大な初代様について色々と知りたがっているようだ。


「孫よ、この前約束はしたがそんなに初代様のお話が聞きたいのか? 初代様の事が書かれた本を読んでもらえばいいのではないか?」


「でも、お祖父様は生きていた時の初代様とお話したことがあるんでしょ? 初代様と直接会ってお話をしていたお祖父様に聞きたいな」


 ふふふ、初代様は儂のお祖父様でこの国を建国した英雄だ。儂にとっても永遠の英雄であり崇拝すべき人物だからな。


「よし、今から話してやろう」


「わーい!」




「初代様のお名前はエリオット・ガウディ様。孫よ、この名は当然知ってるであろうな?」


「もちろんだよ。初代様のお名前は誰だって知ってるよ。大広場には大きな銅像があるもんね!」


「そうだな。この国を建国した英雄として大きな銅像が建てられている。ちなみにあの銅像は儂が造らせたんだぞ。初代様のご存命の間はご自分の銅像を造らせなかったのじゃ。その理由は恥ずかしいからとおっしゃっていたぞ。儂の父であるレオナルド先王も初代様に遠慮して銅像は造らなかったのだが、儂の代になって造らせたのじゃ」


「あの銅像カッコいいよね!」


「うむ、初代様の二つ名の漆黒のエリオをモチーフにしておるからな。馬に乗り天を見上げる初代様の姿はまるで軍神のようじゃ」


 実際に生きていた頃の初代様は軍神のようじゃった。お年を召されて髪の毛もすっかり白髪になってしまわれていたが、身に纏うカリスマと威厳の凄さは追随する者のいない唯一無二の存在だった。儂は子供心に初代様に対して尊敬と憧れを感じていたものだ。


「だがのう、普段の初代様はとてもお優しく滅多に怒る事がなかったの。それに正妻のリタお祖母様とミリアムお祖母様、側室のルネ様には特に優しくてな。皆はいつも仲睦まじくて儂にも暖かい愛情を注いでくれたものだ」


「優しいのはお祖父様もだよね!」


 ハハハ、可愛い孫には優しくなるのは当然じゃ。


「さて、初代様の生い立ちや活躍はどこから話そうか。やっぱり冒険者の頃からかな。儂が子供の頃は初代様の昔語りを何度も聞かされたから今でも覚えておるわ」


「早く聞かせて!」


 急かすでない。物事には順序というものがあるのだぞ。


「初代様の最初の職業は冒険者だったのだ。今でも遥か当方にシウベスト王国という国があるが、初代様はその国の辺境にあるダムドという街で冒険者として暮らしていた。一緒に暮らしていたお父様がお亡くなりになり、天涯孤独になった初代様はそれでも挫ける事はなく冒険者という仕事に誇りを持って頑張っておったのじゃ」


「初代様は冒険者だったんだ」


「うむ、だがその当時の初代様は冒険者としては落ちこぼれの底辺でな。薬草拾いと馬鹿にされて冒険者仲間から虐げられていたそうじゃ。儂も最初それを初代様から聞かされた時にはあり得ないと耳を疑ったがな」


「英雄と呼ばれた初代様が落ちこぼれの底辺だったなんて信じられないよ!」


「でもな、それは嘘でもなんでもなく本当の話なのだ。そんな初代様だがある日人生の大きな転換となる日が訪れる。今でも我が国に代々大きな貢献と忠誠を捧げてくれるガルニエ家の先祖のロイズ殿と出会ったのが初代様の人生を変えたのじゃ。ロイズ殿から受け取った干し肉を与えたのがきっかけになり、コル様とマナ様というとてつもない力を持つ二匹の幻狼犬が初代様の仲間になったのだ」


「へー、初代様がコル様とマナ様と出会ったきっかけは干し肉だったんだ」


「そうじゃ、そして初代様はそこから英雄への道を駆け上がっていったのじゃ。まず、それまでは無縁であった宝玉が簡単に見つかるようになりその力を吸収した初代様はどんどん力をつけていく。冒険者として一人前になった初代様は落ちこぼれの底辺から脱出出来たのじゃ」


「初代様も最初から強かったんじゃないんだね」


「そうだな、だからこそ初代様は気さくな人柄で弱き人達の気持ちも理解出来て庶民からも絶大な人気があったのじゃ。王になってからも時々街に出て視察をして庶民の声を聞いていたのは公然の秘密だったからな」


「お祖父様も街へ視察に行ったりしてたの?」


「勿論だ。これは今でもガウディ家の非公式な習わしになっておるぞ。あとガウディ家に生まれた者は農業への従事と工房での修行が課せられているのも初代様が決めたからのだ。国の基幹となる仕事の理解を深めるのが目的だな」


「僕もそのうち行くんだね」


「うむ、その時が来たら手を抜かずに頑張るのだぞ。さて話は元に戻るが初代様はダムドの街を出て西へと向かい、アロイン地方にあるコウトの街へ辿り着いた。その頃はかつて存在した大国であるキルト王国が崩壊してすぐの時期であり、青巾賊と呼ばれる賊共が旧キルト王国のあちこちで猛威を振るっておったのだ。この賊達を討伐して大きな功績を残した初代様は一気に周辺地域にその名が知れ渡るようになったのだ。そしてその名はサゴイの街のロイズ殿の知るところとなる。ロイズ殿の先祖は初代様の先祖に仕えていた家柄でな。ロイズ殿の推薦や後押しもあって初代様はゴドール地方の領主になられたのだ」


「凄い! 一気に領主様になったんだ!」


「ハハ、領主と言ってもその当時のゴドール地方は貧乏な地域で誰も領主に成りたがらなかったのだが、初代様は起死回生とばかりにゴドール地方で運良く金山を発見したのだ。そして、その金山からの収入を元手にして富国強兵を図り、荒れていた周辺地域を次々と平定して自分の領土へと組み込んでいったのじゃよ。初代様を侮って攻め込んできた勢力は返り討ちに遭い、それらの勢力を滅ぼして自分達の勢力を大きく広げていったのだ。初代様の家臣団も優秀な者揃いで義兄弟の契りを交わしたカウン公、ゴウシ公、カレル公などはその命が尽きるまで忠誠を誓い初代様に尽くしてくれたのだ」


「その人達が初代様を支えてくれたんだね」


「彼らの子孫は今の代でもその実力でもって士官学校から将軍職にまで上り詰める優秀な者達だ。本当に我が国は良い人材に恵まれていて有り難いことよ。彼らの献身のおかげでこの広大な国が安定して治められるからな。その貢献に答える為にも我ら王族は人の何倍も努力しなくてはならぬのだ。おまえもわかっておるだろうな?」


「うん、もちろんだよ。ガウディ家の家訓にある弛まぬ努力と決意と覚悟だよね」


「そうだ。我らの肩にはこの国の人達を守り、生活を支え、安寧を与える使命が重く伸し掛かっている。厳しく困難な道のりじゃ」


「僕、頑張るよ!」


「話は戻るが、初代様は地道に勢力を伸ばして旧キルト王国の東半分を治め、国を富ませると共に兵力も強化して力を蓄えていった。一方で西半分はキルト王国が崩壊する原因となった反乱勢力が勢力を広げて治めておったのだ。お互いの勢力が領地を接した段階で将来の激突は必至。後にセキガラ大会戦と呼ばれる天下分け目の戦いが起こる事になる」


「僕達子供でも知っている有名な戦いだね」


「ああ、儂もお祖父様の初代様とその戦いに若年ながら参戦した父上である先代王のレオナルド王に何度も武勇伝を聞かされた有名な戦いじゃな」


「いいなぁ、僕も初代様の口から聞きたかったよ」


「さすがにそれは初代様に生き返ってもらわなければ無理というものじゃろ。さて、その天下分け目の戦いはセキガラという地名の盆地に両勢力が対峙して夜明けと共に始まった戦いだ。我軍は十二万、敵軍は十五万という大軍同士のぶつかりあいだったそうだ」


「うわー、両方とも大軍だね」


「そりゃそうだ。天下分け目の戦いなのだから二つの勢力の全力のぶつかり合いだ。勝った方が旧キルト王国だった地域を統一して覇者になるのだから人々の関心も最高潮。この地域に住まう人達が固唾を飲んでその戦いの行方を見守っていたと伝えられている」


「僕はどっちが勝ったか知ってるよ! 言っていい?」


「待て待て、先走って話の途中をすっ飛ばすな。どっちが勝ったなんて誰でも知ってるわ!」


「……ごめんなさいお祖父様」


「いや、儂も強く言い過ぎたようじゃ。それで先程の話の続きじゃが、セキガラ盆地の天下分け目の戦いは夜明けと共に開戦したのだが我軍は最初劣勢だったのだ。それというのも前日に雨が降って地面がこちらが考えていた以上に泥のようになっておっての。騎馬隊を主力とする我軍は泥濘に嵌ってそこを敵軍の弓で狙い撃ちされたのだ。そこで一旦騎馬隊を下げて大盾を持った歩兵に守らせながら魔法兵が足場を固めていったのだよ。足場が固まって機動力を取り戻した騎馬隊が再度突撃。敵の遠距離攻撃を掻い潜って大きなダメージを与えたのじゃ」


「この国の騎馬隊は有名だもんね」


「だが、数では敵の方が多いからの。なかなか敵の防御線を抜けなかったらしい。そこで満を持して登場する我軍の誇るカウン大将軍とゴウシ大将軍の出番だ。この二人が騎馬隊を率いて突撃していくと敵が面白いように打ち倒されていったらしい」


「カウン大将軍とゴウシ大将軍の名前は誰でも知ってるよ。二人が出てきたなら戦に勝つのは決まったようなもんだね」


「フフ、確かにお二人の伝説の大将軍が出てきて最前線が撃破され敵は大きく崩れ始めたと初代様も先王様もその当時を思い出しながらおっしゃっていた。二人の大将軍の獅子奮迅の働きで戦局は大きく動いたのだな。だが、敵もただでは終わらなかったらしい。初代様は言うにはなんと敵にもとてつもない強さの武将が居たのだそうだ」


 そのシーンを語ってくれた初代様も「あの時は敵にもあんな武将がいて俺も少しだけ驚いたよ」とおっしゃっていたからな。


「初代様達は負けないよね?」


「そう急くな。これから話してやる。初代様も先王様も直接会った事はないが、敵にも有名な武将がおってその噂はこちらの国へも届いていた。そしてその武将の名はリョク。リョクは飛将軍という二つ名を持ちキルト王国を反乱でもって倒した首謀者ヨウタクの懐刀だ。背は高く筋骨隆々で武芸に秀で、キルト王国への反乱時には大活躍したと伝わっている」


「いかにも強そうだね」


「うむ、実際に強かったらしいからの。奴が率いる軍勢は我軍が誇るカウン大将軍とゴウシ大将軍の前に立ちはだかりその勢いを止めたのじゃ。そしてリョクの武技はあの二人の大将軍を凌駕しており、一騎打ちを挑まれたカウン大将軍が相手の攻撃に押されて落馬してしまい、ぎりぎり駆けつけたゴウシ大将軍に救出されなかったら命を落としていたであろうと言われておる」


「そんな……カウン大将軍よりも強いなんて」


「駆けつけたゴウシ大将軍もリョクに攻撃されて防戦一方。それほどリョクという男は強かったのじゃ。そして後方で戦況を見守っていた初代様の元に前線から戦況報告が届きカウン大将軍とゴウシ大将軍が敵の武将に大苦戦して危ないという報告が届いた。その報告を受けて初代様は目を閉じて暫く熟考した後、カッと目を開いてこうおっしゃったそうだ『大切な仲間であり義兄弟のカウンさんとゴウシさんを見殺しには出来ない。俺がそいつと戦おう。今からコルとマナを連れて前線に向かう。ルネと親衛隊は俺に付いてこい!』そう言うが早いか愛馬に鞭を入れてコル様マナ様ルネ様達を連れて疾風のように飛び出していったそうじゃ」


「初代様は仲間思いなんだね!」


 フフフ、孫の言葉に特別な存在も頷いておるわ。


「そうだ、初代様は自分が認めた大切な仲間を見捨てない。疾風のように駆けて行った初代様が最前線に到着した時、今にもゴウシ大将軍がリョクに斬りつけられようとする寸前であったそうだ。何とか間に合った初代様はリョクとゴウシ大将軍の間に割って入りリョクの大矛の攻撃を弾き返してゴウシ大将軍の命を救ったのだ。これはその場面を見ていたルネ様から何度も聞いた話だ」


「それでどうなったの?」


「初代様はまず傷ついたカウン大将軍とゴウシ大将軍を下がらせ、周囲の敵兵をルネ様と親衛隊に対処させ邪魔が入らないようにしてリョクに対して一騎打ちを申し出たのじゃ。曲がりなりにもリョクは貴族階級の出身だったので初代様からの一騎打ちの申し出を受諾。周りの兵士達に対して邪魔をするなと釘を刺した。敵ながらあっぱれな奴よの。まあ、それでもこの一騎打ちに横槍が入らないようにルネ様に率いられた兵士に加え、何でも対処可能なコル様とマナ様が睨みを利かしていたようじゃ」


 またチラッと特別な存在の方に視線を向けると、先程と同じように頷いておられるから儂の言う事は間違ってないようだな。


「そして初代様とリョクはお互いにゆっくりと近づきその一騎討ちはリョクの攻撃から始まった。初代様の持つ暗黒破天にも匹敵するような巨大な大矛を軽々と振り回し、電光石火のような攻撃を繰り出してくるリョク。さすがに飛将軍と呼ばれるだけあってその攻撃の凄まじさは常人の域を軽々と超えて大矛を振るう風圧で空気が大きく揺らいでいたそうじゃ」


「そんな凄い攻撃を受けて初代様は大丈夫だったの?」


「ああ、我らが初代様はそんな常識外れの存在のリョクよりももっと常識外れであった。存命時の初代様に直接聞いたのだが、その頃の初代様は『武聖』というスキルをお持ちでいらっしゃって、カウン大将軍とゴウシ大将軍が同時に挑んでも全然敵わない程の強さにまで昇華していたのだ。なのでリョクが二つ名で飛将軍と呼ばれその名を大陸中に轟かせていたとしても初代様はそれを遥かに上回る存在だったのじゃよ」


「それで一騎討ちはどっちが勝ったの?」


「勿論初代様に決まってるじゃろ! リョクの激しい攻撃を難なく受け止めていた初代様はその手に持つ暗黒破天を一閃してリョクを真っ二つにしたのだ。その場面を目撃した兵士達がひしめく戦場は一瞬で静まり返ったとルネ様は遠い目でおっしゃっておった」


「凄い! 初代様は凄い!」


「暫くして自軍からは地鳴りのような大歓声が上がり、敵軍は自分達の誇る最強の武将が討たれた事により一気に戦意が失われ、怒涛のような攻勢に出た我軍の勢いを止められずに脆くも崩れていったのじゃ。その後は一方的な展開になって天下分け目のセキガラの戦いは我軍の大勝利。敵の名のある武将達も討ち取られ壊滅的打撃を受けた敵勢力に我らの勢いを止める術はなく、戦場から命からがら逃げ出した皇帝を僭称していた敵のヨカクだが、半年後にその本拠地であるラクトに攻め入った我らによって討ち取られ敵国は我軍によって滅ぼされたのだ。そして、旧キルト王国であった場所は初代様によって統一されガウディール王国が統治するところとなったのじゃ。統一を果たした初代様は国内の産業の振興、農業の改革や治水開墾による収穫量の増大、教育制度や医療福祉の充実など次々に新しい政策を推し進めたのだ。ゴドール地方ではまた新たに金山が見つかり、他の地方でも優秀な山師によって次々と鉱山が開発され財政も潤っておる。そしてエルゲ海に面したロマーノの地を首都と定め多くの人々がこの都市に住んで幸せに暮らしておる。全てが初代様のおかげじゃ」


 孫に説明しながら改めて初代様の偉業の凄さをしみじみと感じるわい。本当に初代様は一代でこれを成し遂げたのだから凄いの一言じゃ。


「ねえ、お祖父様。僕は偉大な初代様の子孫なんだね」


「うむ、だから良い為政者になれるようにしっかりと努力をしなければならんぞ。初代様は遺言でコル様とマナ様に認めてもらう事が我が国の為政者になる為の条件だと強くおっしゃっていた。コル様とマナ様は初代様に頼まれ今もこの国の守護をしてくださるのじゃ。努力を怠れば例え初代様の血筋を受け継ごうともそこにおるコル様とマナ様が許さないぞ。コル様マナ様、どうか孫を厳しく指導してくだされ」



『『ワウッ! 任せてよ!』』







 ─ 了 ─





 長い間。本作品をご愛読頂きまして誠にありがとうございました。

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うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生 野良 乃人 @noranohito

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