第4話:桜ひなこの危機
4月15日(月)。
午前・午後の授業が終わり、教室に
「え゛ー、おほん。それではこれより、帰りのホームルームを始めるぞ! 既に知っている者も多いと思うが、当校は本日より『実力テスト準備期間』に突入する! この先一週間、課外活動は原則全て中止だ! 間違っても赤点を取らないよう、補修を受けることにならないよう、死ぬ気で勉学に励むように!」
一応、公式大会・記録会・発表会などなど、なんらかの公式行事が
基本的には学業最優先というのが、この学校のスタンスだ。
その後、いくつか簡単な連絡事項を告げた先生は、
「――解散!」
パンと両手を打ち鳴らし、本日のカリキュラムが全て終わった。
「さて、と……そろそろ図書館に行こうかね」
「悪い。みんなは先に自習室へ行っといてくれ。俺は軽く外周走ってから合流するわ」
「そんじゃあたし、今日は
テスト前ということもあり、教室内の雰囲気はいつもとかなり違う。
図書館へ行く者、自習室へ向かう者、自宅へ帰る者――それぞれが最も勉強が
俺はそんな中、いつものように生徒会室へ向かう。
扉をガラガラッと開けるとそこには、いつもの二人がいた。
「おぅ」
「はぃ」
「ふっふっふっ、ここで会ったが三年目……!」
課外活動は原則中止なのだが……うちだけは例外だ。
生徒会は『一般生徒の受け皿』という重要な役割を持つ。
そのため土・日・祝日および長期休暇を除いて、基本的には下校時刻ギリギリまで、生徒会室でスタンバイしておかなければならない。
生徒会特権が凄まじい代わりに、テスト直前の準備期間に集中して勉強ができないという、大きなデメリットが存在するのだ。
まぁ俺にとっては、
俺が副会長の席に座ると同時、
「いやぁ、それにしても静かですねぇ……。今頃みんな、勉強しているでしょうか」
桜は運動部のいない校庭を見つめながら、ぼんやりとそう呟いた。
「桜、お前さ――」
「桜さん、あなたは――」
俺と白雪、二人の発言が重なってしまった。
タイミングと切り出し方から見て、多分、同じことを言おうとしたのだろう。
「はい、どうかしましたか?」
同時に呼ばれた桜は、不思議そうな顔をしている。
「「……」」
俺と白雪は互いに目配せをして、とにかく聞いてみることにした。
「もうすぐ実力テストなんだが……」
「テスト対策の方は、大丈夫なんでしょうか?」
すると彼女は、やれやれといった風に肩を竦める。
「まったく、葛原くんも白雪さんも心配性ですねぇ……。確かに私は、そこまで賢くありません。白凰の中で言えば、『
彼女は余裕の笑みを浮かべ、威風堂々と胸を張った。
(……駄目だこいつ、早くなんとかしてやらないと……ッ)
白凰の赤点ラインは『40点』。
これを一教科でも下回った生徒は、過酷な補修地獄に送り込まれる。
それをしっかりと回避しているのは、大変素晴らしいことだ。
しかし、今はもう状況が違う。
ただ赤点を回避すればいいというわけじゃない。
このポンコツは、
俺が特大のため息をつくと同時、白雪が優しい声で話を持ち出した。
「あの、桜さん……落ち着いて聞いてくださいね」
「はい、なんでしょうか?」
「生徒会役員は全生徒の
「……じょせき……?」
「生徒会から追放されるということです」
長い長い沈黙の末、
「…………え゛っ!?」
桜の口から、不細工な声が零れ落ちた。
「そ、そんな話は初めて聞きました! それ、本当なんですか!?」
「はい、学則にもきちんと明記されています」
白雪は自身の生徒手帳を開き、該当のページを指し示す。
すると次の瞬間、桜の顔から余裕の色がたちまちに消え、真っ青に染まっていった。
「む、無理です! 不可能です! 30位以内なんて、あまりにもあんまりです! 私、この前の期末テストで『68位』だったんですよ!?」
68位か……。
確かにそりゃ、厳しいだろうな。
私立
ここの生徒たちはみんな、なんやかんやで日々の研鑽を欠かさない。
下校時間までひたすら部活に精を出す運動部の面々も、原宿できゃぴきゃぴしているギャルたちも、夜になればしっかりと勉強に打ち込んでいるのだ。
みんなが凄まじい勢いで学力をつけていく中、それらを一気にゴボウ抜きするのは、とても現実的とは言えない。
白凰の『学力ピラミッド』は、ほとんど固定化されている。
実際、試験後に張り出される席次表には、毎回似たような面子が同じような順位を取っているのだ。
10番上がれば、大きなジャンプアップ。
20番も上がれば、ちょっとした話題になる。
30番と駆け上げるのは……不正を疑われるレベルだろう。
桜が半べそを
「し、白雪さぁん……『会長パワー』でどうにかなりませんか……っ」
「こればかりは規則なので、どうすることもできません……」
白雪は複雑な表情で、静かに首を横へ振る。
白凰の生徒会長は非常に強い権力を有するが、なんでもかんでも自由にできるというわけじゃない。
学則に手を加えるには、生徒総会で3分の2以上の賛成を得る必要があるのだ。
「く、葛原くん……。この前の裁判みたく、薄汚い方法でなんとかできませんか!?」
「さすがに無理だ。つーか、薄汚い言うな」
「う、うぅ……」
桜は頭を抱えながらソファに沈み込み、突然、勢いよく立ち上がった。
「そ、そうだ! 葛原くんは、前回の期末で何位だったんですか!?」
「俺は確か……74位だ」
「あぁ、よかったぁ……っ」
こいつ……自分より下を見つけて、心の平穏を保ちやがった。
なんというか、本当に浅ましい奴だ。
俺が呆れてため息をついていると、白雪が小さな声で耳打ちしてきた。
「
「あぁ、まだ言ってない」
あれを知っているのは、親父・お袋・
世界的にも珍しい能力らしく、面倒な騒ぎになるのも嫌なので、
「葛原くん、お互い厳しい状況ですが、力を合わせて頑張りましょう! これから実力テストまでの一週間、『ちきちき、生徒会のお勉強ウィーク』開催です!」
「あ゛ー……悪いけど、俺はパス」
「えっ、どうしてですか?」
「そんなことをしなくても、30位ぐらい普通に入れるからな」
「なっ!? 私よりも下の分際で、何を言っているんですか!?」
「おーい、お口が暴れ回ってるぞ」
女の子が『分際』なんて、汚い言葉を使うんじゃありません。
「桜さん、葛原くんの言っているのは、全て本当のことですよ。実際に彼の学力は、私よりも遥かに上ですから」
「ま、またまたぁ……! 私をからかおうったって、そうは
まぁ言わんとしていることはよくわかるのだが……。
本人の前で、それを言ってくれるな。
「この際、俺のことは別にどうでもいいが……。このままいけば、桜一人だけが、生徒会から追放されることになっちまうぞ」
「……なるほど、あくまで自分の方が格上だと
彼女はそう言って、鞄の中から『日本史一問一答【超難問】』を取り出した。
「第一問、ででん! KS磁石鋼を発明した本多光太郎に多額の資金援助を行い、『KS』名の由来にもなった人物の家名は!?」
「
「……えっ」
ノータイムで繰り出された解答に対し、桜は言葉を失った。
「だ、第二問……!」
「まだ続けんのか……」
彼女はその後も、第五問まで粘り強く戦ったが……。
俺はその全てに対し、正確な答えをぶつけた。
「そ、そん、な……っ」
「ですから、言ったでしょう? 葛原くんは本当に優秀な人なんです」
「う、うぅ……私は葛原くん以下……っ。そんなのもう、『クソザコナメクジ』じゃないですかぁ……ッ」
お前の中の
さすがにこれには、ちょっとムカッ腹が立ったけれど……。
俺の中の桜ひなこも、だいたい
「……このまま正攻法でやっても、トップ30に入るなんて絶対に無理です。……お願いします。私に勉強を教えてくださぃ……っ」
桜はそう言って、真剣にお願いしてきた。
本来これは、絶対に通らない願いだ。
白凰にいる生徒たちは、自分の夢を叶えるため、みんな必死に勉強している。
試験直前の貴重な時間を割いてまで、誰それの勉強を見てやるお人好しなんて普通はいない。
ただまぁ……何事にも例外というのは存在する。
俺は中学一年生のとき、高校三年間で必要な知識は、全て学び終えてしまった。
たとえ明日が入試本番だったとしても、難なく満点を取れるだろう。
つまり――他の生徒たちにとっては貴重なこの時間も、俺にとっては普段のそれとなんら変わらない。
この白凰高校で唯一
「ったく、仕方ねぇな……。『安産祈願』の借りもあるし、今回だけは手を貸してやる」
「く、葛原くん……っ」
「微力ながら、私も協力させていただきます。生徒会一丸となって、実力テストを乗り切りましょう」
「し、白雪さぁん……ッ」
白凰最高クラスのサポートを身に付けた桜は、俺と白雪の手をギュッと握り、そして何故か高々と頭の上に掲げた。
「うぅ~……ヴィクトリー!」
その台詞は、いい仕事やった後のやつだからな?
お前、まだなんにも成し遂げてねぇからな?
とにもかくにも、こうして桜の強化勉強期間が始まるのだった。
■
高校二年の夏休みには大学受験の全範囲が終了し、それ以降はひたすら『共通テスト』や『有名大学の二次試験対策』が行われる。
二年次の『春の実力テスト』は、だいたい共通試験をやや難しくしたぐらいの難易度――というのが、白凰における通説だ。
4月15日(月)、実力テスト準備期間の初日。
トップ30位以内に入らなければ、『生徒会除籍』という絶体絶命の窮地に立たされた桜は、厳しい勉強の道を歩むことを決意した。
「さて、と……それじゃ、そろそろやっていくか」
「お願いします!」
彼女は額に『合格』の鉢巻きを付け、やる気満々のいい返事をする。
「それじゃまずは、国語からだ」
「はい!」
桜がいくら馬鹿とは言え、一応これでも
必要最低限の基礎知識は、ちゃんと備わっている。
だから俺は、下手に知識を加えるのではなく、問題へのアプローチを教えることにした。
「現代文・古文を問わずして、長文読解ってのは『考え方』さえ理解できれば簡単だ。自分が問題作成者になったつもりで、本文と設問を
「な、なるほど、確かに一理ありますが……。葛原くんらしい捻くれた解法ですね」
それ、褒めてるのか?
軽く数問解き終えてから、今度は英語に移る。
「英語はとにかく、『受験英語』だと割り切れ。文法やら前置詞の問題なんかは特にだ。受験生を振るい落とし、適度な差を作るため、わざと捻くれた問題になっている。後それから……長文読解で詰まったときは、文脈の前後関係から類推して解くんだぞ? ついでに言っておくと、初見の単語が出て来ても、慌てる必要はまったくない。そういうのは大抵、未知の単語が出た時の対応力を測っているからな」
「ほ、ほへぇ、なるほど……」
英語の次は、日本史だ。
「日本史は、なるべく体系的に覚えろ。歴史的出来事・因果関係・文化、この三つをうまく関連付けて、芋づる式に覚えるんだ。後は……そうだな。最近よく見かける史料読解。あれは国語の問題だと思ってやるといいぞ。初見の史料だからって混乱せず、落ち着いて冷静に読み込めば、聞かれている内容自体は案外シンプルなもんだ」
「は、はひぃ……っ」
国語→英語→日本史とこなしたところで、桜の集中力が目に見えて落ちてきた。
(どうする、そろそろ休憩を挟むべきか?)
いやしかし、時間はもうほとんど残されていない。
学習効率を考え、休憩の時間を取るか。
彼女のガッツを信じて、このまま一気に突き進むべきか。
俺が頭を悩ませていると、
「く、葛原くん……私、休憩なんかいりませんよ……っ」
桜はそう言って、自ら続行を選択した。
「いやでもお前、どう見ても限界だろ……」
「……正直、かなりキツイです。でも、今回ばかりは甘えていられません……っ」
彼女の眼には、強い意思が宿っている。
「私、この生徒会が大好きなんです。だから、とても嬉しかった。葛原くんが裁判のとき、途中からでも本気で走ってくれたことが……。ちょっと卑怯な手段だったとはいえ、勝つための裏工作をしてくれたことが……。本当に本当に嬉しかった」
こいつ、そんな風に思ってくれていたのか。
「こんなつまらないことで、みんなとの楽しい生徒会が終わっちゃうなんて……絶対に嫌です。だから私、死ぬ気で頑張ります! 葛原くん、勉強を教えてください!」
「桜……」
俺はちょっとばかし、桜ひなこという人間を見くびっていたようだ。
中々どうして、いい根性してやがるじゃねぇか。
「よし、それじゃビシバシ行くぞ!」
「はい!」
結局この日、下校時間ギリギリまで、ひたすら勉強に打ち込んだ。
「――よし、今日はこんなところだ。よく頑張ったな」
「ぁ、ありがとうございましたぁ……っ」
桜は
立派なもんだ。
俺がグーッと伸びをすると同時、白雪がゆっくりと立ち上がった。
「――葛原くん、こちらの作業は全て終わりました。明日からは、私も講師役に加わりますね」
「おぉ、そりゃ助かる」
白雪はこの先一週間分の書類仕事をたった一人で片付けてくれた。
さすがというかなんというか、途轍もない集中力と作業速度だ。
「それにしても葛原くん、教えるのが上手なんですね。まるで本当の先生みたいでした」
「そりゃまぁ、実際に家庭教師をやっているからな」
「えっ、そうなんですか?」
「けっこう時給がいいんだ。付け加えるなら、拘束時間も少ない」
「な、なるほど……」
そんな話をしていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り響いた。
もうそろそろ帰らないと、さすがにマズイ時間だ。
「おい桜、帰るぞ」
「桜さん、大丈夫ですか?」
「は、はぃ……」
極度の勉強疲れのせいか、桜の反応はちょっと
その後は三人で下校、いつもの駅で桜と別れることになる。
「――葛原くん、白雪さん、今日は本当にありがとうございました。私、精一杯頑張りますので、また明日以降もよろしくお願いしますね」
夜風を浴びて、気力を回復した桜は、そう言ってペコリと頭を下げた。
「おぅ、お疲れ。よく頑張ったな」
「桜さん、あまり根を詰め過ぎちゃ駄目ですよ? 特に徹夜は、記憶定着の妨げになりますから、ちゃんとぐっすり寝てくださいね?」
そうして桜と別れた後、俺と白雪はいつものように同じ帰り道を歩く。
「……桜さん、大丈夫でしょうか。ああ見えて、けっこう無茶するタイプなので……正直ちょっと心配です」
「あいつなら大丈夫だ。なんだかんだで、要領のいい奴だからな」
「そうだといいのですが……」
「それよりも、白雪の方は大丈夫なのか? 今回の実力テスト、ちゃんといい点を取らなきゃマズイんだろ?」
超放任主義の葛原家と違って、白雪家は
もしなんだったら、桜の講師役は、俺が全部引き受けても構わない。
「いえ、私のことなら心配しないでください。大切な友人を助けるのは当然のこと。それに何より、対葛原くんを想定して、平時の勉強時間を大幅に増やしています。今回こそは、『学年1位』を獲るつもりです」
彼女はそう言って、少し得意気に微笑むのだった。
■
その後の四日間――俺と白雪は、とにかく全力で桜を鍛え上げた。
勉強の成果は、『質』×『量』で決まる。
生徒会室にいる間は、高品質かつ大量の課題で、最高の学びを展開。
下校時間を過ぎた後は、こまめにFINEで指示を送り、質のいい勉強をサポート。
なんだか二人で、手の掛かる子どもを育てているみたいだ……と思ったのは、ここだけの話だ。
そして土曜日と日曜日は、これまでの総仕上げを行う。
生徒会室に集まり、この一週間で学んだ全てのことを完璧に復習。
そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎ――迎えた月曜日。
今日はいよいよ、春の実力テストが実施される。
「どうだ桜、いけそうか?」
「目標の30位以内、狙えそうでしょうか?」
「私がトップ30入りする確率――120%!」
彼女はメガネをクイッと上げるフリをしながら、自信満々にそう言い放った。
これまで
「いいぞ、その意気だ」
「頑張ってください!」
後は本番中にパニックを起こさず、落ち着いて問題に取り組むことができれば……なんとかギリギリトップ30に入れるかもしれない。
■本日なんと、怒濤の4話連続更新……!
めちゃくちゃ頑張りましたので、「面白い!」「続きが気になる!」と、少しでも思った方は、この下にある『★で称える』欄の【☆☆☆】→【★★★】にして『星評価』をお願いします……っ。
星評価は『小説執筆』の『大きな原動力』になりますので、どうか何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします……!
幼なじみの白雪姫は、両片思いに気付かない~天才たちのすれ違いラブコメ~ 月島秀一 @Tsukishima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幼なじみの白雪姫は、両片思いに気付かない~天才たちのすれ違いラブコメ~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます