チーズケーキ
ああ
チーズケーキ
学園祭が終わりまわりも受験ムードに染まり始めた時期。僕はまわりと同じく勉強していた。僕はいつも自習室には最後までいたのだが、その日だけは違っていた。途中急にしんどくなって、いや、体調が悪かった訳ではない。何故か、衝動が、衝動的に、私を退出させた。その後は不安感と戻れないという気持ちと。何かごちゃごちゃしたものが渦巻いていた。
自転車通学なのになぜか真っ直ぐ校門に向かい、反対方向の駅に向かって歩いていた。普段はあまり通らない道だった。クリーニング屋さんがここにあるのか。ここにコンビニがあるのか。ここにケーキ屋があるのか。僕は何気なくケーキ屋に入った。
「い、いらっしゃいませ」
少し緊張した様子だった。僕は何も返さないのも悪いと思いはしたが、何も思い浮かばなくて、ただの愛想の悪い人になってしまった。店内のケーキ。探しながら、雑談を振った。気まずい雰囲気が和らげばいいなと思った。アニメの話は反応が悪い。典型的な愛想笑いをされた。許して欲しい。これまで女性と話した事なんて無いオタクなんてこんなものだと今でも開き直る準備は出来ている。ゲームの話は反応が悪い。典型的な愛想笑いをされた。マンガの話は少し反応があった。僕は少女マンガもそれなりに読むのでその話をしたらとても食いついてきた。その楽しそうな笑顔が今でも脳裏に焼き付いている。
この時僕は確信した。この人の本当の笑顔を引き出せるのは自分しかいないと。根拠もなく思った。何分だったかわからない。何分かたった。時間感覚がある方だという自負はあるがこの時間が何分だったか、僕は全くもってわからない。暫くして、店員さんが時間を気にし始めた。僕は慌てて目についたケーキを買った。迷惑はかけたくなかった。その日の夕飯はコンビニで買ったおにぎりとチーズケーキだった。
次の日も僕はケーキを買いに自習室には行かずにお店に行った。あの店員さんがいた。雑談をした。楽しかった。
学校のある日は帰りに、逆方向に行って毎日通った。ほとんどあの店員さん一人だった。たまにあの店員さんがいない日もあったがその日はお店の話やあの店員さんの話をしてもらった。この時間があれば、毎日の自習室への居残りも辛くなかった。
「チーズケーキ好きなんですね。」
「え?は、はい。。。」
僕は惜しげなく毎日通った。成績も上がった。所得を上げて良い暮らしをさせてあげたかった。
「チーズケーキ本当に好きなんですね。」
「ええ、愛していますよ。」
いよいよ第一志望の試験の前日になった。いつも通りお店に行って、いつも通り話し始めた。僕は途中で相手の話をさえぎった。
「僕明日入試なんですよ。だから、可能なら、応援してくれませんか?」
「いいですよ。」
即答してくれた。僕は口角を上げ、天を仰いだ。
向こうから聞こえてくる声に全力で耳を傾けた。
「明日は頑張ってくださいね」
この何の変哲もない台詞だけで僕は明日、頑張れる気がした。
「いやー、私の旦那も大学受験は凄く緊張したし大変だったって言ってたなぁ。」
「え?」
「いや、私の旦那ね、高3の夏までね―――――
ここから先の事は覚えていない。気付いたら家に居た。手に持っていたチーズケーキは冷蔵庫に入れた。このまますぐに寝た。意外と熟睡出来た。次の日、朝起きたところまでは覚えているが気付いたら家の玄関に靴を履いて扉に背を向けて立っていた。外を見ると夜だった。僕はこの時一気に正気に戻った。icカードの使用履歴を確認しに駅に行った。どうやら試験会場の最寄り駅には行っている様だった。
筆記用具を見た。第一志望用にと思い不必要に張り切って購入した新品の消しゴムは開封済みだった。僕は安心した。少しお腹が空いた。僕は冷蔵庫の中を見ると箱があった。中を開けた。
チーズケーキだった。涙が出た。食べる度にあの人の顔が脳裏に浮かんだ。美味しい。ありがとう。僕の愛しい人。
次の日、起きた。もう一度寝ようとしたが何故か寝る気になれなかった。風呂に入り、髪を乾かして、あのケーキ屋さんに向かった。僕のかつて愛した人はいた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「今の生活は幸せですか?」
「そうですね。幸せですよ。」
本当に幸せそうな優しい笑顔だった。この言葉を言うときだけ目の焦点は僕から逸れた。
「そうなのですね。これからも末永くお幸せに。」
僕は予測していた言葉に、用意していた言葉で返した。
僕はチーズケーキを買って帰った。家に帰って、食べた。僕の初恋は終わった。終わらせられて良かった。もしあの人の答えに陰りがあったら、止まれていなかったと思う。僕が、愛する女の幸せを願える様な人で本当に良かった。
今でもチーズケーキを見ると、温かくもあり苦くもある複雑な気持ちになる。今日もコンビニで急に足を止めてしまい、一緒に来ていた友人に心配された。
チーズケーキ ああ @rangebu
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