第170話 建国

 グラベンの街へ来た訪問団から建国を望まれたあの日から三ヶ月が経った。


 建国に向けて下準備や根回しを進め、ようやく式典を開催して建国の宣言を行う準備が整った。今、グラベンの街では中央広場に建国宣言を行う式典会場が設置され、その時を今か今かと待ち望む新たに俺の国の国民となる住民達はその話題で持ちきりだった。


 そして国民となる住民達に建国の宣言をする前に、俺は領主館の中で新しく興す国の王になる為の就任式を執り行った。領主館の大広間に主要な人達を集め、簡易ではあるが公式な就任式と位置づけた。公式文書として用意された国王就任の宣言書に俺がサインをして、その下段部分に王である俺に従うものなりと誓約文が書かれ配下達はそこにサインをした後に血判を押すのだ。


 それだけでなく、この就任式には他国の代表も招いている。新たに興す国を他国に正式に承認してもらうというのがその理由だ。その相手国とは東の隣国リンドルを跨いだその先にあるグレナ王国。そして建国する我が国から北東に位置するハイデン王国だ。先ほど正式に国同士として国交を結ぶ事を取り決め調印式が行われた。


 この二つの国だが、共通項としてリンドル国とは仲が悪い。キルト王国が崩壊した後に新たに勃興してきた俺の勢力と友誼を結び、四方からリンドル国を押さえようとする思惑が俺達と一致した。俺も東方面を単独で対処するよりこの二つの国に俺の国を承認してもらい友好関係を結ぶのは戦略上大きな意味があるんだ。


「エリオ殿、これで正式に建国となりますな。私も側近として、そして義父としてこの日を待ち望んでおりましたぞ」


 就任式と調印式が無事に済んで控室に下がった後、のどが渇いて水を飲んでいた俺の部屋にラモンさんが顔を出して声をかけてきた。俺を見つめるラモンさんの表情は仕事で見せるようないつものダンディーさが影を潜め、目尻が下がって柔和な笑顔を俺に向けている。


「まさか俺も最初にゴドールに来てからこんなにトントン拍子で建国出来るとは思ってもいなかったよ。ゴドールに来た頃なんて借金もあったしまともにやっていけるかどうかでさえ不安があったのにね」


「そうですな。あの頃は私も頭を抱える毎日でした。エリオ殿とコルとマナが金山を発見していなければ建国するなんて夢物語であったでしょう」


 お互いにあの頃を思い出してウンウンと頷き合う。そんな風に俺とラモンさんが過去を回顧していたら建国式に参加する俺の妻と子供達がコルとマナを連れて俺の控室に入ってきた。別室で着替えや化粧をしていたのだろう、普段は着飾らない妻達だが式に相応しい衣装を着ていつもより更に美しさが際立っているぞ。


 子供達も着飾って可愛らしい。親としての贔屓目なしにそう思う。反論は受け付けない。そしてコルとマナはいつも通りだな。コイツらには緊張するとか萎縮してしまうなどの状況になるのは皆無だしな。肝が据わっているというか超ポジティブ思考なのだ。


「エリオ。あたしとミリアム、そしてレオとエマの準備も出来たよ」

「エリオさん、私達の衣装姿はどうですか?」

「おとうさま。ぼくかっこいい?」

「おとーさま。エマきれいでしょ?」


「リタもミリアムも凄く素敵だよ。こんなに素敵なレディが俺の妻だなんてもったいないくらいだ。それにレオとエマも衣装がよく似合っていて格好いいし綺麗だぞ。親バカと言われようが我が子が一番可愛いな」


『主様、僕も同意見です。リタさんとミリアムさんはとても綺麗ですね』

『ふふ、エリオ様も自分の子供の前では普通の親と変わりませんね』


『ハハ、そういうお前たちも何時にも増して毛並みに艶があってきらきらと光ってるぞ。どことなく神々しさを感じるのはなぜなんだろうな?』


『本当だ。どうしてなのか知らないけど僕の体が光ってます』

『そう言われてみれば今日の私はいつもより力が漲ってるような気がします』


 相変わらずこの二匹は常識外の存在だよな。自分達でさえ能力を把握出来ていないらしいし、自覚があまりないみたいだがまだまだこの二匹には秘密が隠れてそうだ。ガウディ家に伝わる向かい合う狼のような生き物の紋章も気になるしな。


 家族達と暫く話していたらドアがノックされて式典担当のルネとその配下が俺達を呼びに来たようだ。


「エリオ様、そろそろ建国式典の時間です。準備は出来ておりますか?」


「出来てるよ。リタ達の準備も出来てるしいつでも大丈夫だ。ルネも今日はよろしく頼む」


「はい、任せてください」


 建国の式典会場の広場までは馬車で移動だ。既に来賓や主だった配下は先に式典会場に向かっていてあとは俺達の到着を待ち受けるばかりだ。今ここに居るのは俺の家族達だが、ロドリゴは分家のガデル家としての参加なので既に式典会場に居る。式典会場の広場までの道のりには義父のラモンさんが馬に騎乗して他の護衛兵士と共に先頭を進む。その後方で屋根がない馬車に俺は一人で乗って行く予定。最後に屋根付きの馬車に妻と子供が乗って俺の馬車に続いていき、コルとマナは俺の馬車の脇を警護しながら進んでいく行程だ。そして俺達の馬車の周りはしっかりとルネと兵士達が両脇を固めて護衛している。


 さて、領主館の玄関を出て待機している屋根のない馬車に乗り込む。今日の俺の衣装はいつもの漆黒装備ではなく白を基調とした礼装だ。そしてガウディ家の紋章が大きく刺繍された白いマントを羽織っている。今日の俺は名付けるなら純白のエリオだな。


『純白の主様も格好いいです!』

『いつもの漆黒装備が私的には一番ですが、純白の御姿も魅力的ですわ』


『ありがとうコル、マナ』


 妻と子供達が馬車に乗り込むのを見届けて俺も屋根のない馬車に乗り込む。空を見上げると雲一つない快晴の青空で絶好の建国式典日和だ。心地よいそよ風が吹いていて俺の頬をスッと撫でていく。


「ラモンさん、準備が出来たから出発の合図を」


「それでは出発!」


 領主館の敷地を出て大通りを広場に向けて進んでいく。沿道には建国式典に臨む俺を見ようと街の人達がぎっしりと詰めかけている。柵を設けて道に立ち入らないように対策をしているが、人が多いので整理の兵士達も大変だな。内緒だがコルとマナは俺に悪意を持つ者がわかるのでこういう時は頼もしい存在だ。


「エリオ様!」

「今日のエリオ様は白ずくめの衣装だわ!」

「建国おめでとうございます」

「我々が明日への希望が持てるのはエリオ様のおけげですぞ!」

「リタ様、ミリアム様!」

「レオ様にエマ様もいらっしゃるぞ!」

「コルちゃんとマナちゃん可愛い!」

「商売繁盛!家内安全!子宝成就!」

「この建国式が終わったら彼女に結婚を申し込むぞ!」


 俺に拝んだり一部おかしな声も聞こえるが沿道を埋め尽くす民衆の歓声が凄い。皆笑顔で手を振っているぞ。俺が興した国の国民となる人達だ。この人達の為にもより一層頑張らないとな。


 民衆の歓声や声援に答えながらゆっくりと進んでいた馬車の車列だったが、ようやく前方に建国式典の会場である大広場が見えてきた。大広場にはこの日の為に式典会場が作られ、二階家ほどの高さのステージが集まった大勢の民衆と向き合う形でその威容を見せていた。


 会場に到着した俺達はまず先頭を進んでいたラモンさんが馬を降り脇に控える。俺達一行は車寄せに馬車を停車させ、待ち受けていた民衆の歓声に手を上げながら妻や子供、そしてコルとマナと共に壇上にゆっくりと登っていく。妻と子供達は用意された所定の席へ向かい、俺はコルとマナと一緒に壇上の中央に向かって歩いていく。そして壇上では来賓やこの式典の為に各地から駆けつけた配下達が俺達の到着を花道を作って出迎えてくれていた。


「兄者よ、ようやくこの日が来ましたな。それがし感無量ですぞ」

「エリオの兄貴よ、おいらは兄貴の舎弟になれて良かったぜ。最高の兄貴だよ」

「エリオの兄さん、俺は恩人の兄さんに一生ついていくぜ」


「ありがとう弟達よ」


 カウンさん、ゴウシさん、カレルさんの俺の弟分三人衆。熱い心を持つ俺の信頼出来る仲間達だ。コウトの街の部隊募集の場で出会ったカウンさんとゴウシさんは今や大軍を束ねる大将軍にして軍団長。サゴイの街へ行く途中で出会ったカレルさんは運輸部門の責任者で裏の交渉役も兼ねている。彼らの存在は俺を大きく助けてくれているんだ。


「とうとう義兄さんの国が誕生するっすね。本当に義兄さんは凄いっすよ」


「ロドリゴ。おまえもこの新しい国の重臣として俺を支えてくれよ」


「当然っすよ。任せてください」


 出会った当初はどことなく頼りない感じがしたロドリゴだが、経験が人を変えたのか責任感が大きくなり仕事にも信頼が持てるようになった。増長もせず周りへの配慮も出来る。最近は内政にも興味を覚えて勉強を始めているし将来が楽しみだ。


「エリオット殿、ガウディ家の再興と建国おめでとう。わしの代でこんな喜ばしい瞬間に立ち会えて感無量だ。ダムドの街で初めて会った時の記憶がついこの前のように蘇る」


「ロイズさんは俺にとって恩人のような存在です。あなたに会わなかったらコルとマナにも会えなかった。たぶん、今でもダムドの街で燻ったままだったと思います。コウトの部隊長からゴドールの領主になれたのもロイズさんのおかげですし、どれだけ感謝してもしきれません」


「ありがとう。わしの存在が少しでも役に立ったのなら本望じゃよ。大恩あるガウディ家が再興して建国まで漕ぎ着けたこの日をわしは誰よりも嬉しく思うよ」


 ロイズさんは過去のガウディ家への大恩と言うけど、俺もそれに引けを取らないくらいロイズさんに大恩を感じてますよ。恩に報いる気持ちもあってロイズさんにはアロイン地方の総代官の職をやってもらうつもりだ。


「エリオ殿。建国おめでとう」

「建国おめでとうございます」

「これからはエリオ殿の下で一生懸命働かせてもらいますぞ」


 コウトの街で世話になったレイモンさんやタインさん、エドモンさん達も俺に声を掛けてきた。コウトでは青巾賊を撃退したり、カモン一味を討ち取ったりと色々な事があったな。コウトで上司と同僚だった人達が俺の新しい国で配下になってくれるなんて責任の重さを感じるよ。ちなみにタインさんとエドモンさんは新しい国では将軍職としての起用が決まっている。レイモンさんはコウトの街の統括官の職から高等内政官への転職予定だ。そういえばお茶の葉選びが優秀な娘さんはどうしてるのだろうか。仕事の斡旋ならいつでも承りますよ。


 最後にグレナ王国とハイデン王国の特使とも挨拶を交わして壇上の中央前方に向かう。特使や配下達は俺の後方に回って左右に分かれて整列する。さて、待ちに待った建国宣言の瞬間がやってきた。


「我らのエリオ様!」

「我らの国が誕生するぞ!」

「エリオ様!あなたのおかげで毎日が幸せです!」


 俺は広場中を埋め尽くした新たに俺の国の国民となる大勢の民衆達の大歓声を受け、片手を上げてゆっくりと左右に顔を向けながらその大歓声に答えた。暫くの間その歓声を聞きながら、俺はこんなにも大勢の人達に慕われて幸せ者だと感激していた。そして、俺の言葉を待つように大歓声も次第に潮が引くように静かになっていく。俺自身の言葉で建国宣言をする時が来たようだ。広場に集まった大勢の人達と向き合いながら大声を出して語りかけていく。


「今日、この建国式典の場に集まってくれた人達よありがとう。数年前、ゴドール地方の領主としてその地位に就き、それからは一生懸命に民達の未来の為に尽くしてきたつもりだ。領主になった当初は決して豊かな地域ではなかったが、幸いなことにゴドール金山という宝の山が発見されて民達の暮らしも劇的に変化した。その後は青巾賊に支配されたエルン地方を開放平定し、無謀にもこのゴドール地方へ侵略してきたザイード家を打ち負かしてその勢いでクライス地方も手に入れた。これは軍だけの功績ではなく、それらを日々支えてくれている民達の功績でもあるのだ!」


「「「ウオォー!」」」


「そして先日、新たに二つの地方が我らの支配地に加わった。コウトやサゴイの街があるアロイン地方。その東側に位置するモネコ地方だ。この二つの地方が加わった事により我らの支配地域は一気に大きくなり、かねてからの念願を叶える時が来たと俺は決断した。それをこれからこの場で宣言する」


 ここで一旦話を切り、広場に集まった大勢の人達を見渡す。皆、何を宣言するのか判っているが、その言葉を直に聞きたいが為に期待を込めた顔で俺を見つめている。そんな彼らをこれから俺は国の代表として守っていかないといけないんだな。以前の俺だったらそんな責任の重みには耐えられなかったかもしれないが今は違う。俺には支えてくれる家族もいるし信頼できる仲間や配下達がいる。そして何よりも大切な存在のコルとマナが居るからな。


『コル、マナ。これからもずっと俺や家族達、大勢の仲間達を支えてくれよ』


『任せてください主様!』

『エリオ様、ご心配は無用です!』


 さて、あまり焦らす訳にもいかないのでそろそろお待ちかねの建国宣言といくか。右手の拳を高々と突き上げ腹の底から声を振り絞る。


「今日この場に集まった皆の者よ、よく聞いてくれ! 我、エリオット・ガウディの名においてここにガウディール王国の建国を宣言する!」


「「「応ッ!!」」」


「建国万歳!」

「エリオ様万歳!」

「ガウディール王国万歳!」


 民衆の地鳴りのような大歓声を浴びながら、俺は心の底からこの瞬間に感動していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る